2.1では多辺測位、多角測位の基本として、複数のAPを用いて測位を行う方式を説明した。多辺測位、多角測位は原理こそ単純であるものの、距離・角度の推定に誤差が生じることから測位精度に課題があり、精度向上に関して多くの研究が行われている。
ArrayTrack1)は、Wi-Fi端末がAPから見通しがきかない場合があることを想定した到来波方向推定技術である。ユーザが持つスマートフォンなどを測位する場合、スマートフォンとAPの間に人体が入り、Wi-Fi端末からの電波を遮蔽して電波がAPに到達しない状況が想定される。このような場合にも壁や床、天井などで反射した電波によって通信は可能であるが、電波の到来波方向を推定すると反射波の方向を推定してしまう結果となる。ArrayTrackでは、スマートフォンを保持しているユーザが動くことによって遮蔽状況が時々刻々と変化することに着目し、比較的長い時間で見たときの到来波方向ごとの信号強度に基づいて「見通しがきく状況であるか」を推定して高精度な到来波方向推定を実現している。
多辺測位、多角測位に比べて高精度を実現しやすいことから位置指紋測位に関しては多くの研究が報告されている。特に、位置指紋測位に必須であるトレーニングの手間を削減するための技術が多く報告されている。
スマートフォンを持ち歩くユーザの力を借りてトレーニングに必要な信号強度情報を収集するクラウドソーシング手法は古くから研究が行われている4)-6)。このような技術を用いれば、ユーザがスマートフォンを所持して移動するだけで信号強度情報を収集できるため、ユーザに意識させることなくトレーニングを完了できる。
Wi-Fiを用いた位置指紋測位では、信号強度ではなくCSI(Channel State Information: チャネル伝搬情報)を利用する手法が報告されている。
Wi-Fiは「サブキャリア」と呼ばれる周波数のわずかに異なる複数の搬送波を束ねて送信するOFDM(Orthogonal Frequency Division Multiplexing: 直交周波数分割多重方式)を用いている。送信機から送信された電波は直接受信機に到達するものもあれば、床や壁、天井などに反射してから受信機に到達するものも存在し、これらが混ざり合って合成された結果が受信機で観測される。反射の仕方は電波の周波数によってわずかに異なるため、周波数の異なるサブキャリアは異なる反射の影響を受け、送受信機の場所によってサブキャリアごとに位相や振幅の変化の仕方が異なる。そこで、サブキャリアごとの位相、振幅の変化を場所を表す特徴、すなわち位置指紋として測位を行う方式が提案されている。
CSIは位置依存性が高いものの、近接する場所でも似たような特徴となるとは限らない。このため、深層学習を用いて位置指紋測位を行うBiLoc7)、DeepFi8)DNNFi9)、DelFin10)、E-Loc11)などが提案されている。例えば、E-Loc11)は、CSIを用いてCNN(Convolutional Neural Network: 畳み込みニューラルネットワーク)により位置指紋測位を行う技術である。
これまでに紹介した技術はすべてスマートフォンなどのWi-Fi端末を測位する技術である。これに対し、Wi-Fi端末を持たない人間の位置を推定するデバイスフリー測位技術が存在する。4.で述べたCSIを用いれば反射して受信機に到達した電波の変化を取得することができるため、CSIを解析することで反射を起こした物体をセンシングできる。実際、筆者らもスマートフォンなどのWi-Fi端末を持たない人の位置を推定する技術を報告している12),13)。
CSIを用いる場合には場所の依存性が高くなることから、トレーニング時にはさらに大量のデータが必要となる。このため、LiFS14)では比較的安定性の高いCSIとなるサブキャリアを特定し、そのサブキャリアの情報のみを用いて位置指紋測位を行うことで学習コストを削減する技術を提案している。
CSIと深層学習を組み合わせるデバイスフリー測位技術は多く提案されており、測位だけではなく呼吸のセンシング15)や行動認識技術16),17)などが提案されている。CSIを用いたセンシング技術は、既設のWi-Fi APを用いて高度なセンシングを可能とすることから今後も普及していくと筆者は見込んでいる。
本稿では、Wi-Fiを用いた測位の基礎について説明した後、最新研究の動向を多辺・多角測位、位置指紋測位、デバイスフリー測位の3つに分けて概説した。特にCSIと呼ばれる伝搬路情報を用いた測位・センシング技術に関して多くの研究が行われており、本稿ではごく一部すら紹介できていない。興味がある方はその他の技術もぜひ調べていただきたい。
参考文献
1) J. Xiong and K. Jamieson, “ArrayTrack: A fine-grained indoor location system,” In Proc. USENIX NSDI, pp.71–84,April 2013.
