1 はじめに
私たちの身の回りには、多くの電子機器から発する見えない電磁波(ノイズ)が飛び交っている。
その電磁波の強度(レベル)が小さければ問題は無いが、大きいと様々な障害を与える可能性がある。
例えば、飛行機内でスマートフォンやタブレット端末を利用する際には、電波を発さない状態(機内モード)にしなければならないが、それは機内に搭載している電子機器が誤作動を引き起こしたり、離着陸時の通信障害を与えたりする可能性があるからである。
このような周囲の電子機器に悪影響を及ぼす原因となる電磁波を電磁妨害波と呼び、電磁妨害波が他の電子機器に与える現象を電磁干渉(EMI : Electromagnetic Interference)と呼ぶ。
EMIによる様々な電子機器間のトラブルを防止するために、国や地域を超えた国際規格と各国が定めた国内規格が存在し、製品を流通させるためには、それぞれの規定をクリアしなければならない。
規格では、機器から空中に放射される電磁界の強度を測定するエミッション測定という測定方法が示されており、規定の強度内に収まっていることが求められる。
このエミッション測定は、電波暗室と呼ばれる外部からの余計な電磁波を遮断し、被測定物から輻射される電磁波のみを測定できる特殊な部屋で行われ、高額の費用が発生する(図1)。
また、測定結果が規定レベルに入らなかった場合は、何らかの対策を講じて規定に入るまで何度でも測定を行わなければならず、多くの電子機器メーカーはその手間とコストに悩まされている。
当然、設計段階で独自の設計ルールに基づいて電磁波を抑える配慮を行っているが、様々な要因で予期しない電磁波が発生することもある。それを抑えるために一箇所対策を行ってもまた別の問題が発生する「もぐらたたき」になることも珍しくなく、対策には充分な知識や経験、勘といった専門性の高いスキルが求められる。なによりその行為を難しいものにしている大きな要因が「電磁波が見えない」ということである。また、対策は仮説を立てて検証を行うのが一般的であるが、測定作業というハードルが高いため、そのサイクルを簡単に回せないというのも対策行為を困難にしている。
この問題の解決手法の一つとして、見えない電磁波を手軽に分かりやすく可視化する電磁波可視化システム(可視化技術を利用した近傍電磁界測定システム)を開発した。
空間電磁界可視化システム:https://www.noiseken.co.jp/products/rfsys/emission-measurement-system/2273/
2 システム概要
本システムは、電磁界プローブで測定したデータと被測定物の実画像を重ね合わせることで、電磁波の発生箇所を手軽に可視化するシステムを目的としており、電磁波を捉えるプローブとそれを解析するスペクトラムアナライザやオシロスコープ、データを処理するPC、そして被測定物を写すWebカメラと比較的安価で入手可能な製品で構成している(図2)。
<測定方法>
被測定物をカメラで写し、その上を電磁界プローブで手動測定を行う。
測定を行った箇所は、予め設定した電界強度に合わせた色を実画像上に重ね合わせて表示する(図3)。
3 可視化技術の説明(原理)
本システムの電磁界可視化は大きく分けて、電磁界プローブの位置認識、電磁界プローブの信号解析、位置と信号解析結果による色分け表示の3つの要素からなる。各要素を以下で説明する。
3-1 電磁界プローブの位置認識
本システムにおいて電磁界プローブの位置認識は色を用いて行う。あらかじめ電磁界プローブのセンサ部に色の付いたスポンジ等を被せることにより、プローブを色認識できるようにしておく。画像認識はリアルタイムで監視を行い指定された色(色相、彩度、明度)を元に検出し、重心を求めることで電磁界プローブの2次元位置を割り出している。
電磁界プローブの認識率を上げるために、なるべく鮮明な画像にしておくことや、プローブの色が他と重なっていない色に指定し、反射光が映り込まないことなどが求められる(図4)。
3-2 電磁界プローブの信号解析
電磁界プローブの信号に対してスペクトラムアナライザやオシロスコープ等の計測器を用いて電磁界強度と周波数の解析を行う。多くのスペクトラムアナライザが採用している掃引型には掃引時間が存在し、この掃引時間中に電磁界プローブの位置が移動すると、異なる位置の信号が含まれてしまい正確なデータとはならない。そのため電磁界プローブの位置が移動した場合にはデータの破棄を行う。
3-3 位置と信号解析結果による色分け表示
電磁界プローブで測定した信号を強度に応じた色分けで実画像に重ねて表示することで、今まで見えなかった電磁界の可視化を実現する。
電磁界を色分けした画像(電磁界分布画像)には測定区画の分解能が存在し、予め実画像に区画割を行い区画単位で色分けを実施している。区画のサイズは測定物の大きさ、電磁界プローブの大きさ及び希望の分解能によって決定する(図5)。
3-4 測定における留意点
本システムでは電磁界プローブを用いて手動で測定するため、測定には再現性の確保と処理速度が課題となる。
電磁界プローブは様々な大きさが存在しており、周波数や向きによる感度特性がある。そのため、適切な感度を得ることができるプローブを選択し、再現性が確保できるように同一条件(機器の動作モードや、被測定物の距離や向き)で測定する必要がある。
また、外来から飛び込んでくる電磁波にも気を付けなければならない。事前に外来の電磁波を確認し、被測定物からの電磁界と切り分ける必要がある。
電磁界プローブは非接触で測定しているため、機器へ影響を与えずに簡単に測定ができるというメリットがある反面、上記のように測定に気を使わなければならない。
処理速度に関しては、画像処理に要するプログラム上の処理時間は殆ど無視できるレベルであり、スペクトラムアナライザの処理時間(データ送受信時間含む)が殆どである。ある一定の速度を確保できないと測定者がストレスに感じるため、スペクトラムアナライザのスペックが重要となる。
最後に機器から発生する電磁波は定常的に発生しているとは限らない。時間で変化する場合もあるため、測定者は電磁波データを観察しながら測定を行う必要がある(そのタイミングから電磁波の発生元が分かる場合もある)。
なお、本技術は特許第5589226号の技術を使用している。
次回に続く-
【著者紹介】
根津 伸丞(ねづ しんすけ)
株式会社ノイズ研究所 商品開発部 商品開発3課 課長
■経歴
2000年 株式会社 ノイズ研究所 入社
EMC機器のソフトウェア開発に従事。
ソフトウェアチーム開発責任者。
現在に至る。