海洋へのレーザー応用(2)

染川 智弘(そめかわ としひろ)
(公財)レーザー技術総合研究所
染川 智弘

3.ラマンライダーによる海上観測

 ラマンライダー技術で海水中のガスの計測が可能かどうかを検証するために、水深が20 mと比較的浅い海底からメタンガスを70%程度含む火山性ガスの湧出がある竹富島海底温泉にて海上観測を実施した。竹富島海底温泉は石垣島を中心とした八重山諸島にある竹富島の北東沖約1 kmの海底に位置する。
 図4に海上ラマンライダーの構成図と写真を示す。波長355 nmのレーザーパルスを鉛直下向きに海中に照射し、海中からの散乱光を直径20 cmの望遠鏡で集める。観測した散乱光はレンズでコリメートした後、波長355 nmのエッジフィルターとノッチフィルターでレイリー光を除去し、光ファイバで分光器に導いた。分光器の測定ポートにはラマンスペクトル計測用の電子冷却CCDカメラと、ライダー信号を計測する光電子増倍管(PMT)を搭載している。分光器の光路上に設置したミラーの出し入れによってCCDとPMTの検出機器を切り替えることが可能である。

図4 海上ラマンライダーシステム
図4 海上ラマンライダーシステム

 図5に漁船に搭載した海上ラマンライダーの写真(a)、(b)と竹富島海底温泉での観測の様子(c)を示す。海上ラマンライダーシステムは大阪から石垣島までコンテナ輸送したが、トラックや船での輸送による光軸ずれなどの影響はほとんど見られず、本ライダーシステムは特別な調整の必要なく、動作が可能であった。図6に竹富島海底温泉の真上にて実施した観測結果例として水のラマンスペクトルを示す。不安定な海上においても、これまでの室内実験と同様のラマン信号の観測が可能であり、本水中ラマンライダー技術は海中モニタリングに適用可能である。

図5 海上ラマンライダーによる海上観測
図5 海上ラマンライダーによる海上観測
図6.海上ラマンライダーによる水のラマンスペクトル
図6.海上ラマンライダーによる水のラマンスペクトル

4.長水槽による水中ライダー実証試験

 図7に示すような長さ6 mの長水槽を実験室に保有しており、水中ライダーの原理実証実験を実施している。水槽実験では、海底パイプラインからの原油の流出を模擬して、蛍光セルに入れたキャノーラ油を測定対象としている。
 これまで紹介した水中ライダー技術で水中にある物質・ガスの3Dイメージを取得する方式には、スキャン方式とフラッシュ方式がある。スキャン方式は、先述したTOF方式でコリメート光の送出方向をガルバノミラーなどによって高速に走査し、そのライダー信号を連続で取得することによって3Dイメージを得るものである。図7はTOF方式でのライダー観測の様子であり、波長532 nmのレーザーで励起した場合の、油(628 nm)、水(649 nm)の2波長でのライダー信号を同時に測定することで水中にある油の位置と濃度情報を得ることが可能である(11),(12)
 一方、フラッシュ方式ではカメラ撮像のように、カメラの視野内にレーザーを拡散照射することによって得られる2Dイメージの取得時間を時間的に掃引することで3Dイメージを撮像する。図8が長水槽で5 m先に設置した油(蛍光セルの光路長:20、10、5 mm)のフラッシュラマンライダーによる可視化画像である(13)。レーザーは凹レンズで拡散照射し、ナノ秒の時間ゲート測定が可能なICCDカメラで記録した。干渉フィルターを利用して、油(628 nm)、水(649 nm)の2波長の画像を取得し、それらの比を取った画像である。濃度(光路長)が異なる油をフラッシュラマンライダーによって可視化できていることがわかる。フラッシュ方式は、レーザーの走査が不要であることから、撮像画面内の時刻ずれのないイメージが得られるため、水中ガス・物質の漏洩モニタリングなどには有効な手法になると考えられる。

図7.6 mの長水槽を利用した水中ライダー実証試験の様子
図7.6 mの長水槽を利用した水中ライダー実証試験の様子
図8.フラッシュラマンライダーにおる5 m先に設置した油の可視化画像(左から光路長20, 10, 5 mmの蛍光セルに入れたキャノーラ油)
図8.フラッシュラマンライダーにおる5 m先に設置した油の可視化画像
(左から光路長20, 10, 5 mmの蛍光セルに入れたキャノーラ油)

5.おわりに

 海中インフラの維持管理や、海底開発が海中の環境に及ぼす影響を効率よく評価することを目的として、海水中に含まれるガスや油をラマン散乱で測定するラマンライダーによる海中モニタリング手法の開発を行っている。水の透過が比較的高い波長532, 355 nmのパルスレーザーを利用して水中ガスのラマン分光測定が可能であることを示した後、船舶搭載型のラマンライダーシステムを開発し、海上観測に成功した。また、実験室にある長水槽を利用して、水中の油のTOF方式、フラッシュ方式による検出試験を実施している。
 今後はこの海上観測で抽出した問題点を改善するとともに、新たな水中ライダー技術を海洋モニタリングに適用する予定である。こうした水中ライダー技術開発だけでなく、海上・海中という不安定な環境では、レーザーの小電力化、小型化によってますます利用しやすいモニタリング技術につながるのではないかと考えている。



参考文献

  1. T. Somekawa, J. Izawa, M. Fujita, J. Kawanaka, and H. Kuze, Opt. Commun. 480, 126508 (2021).
  2. T. Somekawa, J. Izawa, M. Fujita, J. Kawanaka, and H. Kuze, Appl. Opt., 60, 7772, 2021.
  3. T. Somekawa, S. Kurahashi, S. Matsuda, A. Yogo, and H. Kuze, Opt. Lett., 48, 5340 (2023).


【著者紹介】
染川 智弘(そめかわ としひろ)
(公財)レーザー技術総合研究所 レーザー計測研究チーム 主任研究員
大阪大学 レーザー科学研究所 招へい教授

■略歴

  • 2008年3月大阪大学大学院理学研究科宇宙地球科学専攻 博士(理学)
  • 2008年4月~公益財団法人レーザー技術総合研究所 入所 研究員、副主任研究員、上席研究員を経て現在、主任研究員
  • 2023年4月~大阪大学レーザー科学研究所 招へい教授