1.はじめに
現代の通信サービスにとって、光ファイバは通信光をやり取りする伝送媒体として不可欠な存在である。低損失・高速に光を伝送でき、電磁ノイズの影響を基本受けず、軽量・細径でありながら、ケーブル化することで堅牢性や施工性に優れる。一方で、温度変化や荷重(伸び)、振動といった外乱が光ファイバに加わると、光ファイバを通る光の特性(強度、位相、偏波など)は変化する。この変化は、時として、通信サービスでは、通信品質の劣化につながり、補償・抑制の対象となる。一方で、光の特性変化を計測すれば、外乱を測定でき、光ファイバ周囲の状況をセンシングできる。このように光ファイバをセンサとして使用する技術が光ファイバセンシングである。光ファイバの利点をそのまま活かすことができる。
光ファイバセンシングには様々な種類や形態がある。光ファイバの片端からセンシング光を入射し、もう片端から出た透過光を解析する構成が分かりやすいが、外乱がどの位置でどのような振る舞いをしたか位置分解して測定するのは容易でない。通常の光ファイバにFBG(Fiber Bragg Grating)など特別な構造を埋め込んだり、特殊な光ファイバを連結したりして、外乱を位置分解する、測定感度を向上させる、通常検知できないガスなどをモニタする構成もあるが、センサ媒体側に手を加える必要がある。一方で、通信用の通常の光ファイバをそのまま利用し、その中で生じる光の散乱現象を利用する手法もある。送信器から光ファイバにセンシング光を入射し、光ファイバ中で発生した散乱光を検出器で受光し解析する。散乱現象は光ファイバ上の各地点で生じるため、光ファイバが分布型の多点センサとして機能する。これは分布光ファイバ計測(Distributed Fiber Optic Sensing; DFOS)と呼ばれる。時間変化の緩やかな歪みや温度を測定するDFOSは、橋やトンネル、プラント、パイプラインなど社会インフラを支える構造物のモニタ方法として着目されてきた。一方で、散乱光の強度は通常小さく、測定のSN比を確保するのに複数回の測定結果を加算平均する処理が必要なため、時間的な変化、例えば振動の測定は困難であった。しかし、光・電気的なデバイスの発展と相まって、測定技術も最近進展した。これは分布振動(音響)計測(Distributed Acoustic Sensing; DAS)と呼ばれ、微弱な振動の分布を可視化できる。DASは、地震などの自然災害の検知や交通情報の取得、天候の観測など新たな応用が期待され、注目を集めている。
DASをはじめとするDFOSであれば、新たにセンシング用に光ファイバを設置しなくても、通信用に敷設された光ファイバをセンサとして活用できる。面的に広がった広大な光ファイバ通信網がそのままセンサネットワークになる。これは、センシングの観点では、センサへの給電不要で、測定エリアのスケールも大きい方である。特に、通信用光ファイバは、地下の管路や電柱間の架空を通るルートがあり、地下(海底も含む)・地上の両方を同時にセンシングでき、特異的である。通信インフラの観点では、通信設備の遠隔点検に使用できるし、通信設備にセンサという新たな価値も付与できる。このように、通信用に敷設された光ファイバをセンサとして利活用し、DFOS(特にDAS)で光ファイバ周囲の様々な環境情報を取得する枠組みを、弊社では光ファイバ環境モニタリングと呼んでいる。図1に示すように得られた環境情報を多様な産業分野で利用してもらうことで、様々な社会課題の解決を目指している。
本稿では、光ファイバ環境モニタリングの実現に向け、弊社が開発を進めている光周波数多重(Frequency Division Multiplexing; FDM)位相OTDRに基づく高感度DAS技術を紹介する。また、DASを用いて実際に通信用に敷設された光ファイバで振動を可視化した測定事例を紹介する。
2.FDM位相OTDRに基づくDAS
DFOSで観測する散乱現象には主にレイリー、ブリルアン、ラマン散乱があり、それぞれセンシングできる物理量(外乱)が異なる。このうち、振動(歪みの時間変化ともいえる)の高感度測定にはレイリー散乱が適しており、多くのDASがレイリー散乱光計測に基づく。レイリー散乱は弾性散乱であり、光ファイバ製造時のガラス組織の不均一性や不純物により光ファイバの長手に沿って、センシング光と同じ周波数の散乱光が連続的に生じる。レイリー散乱を考えるのに、多数のレイリー散乱体が光ファイバに沿ってランダムに分布している1次元散乱モデルがよく使用される(図2(a))。各散乱体が光を散乱し、観測する散乱光はそれらの重ね合わせと考える。光ファイバに振動が加わると、光ファイバの伸縮に伴い、上記散乱体の位置も変化する。この位置変化をDASで測定する。
