4.実験結果および考察
フラクタル次元解析を行う前処理として、計測した19chの脳波信号を電極間で差分信号をとり、157組(=19C2)の電極間電位差信号を作成する。それぞれの差分信号に対し、時間依存型フラクタル次元推定解析のパラメータを、q=2、 Ws=1[s]、Wm=0.1[s]、 τ=1、2[point]と設定し、解析を行った。
4.1 EFAMによる識別結果
課題タスク前後の基準測定の脳波データから、感性マトリクスCと定数ベクトルdを算出し、式(6)の入力ベクトルにリファレンスデータを再入力した結果、図4のように60秒毎にそれぞれの感性に対して識別可能と確認できる。
また、ある被験者の「快」と「不快」で識別したタスク時の感性出力を図5に示す。同図は、”You Are The Sunshine Of My Life”を音楽聴取時のハイレゾ対応、未対応のそれぞれの感性出力である。ハイレゾ音源を聴取時は「快」が正に出力し、時間経過に伴い「不快」はわずかに上昇した。一方、ハイレゾ未対応の同音源を聴取時は「快」が負の出力となり、「不快」が強く出力される結果となった。
図5 感性出力
4.2 感性変動率
EFAMによる感性出力は、被験者個人での感性の強さを表しており、例え感性出力が同値であっても、被験者毎でその意味は異なる。そこで相対的に比較を行うために、ハイレゾ対応、未対応の違いによる感性出力の変動率を式(10)より算出した。
ここで、ZHRはハイレゾ音源を聴取時の感性出力であり、Zrefはハイレゾ未対応の音源を聴取時の感性出力である。また式(10)の感性出力の値(< ZHR >、< Zref >)は、図5のような得られた感性出力ZHR、Zrefを時間平均した値である。
4.3 外れ値検定
4.2感性変動率で導出した感性変動率の結果、被験者によっては式(10)の分母の値が小さくなるため、感性変動率が発散してしまう結果となる。これより、外れ値の除外を行うため、両側検定の有意水準5[%]として、式(11)、(12)のスミルノフ・グラブス検定を用いた27)。式(11)、(12)のそれぞれの値は、データの最大(最小)値xi 、データの平均値 μ、データの標準偏差σ 、データ数n 、有意水準αかつ自由度n-2 のt分布のα/n×100 パーセンタイルである。τi ≥ τ の時にxiは外れ値となる28)。検定は曲ごとに行い、比較する2感性のどちらか一方でも外れ値と判定された場合、解析から除外した。
4.4 感性解析結果
外れ値検定を行い、解析から除外した感性変動率の分布を図6-9に示す。縦軸は被験者数、横軸は感性変動率の値である。ここで、図6、7は「快」と「不快」で識別した際の曲ごとの感性変動率の分布であり、上図が「快」、下図が「不快」の分布である。図8、9は、「安心」と「不安」で識別し、上図が「安心」、下図が「不安」の分布である。図10は図6-9をまとめた結果である。
図10より、平均値と中央値が共に正、または負の時にその感性の感性変動率が増加、または減少した。図6-9の分布はそれぞれ偏りがないために、平均値の値を用いて以下を述べる。
図10より、”So What”を聴取時は、「快」と「安心」が平均値に関して23.0[%]、194.6[%]増加し、「不快」と「不安」が42.2[%]、 29.2[%]減少した。また、”You Are The Sunshine Of My Life”を聴取時は「快」と「安心」が35.4[%]、15.2[%]増加し、「不快」が108.5[%]減少するという結果となった。この結果から、両方の音源に対して圧縮音源よりハイレゾ音源が「快」や「安心」といったポジティブな感性をより喚起し、ネガティブな感性を和らげる効果があると考えられる。
5.おわりに
本稿では、従来の圧縮音源に対して、近年注目を集めているハイレゾリューションサウンドがヒトの感情にどのような効果をもたらすかを検討、実験を行った。 2曲の音源の両方で、圧縮音源よりもハイレゾ音源が「快」「安心」が増加し、「不快」が減少する結果となった。これより、同じ音源を聴取した場合、圧縮音源を聴取するよりもハイレゾ音源で聴取した方が正の感情を喚起し、負の感情を和らげる効果があると考えられる。
参考文献
27) 朝木善次郎、安藤貞一、倉知三夫、小島次雄、清水祥一、技術者のための統計的方法, 近藤良夫(編), 舟阪渡(編), 共立出版株式会社, 東京, 1967。
28) 中井検裕 他、統計学入門(基礎統計学Ⅰ), 東京大学教養学部統計学教室(編), 東京大学出版会, 東京, 1991。
【著者略歴】
中川 匡弘(なかがわ まさひろ)
国立大学法人長岡技術科学大学・教授
■略歴
1982年3月 長岡技術科学大学大学院工学研究科 電子機器工学専攻修了
1982年4月 長岡技術科学大学工学部 助手
1988年2月 工学博士 (名古屋大学)
1988年3月-1989年1月 文部科学省甲種在外研究員(Strathclyde Univ. 数学科、連合王国)
1989年4月 長岡技術科学大学工学部 助教授
2001年6月 長岡技術科学大学工学部 教授
2004年4月 国立大学法人長岡技術科学大学 電気系 教授
2015年4月 国立大学法人長岡技術科学大学 技学研究院 教授
兼 株式会社TOFFEE 代表取締役(2016年4月~)
フラクタル工学、カオスニューラルネットワーク、液晶の物理学に関する研究に従事。
著書に「Chaos and Fractals in Engineering」(World Scientific)、「カオス・フラクタル感性情報工学」(日刊工業新聞社)等がある。
2016年4月より、大学発ベンチャー企業である株式会社TOFFEEを設立し、代表取締役を兼務。
平成29年度科学技術分野の文部科学大臣表彰を受賞(科学技術振興部門)。