2) J. Xiong, K. Sundaresan, and K. Jamieson, “ToneTrack: Leveraging frequency-agile radios for time-based indoor
wireless localization,” In Proc. ACM MobiCom, pp.537–549, Sept. 2015.
3) D. Vasisht, S. Kumar, and D. Katabi, “Decimeter-level localization with a single WiFi access point,” In Proc.
USENIX NSDI, pp.165–178, March 2016.
4) A. Rai, K.K. Chintalapudi, V.N. Padmanabhan, and R. Sen, “Zee: Zero-effort crowdsourcing for indoor localization,”
In Proc. ACM MobiCom, pp.293–304, Aug. 2012.
5) H. Wang, S. Sen, A. Elgohary, M. Farid, M. Youssef, and R.R. Choudhury, “No need to war-drive: Unsupervised
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6) C. Wu, Z. Yang, Y. Liu, and W. Xi, “WILL: Wireless indoor localization without site survey,” IEEE Transactions
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8) X. Wang, L. Gao, S. Mao, and S. Pandey, “CSI-based Fingerprinting for Indoor Localization: A Deep Learning
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9) G.-S. Wu and P.-H. Tseng, “A deep neural network-based indoor positioning method using Channel State Information,”
In Proc. IEEE ICNC, pp.290–294, Maui, HI, March 2018.
10) B. Berruet, O. Baala, A. Caminada, and V. Guillet, “DelFin: A deep learning based CSI fingerprinting indoor
localization in IoT Context,” In Proc. IEEE IPIN, pp.1–8, Nantes, France, Sept. 2018.
11) B. Berruet, O. Baala, A. Caminada, and V. Guillet, “E-Loc: Enhanced CSI fingerprinting localization for massive
machine-type communications in Wi-Fi Ambient Connectivity,” In Proc. IEEE IPIN, pp.1–8, Pisa, Italy, Sept.2019.
12) R. Takahashi, S. Ishida, A. Fukuda, T. Murakami, and S. Otsuki, “DNN-based outdoor NLOS human detection
using IEEE 802.11ac WLAN signal,” In Proc. IEEE SENSORS, pp.1–4, Montr´eal, QC, Canada, Oct. 2019.
13) S. Ishida, R. Takahashi, T. Murakami, and S. Otsuki, “IEEE 802.11ac-based outdoor device-free human localization,”
Sensors and Materials, 33(1), pp.53–68, Jan. 2021.
14) J. Wang, J. Xiong, H. Jiang, K. Jamieson, X. Chen, D. Fang, and C. Wang, “Low Human-Effort, Device-Free Localization
with Fine-Grained Subcarrier Information,” IEEE Transactions on Mobile Computing, 17(11), pp.2550–2563,Nov. 2018.
15) D. Zhang, Y. Hu, Y. Chen, and B. Zeng, “BreathTrack: Tracking Indoor Human Breath Status via Commodity
WiFi,” IEEE Internet of Things Journal, 6(2), pp.3899–3911, April 2019.
16) F. Wang, J. Feng, Y. Zhao, X. Zhang, S. Zhang, and J. Han, “Joint Activity Recognition and Indoor Localization
With WiFi Fingerprints,” IEEE Access, 7, pp.80058–80068, 2019.
17) H. Yan, Y. Zhang, Y. Wang, and K. Xu, “WiAct: A Passive WiFi-Based Human Activity Recognition System,”
IEEE SENSORS JOURNAL, 20(1), pp.296–305, Jan. 2020.5