交流磁界分布の可視化技術(1)

田上 周路(たうえ しゅうじ)
高知工科大学
システム工学群電子・光システム工学専攻
准教授
田上 周路

1. はじめに

 小中学校の理科の教科書には,永久磁石やコイルに流れる電流から生じる磁場について,磁力線の図や方位磁石,砂鉄の模様などでそのイメージを表現している.このような磁界の空間分布を実際に可視化することは,電磁波をはじめとする交流磁界の信号やノイズ成分をパターン認識的に空間評価することが可能となるため,産業分野において大きな意義を有する.さらに,物質内部の見えない位置に存在する発生源の位置特定も,漏出した磁界分布から可能となる.例えば,磁気微粒子からの非線形磁化特性を利用した位置検出は,CTやMRIに匹敵する高精度な画像診断装置として注目されている.しかし,従来のコイルプローブによる電磁誘導を利用した測定の場合,空間分解能や機械走査によるノイズ,プローブ自身や信号線による測定対象磁界の歪みやノイズの混入が懸念される.そこで,光を用いて非侵襲な測定が可能な光学式磁界センサの開発が進んでおり,光ファイバの先端に磁気光学素子を取り付ける方式や光ファイバのファラデー効果を利用した方式などが製品化されている.また近年,生体磁気計測などの極低周波磁界の測定に威力を発揮する超高感度な光ポンピング磁気センサ(Optically pumped magnetometer: OPM)が,Qu-Spin社や浜松ホトニクス社から製品化されている 1,2)
 本研究で測定対象とする100 kHz前後の交流磁界は,電磁波の中でも長波(Low frequency: LF)に分類される.この周波数帯は近年普及が著しい無線給電やIHクッキングヒーターといった発生源付近の交流電磁界を利用したデバイスに用いられている.これらのデバイスにおいて発生磁界の空間分布を実際に取得することは,エネルギーの有効活用や人体への曝露評価に重要な評価要素となる.我々はOPMを用いて100 kHz前後の交流磁界の測定を実施し、10 mm四方の領域をサブミリメートルの空間分解能での可視化を実現した。

2. OPMによる交流磁界測定の原理

 OPMは,ガラスセル内部で蒸気化しているアルカリ金属原子をその共鳴光によって電子スピン偏極させる光ポンピング 3)を利用しており,測定対象となる磁場によってスピンの光学特性が変化する.つまり,センサの起動と信号の取得を光で行うため,従来のコイルプローブと比較すると測定範囲付近の金属量を格段に少なくできる.我々の用いる測定手法はMxタイプ 4)と呼ばれる1光軸系の測定システムであり,100 kHz程度の交流磁界が簡便に測定できる.また用いるアルカリ金属をセシウム133とすることで,室温でも測定に必要な蒸気密度を得る事ができる.図1にMxタイプの測定原理を示す.ガラスセル内のアルカリ金属原子に円偏光された共鳴光を照射すると,光ポンピングによって電子スピンは光軸と平行に偏極する.そこに静磁界B0を光軸に対して45°の方向に印加することで,偏極されたスピンはLarmor方程式

Larmor方程式

で定義される周波数fB0の方向を中心に歳差運動する.γは磁気回転比で用いるアルカリ金属種に固有の値となり,本研究で用いるセシウム133の場合はγ= 3.5 (Hz/nT)となる.例えば,測定対象となる交流磁界が静磁界に垂直な方向へf= 70 (kHz)で印加される場合,(1)式よりB0= 20 (μT)とすることで磁気共鳴によってスピンの歳差運動は増大する.光ポンピングによって吸収される光強度はスピンの方向によって変化するため,ガラスセルを透過する光はセル内部における交流磁界の強度に応じた振幅で強度変調される.このため,透過光の変調振幅成分を測定することでセル内部の磁界が光を用いて測定できる.さらに,本センサは図1に示す静磁界に垂直なx方向とs方向の交流磁界対して感度を有しており,それぞれの磁界方向成分に対する歳差運動の位相は直交する.よって,透過光の強度変調も各方向成分によって直交した位相で出力される.

図1 光ポンピング磁気センサ(Mxタイプ)の原理
図1 光ポンピング磁気センサ(Mxタイプ)の原理

3. Digital Mirror Device (DMD)を用いた空間分解の原理

 光を空間分解して取得するにはCCDやCMOSといった撮像素子の使用が一般的であるが,100 kHz程度の変調振幅成分を取得できる撮像素子は価格や取得データ数といった点で適用が難しい.そこで608×684の画素構造を有するDigital Mirror Device (DMD, DLP LightCrafter™, Texas Instruments)を用いて空間分解を行なった(図2).

図2 実験に用いたDMDのミラーアレイ面の画像
図2 実験に用いたDMDのミラーアレイ面の画像

DMDの各ミラーは図3のように制御信号によって反射方向を±12°の2方向に制御できる.本実験では,図4に示すように空間分解の画素要素となる領域のミラー群をラスタースキャンによって制御し,反射光をフォトディテクタで受光することでセル内部の磁界分布の空間分解を行なった.

図3 DMDにおけるミラーアレイの動作イメージ
図3 DMDにおけるミラーアレイの動作イメージ
図4 ミラーアレイによる画像化のイメージ
図4 ミラーアレイによる画像化のイメージ


次回に続く-



参考資料

  1. https://quspin.com
  2. https://www.hamamatsu.com/jp/ja/news/products-and-technologies/2022/20220224000000.html
  3. W. Happer, “Optical Pumping,” Rev. Mod. Phys., vol.44, pp.169-249, 1972., レーザー光による原子物理, 藪崎 努 著, 岩波書店, 2007.
  4. E. B. Alexandrov and A. K. Vershovskiy, Mx and Mz magnetometers in Optical Magnetometry, ed. D. Budker and D.F.J. Kimball, pp.60-84, Cambridge University Press, New York, 2013.


【著者紹介】
田上 周路(たうえ しゅうじ)
高知工科大学システム工学群電子・光システム工学専攻 准教授

■略歴

  • 2005年学位取得 博士(工学)(徳島大学)
  • 2005年広島大学非常勤職員(産学連携センター) 講師
  • 2007年京都大学有期雇用教職員 工学研究科・研究員
  • 2009年京都大学先端医工学研究ユニット 特定助教
  • 2011年岡山大学大学院自然科学研究科電子情報システム工学専攻 助教
  • 2018年高知工科大学システム工学群電子・光システム工学専攻