3. 水晶加速度センサーのアプリケーション例
開発初期のターゲットアプリケーションは、地震観測[2]でした。人が感じる事が出来ない極微小な振動から、巨大地震が発生する非常に大きな振動まで計測する必要がある地震観測は、水晶加速度センサーの特徴である低ノイズで広い計測ダイナミックレンジが活かせると考えたからです。同時期に2011年3月に東日本大震災、2012年12月に中央自動車道の笹子トンネル事故、日本では国民の安全な生活を脅かす大きな災害や事故が発生し、社会インフラの老朽化が社会課題として広く認識されるようになりました。この課題を解決するために人に変わってセンサーを活用して社会インフラの点検や監視を実施して、効率的に安全性を高める技術が注目されました。特に構造物の微小な動きから健全性を診断する技術が盛んに開発されていました。しかし、橋やビル、トンネルなどのインフラ構造物は巨大で質量も重いため、発生する振動は微小で低周波となります。一般的に0.1Hz~数10Hz程度の周波数で、発生する加速度も非常に小さいため、高感度のセンサーが必要となります。高感度のセンサーとして、サーボ型が地震観測などに使われていました。しかし、耐久性や価格に課題があり、橋などの安全監視に適用することは困難でした。そこで、サーボ型センサーに匹敵する高感度特性と高い耐衝撃性を両立する水晶加速度センサー M-A352/M-A552を開発しました。更にデジタル出力で低消費電力なため、システム構成がシンプルで安定に稼働する監視システムの実現にも貢献しました。これによって、インフラ構造物の安全監視に高感度センサーの適用を可能にしました。
その後、計測周波数範囲を1,000Hzまで拡大したM-A342/M-A542を開発し[3]、大型回転機器へ適用アプリケーションを拡大しました。近年、地球温暖化により想定外の大雨や洪水が頻発する現代、治水に関わる河川やダムの水門を安全に管理することは、地域住民の安心・安全な生活に必要不可欠なものになっています。本センサーは、国の管理指針[4]に基づき水門やダムのゲートを開閉するモーターなどの振動を計測し、状態の把握と適切なメンテンナスを実現します。図5に、水晶加速度センサーの計測範囲と適合アプリケーションを示します。
4. まとめ
本稿では、水晶加速度センサーの動作原理と特徴を中心として、適用アプリケーションの概要についても紹介しました。水晶を素材とする独自の素子構造と独自の周波数カウント技術により、低ノイズで広い検出レンジを有し、高感度なのにデジタル3軸で使いやすいセンサーを実現しました。今後も、社会課題を起点としてセンサー開発とアプリケーション開発を同時に進めながら、水晶加速度センサーが安心・安全で持続可能な社会インフラや産業インフラの実現に貢献しつづけるデバイスとなることを期待しています。
参考資料
- 松田,“水晶振動子による加速度センサーの微動観測への適用性に関する検討,” 土木学会論文集A1(構造・地盤工学),Vol.76,N0.4,I_793-I_803,2020.
- 佐藤,“振動の精密リサージュ図形描画アルゴリズムとこれを用いた状態監視/診断技術に関する研究,”日本機械学会 年次大会,2022.
- 国交省,“ダム用及び河川用水門設備状態監視ガイドライン,”総合政策局 公共事業企画調整課 施工安全企画室,2018.
【著者紹介】
中仙道 和之(なかせんどう かずゆき)
セイコーエプソン株式会社 マイクロデバイス事業部 TD商品開発部 課長
■略歴
- 1995年長岡技術科学大学 電子工学科 修士課程修了
- 1995年東洋通信機株式会社 入社
光通信用光学デバイスの開発設計に従事 - 2007年セイコーエプソン株式会社 入社
水晶センサーの開発設計及び、新領域の事業開発に従事 - 2018年MSM推進プロジェクト 企画設計 課長
- 2022年TD商品開発部 課長