2.独自仕様のLPWA
独自仕様のLPWAは、サービス開始時期により、2015年以前にサービスを開始し先行したLoRa、Sigfox、FlexNetと、後発として新規参入し2018年以降にサービスが開始されているEnOcean Long Range、ソニー製LPWA、Weightless-P、ZETA等に大きく分けられる。これらの中で、LoRa、Sigfoxは他を大きく引き離し、実証実験が多く実施され、実サービスも始まっている。
2.1 LoRa
名称の由来はLong Rangeで、ネットワークは仏Cycleo社、デバイスは米Semtech(仏Cycleoを買収)が開発、2014年にサービスを開始、2015年に LoRaアライアンスを2015年に設立した。LoRaアライアンスには2019年4月末現在550社以上が参加している。
‘オープン性’が特徴で、免許不要のサブギガヘルツ帯(国内では920MHz)を使用し、通信距離は見通しで約10km、都市部では約2kmでリンクバジェット154dBの通信が可能、通信速度は200~10kbps、利用帯域幅は500~125kHz、最大パケットサイズは256byteである。
LoRa変調は、従来レーダーやソナーなどで使われてきたチャープ信号を用いたチャープ拡散方式である。チャープ信号は、一定時間内で周波数が単調増加または単調減少する信号で、チャープ拡散方式では、チャープ信号をベースチャープ信号として、時間軸方向にサイクリックシフトして信号多重し、周波数拡散を行う。PSK(Phase Shift Keying)が正弦波の位相変調であるのに対し、LoRa変調はチャープ信号の位相変調といえる。FSK(Frequency Shift Keying)と比べて、同程度の通信速度では約8dB優れた感度で、妨害波干渉にも耐性をもつため、FSKよりも長距離の通信が可能である6),7)。
LoRaはセンサとゲートウェイ間のみの通信機能を提供するため、携帯電話網と共存可能である。海外では、既にオランダ、韓国で国全体、インドでは2017年末には人口4億人の地域をカバーしている。国内では、ソラコムが2017年初頭に商用化開始後、NTTドコモとソフトバンクも同年に相次いでサービスを開始している。
2.2 Sigfox
2009年に仏Sigfox社が開発、2012年にサービスを開始した。1910年代の第一次世界大戦における潜水艦の通信技術を基にしている。国内では920MHzを使用し、通信距離は都市部以外で30~50km、都市部では3~5km、通信速度は10~1kbps、各センサから1日最大140回、最大12byteのメッセージの送信が可能である。
‘通信方式のシンプルさとグローバル展開力’が特徴で、少量のデータを送信するセンサに適し、他のLPWAよりも相対的に低消費電力、低速でカバー領域も広く、基地局数が少なくできる。通信モジュールも基地局もハードウェアはシンプルにでき、低コスト化が可能である。
通信方式の詳細仕様は非公開であるが、変調方式は、低消費電力、ノイズに強い性質を持つBPSK(Binary PSK)を利用したUNB(Ultra NarrowBand、100Hz。干渉波の一部のみ影響)と呼ぶ技術で低速通信を実現する。さらに、周波数ホッピングの信号多重により周波数ダイバーシチ、複数回フレーム転送により時間ダイバーシチ、同報通信により空間ダイバーシチを得ることで、耐干渉性、耐障害性を実現する8)。
センサ群から基地局までのLPWAの部分、さらにクラウドを構成するネットワークサーバまでを含めたネットワークシステムとして提供する。このため、事業的には携帯電話網と競合する。国内では、京セラコミュニケーションシステム(KCCS)がサービスを展開し、2019年3月末には人口カバー率95%に達している。
2.3 FlexNet
米国のSensus社がページャの技術を基に開発し、2013年頃から主に米国、英国においてスマートメータリングの実績がある。変調方式はFSK、280MHz帯を用い400mW の送信出力で、最大伝送速度10kbps、最大伝送距離約20km、国内でも水道のスマートメータリングの実験を行っている。
2.4 後発のLPWA
LoRaとSigfoxに対しては大きく出遅れたが、表2.1に後発の独自仕様LPWAをまとめて示す。各LPWAの特徴を下線で示す。
EnOcean Long Range | ソニー製 ELTRES | |
---|---|---|
概要 | ・独シーメンスからスピンアウトして 設立されたEnOcean社が開発、 狭域センサネットワークEnOceanの LPWA版。 |
・家電の開発で蓄積されたデジタル信号 処理技術、高周波アナログ回路技術に より、都市部でも良好な通信が可能。 |