具体的な測定方式は複数あるが、センシング光として光パルスを光ファイバに入射し、その後方散乱光を受光するOTDR(Optical Time-Domain Reflectometry)方式が最も一般的である。レーダやソナーと同じで、ToF(Time-of-Flight)の原理で、散乱光を受光するタイミングと光ファイバ上の位置とを対応させる(図2(b))。振動が生じて位置が変化した散乱体からの散乱光は受光タイミングが変化する。このタイミング変化は通常非常に小さいが、光の位相変化として観測可能である。したがって、後方散乱光の位相を測定することで各地点の振動波形を定量的に取得する。これが位相OTDRである。
位相OTDRはサブnεの歪変化量を検出できる。単位εは伸縮率であり、1mのファイバが1nm伸びれば1 nεである。空間分解能はセンシング光のパルス幅で決まり、1m弱から数mに設定される。測定距離は数十kmと長い。長距離測定ができるため、位相OTDRは単純な構成ながら、敷設された通信用光ファイバを全長に渡って測定する際などに使える。しかし、位相測定の精度には注意が必要である。図2(b)は簡略化しているが、本来は光パルス幅内に多数の散乱体があるとモデリングするのが、より正確であり、それら散乱体からの散乱光の干渉が起きる。デストラクティブな干渉により散乱光強度が小さくなる地点では、位相測定の精度が悪くなる。つまり、平均的にはサブnεの測定精度があっても、振動測定が困難な地点が多数発生する。この現象は、無線通信などと同様に、フェーディングと呼ばれ、主要な問題である。
フェーディング対策として、弊社はFDM位相OTDRの開発に取り組んできた[1,2]。図2(c)に概要を示す。センシング光として、複数の光周波数のパルスを並べて入射する。それぞれの光周波数パルスから散乱光が生じる。それら散乱光は重なりあって受光される。しかし、元々の各光周波数パルスの占有帯域が重ならないよう設計しておけば、各散乱光の占有帯域も異なる。したがって、デジタルフィルタで周波数分離できる。分離された各光周波数の散乱光の干渉パターンは異なるため、ある地点において一つの光周波数では散乱光強度が小さくても、別の光周波数では散乱光強度が大きくなり得る。これら複数の光周波数の位相を平均すれば、位相測定の精度が悪い地点を減らすことができる。
ただし、位相の平均には様々な演算方法が考えうる。効率的な平均には、各光周波数の位相のオフセットの違いなどを考慮する必要がある。弊社は、位相オフセットの高精度な推定→位相オフセットの補正→複数の光周波数の位相の平均、を時間的に更新しながら行うことで、広い振動振幅の範囲で、出来るだけ忠実な振動波形を高精度に取得する演算方法を提案・実装している。
図2(d)に、フェーディング対策をする前後で振動の可視化結果がどのように異なるか、waterfall図として示す。横軸はセンシング光を入射した片端からの距離、縦軸は時間、カラーバーは振動の振幅(歪量)、である。DASの振動可視化結果は、このようなwaterfall図として示されることが多い。測定対象は、約10kmの静置した光ファイバの先に、60mの光ファイバ伸縮器をつなげ、そこが均一に正弦振動(正弦波の波形で振動)するよう設定した。フェーディング対策により、位相測定ができない地点が低減されたことが確認できる。こういった対策が、未知の振動波形を取得する実際の応用では重要である。
(c)FDM位相OTDRの構成.(d)正弦振動の測定結果.
次回に続く-
参考文献
- Y. Wakisaka, D. Iida, H. Oshida, N. Honda, Journal of Lightwave Technology, vol.39, no.13, pp. 4279-4293, 2021.
- Y. Wakisaka, H. Takahashi, K. Murakami, T. Ishimaru, C. Kito, D. Iida, K. Toge, Y. Koshikiya, 49th European Conference on Optical Communications, Tu.C.7.2, 2023.
【著者紹介】
脇坂 佳史(わきさか よしふみ)
日本電信電話株式会社 アクセスサービスシステム研究所 研究員
■略歴
2016年 東京大学大学院理学系研究科化学専攻 修士課程修了。2017年 日本電信電話株式会社 入社。アクセスサービスシステム研究所にて光ファイバセンシング技術の研究開発に従事。