特徴、 通信性能等 |
・920MHz帯、送信出力10/20mW、 通信速度を1kbps程度に抑え、 高利得のアンテナを用いることで、 見通しで3~4km(最大6km)、 ビルの林立する都市部でも 300~400mの通信が可能。 ・ソーラーパネルなどを用いたエナジー ハーベストにより、電池交換不要。 |
・920MHz帯、障害物のない見通し通信で、 100km以上の遠距離通信に成功。 時速100km/hの高速移動中でも安定的 な通信を確認。 高精度な波形合成により送信・受信の 周波数とタイミングを補正。 ・1日2回の位置情報送信で、 コイン電池1個で1年間動作。 ・通信方式はETSI(欧州電気通信標準化 機構)でLPWAの標準の一つに採用。 |
応用、 商用展開等 |
・NTTとの実証実験成果を踏まえて、 2017年にサイミックス(長野県茅野市) が、長距離気象センサシステムを製品化。 ・NTT東日本はこの製品を用いて、 農業の ‘見える化’ ソリューションを販売。 2018年末に茨城県の養鶏場に導入。 |
・IoTクラウドプラットフォームToamiを 提供する日本システムウェア(NSW)と 連携。 ・牛の起立困難状態(狂牛病)を検知し スマートフォンに通知するシステムを 開発。 ・NTTドコモと住友林業は林業従事者の 安否確認・事故検知ソリューションを 実験。 |
Weightless-P | ZETA | |
---|---|---|
概要 | ・英国のWeightless SIGが2015年に策定。 台湾のユービック社が技術開発・標準化を 推進。 |
・英国ZiFiSenseが開発。 最大4ホップのマルチホップ通信により 地下やトンネルの中でも途切れない。 |
特徴、 通信性能等 |
・920MHz帯、下り最大100kbps。 下りの高速性は、センサのファームウェア 更新で優位。同時接続数はLoRaの 約10倍。 ・TDMA/FDMAをベースに、 搬送幅12.5 kHzの狭帯域通信、 周波数ホッピング、電力制御技術などに より、高信頼性を保証。 電池寿命5~10年。 ・欧州仕様では、都市部で2km、 郊外で5kmの通信が可能。 |
・920/429MHz帯、超狭帯域(UNB: Ultra Narrow Band。チャネル帯域幅は 0.6k~2.0kHz)による多チャンネルでの 通信が可能。 ・通信速度は100~50kbps。 ・通信距離は22m~10km。 ・マルチホップ通信により障害時の 迂回路設定が可能。 ・双方向での低消費電力通信で電池寿命 5~10年。 ・NB-IoTの約1/20、LoRaの約1/5の低価格 初期費用。 |
応用、 商用展開等 |
・街灯やガス栓の遠隔制御などの スマートシティ、工場(FA)、 展示場での中古車管理などを対象として 2018年に製品化。 |
・中国では、インフラ監視、マンホール 監視、街灯制御、工場内ロボットアーム 制御などで利用。 ・国内では、テクサー、凸版印刷、 京都高度技術研究所は、 京都スマートシティ化実験実施。 宮崎県ではチョウザメの養殖、 広島県では果樹園の温湿度監視でも実験。 |
次週に続く-
参考文献
6)阪田史郎、”無線通信の話,” 電気書院、2015.12
7)阪田史郎、嶋本薫編著、”無線通信技術大全” リックテレコム、2007.2
8) 阪田史郎, “M2M無線ネットワーク技術と設計法,” 科学情報出版, 2013.5.
【著者略歴】
1972年早大理工電子通信卒。1974年同大学大学院理工学研究科修士卒。同年NEC(日本電気)入社。
以来、同社研究所にてインターネット、マルチメディア通信、モバイル通信の研究に従事。工学博士。
1996-2004年同社研究所所長。1997-1999年(兼)奈良先端科学技術大学院大学客員教授。
2004-2014年より千葉大学大学院教授。同大学では、ユビキタスネットワーク、IoT/LPWA、5Gネットワークの研究に従事。2014-2019年同大学グランドフェロー。
2019年より同大学名誉教授。IEEE Fellow, 電子情報通信学会フェロ―、情報処理学会フェロ―。
情報処理学会では、理事、監事歴任に加え、山下記念研究賞受賞、マルチメディア通信およびモバイル通信に関する先駆的研究に対し功績賞受賞。
電子情報通信学会では、理事、評議員(2期)歴任に加え、ユビキタスネットワークに関する先駆的研究に対し顕彰功労賞受賞。
総務省より、災害支援のための無線マルチホップネットワークに関する研究業績に対し総務省関東総合通信局長賞受賞、他受賞。
情報通信ネットワークに関する単著書4、共著書40。
http://sakatashiro.com/で詳しく紹介。