インフラ保守におけるレーザーの役割とは(3)

上半文昭
(ウエハン フミアキ)

◆上半文昭(ウエハン フミアキ)
鉄道総合技術研究所 鉄道力学研究部 構造力学研究室 研究室長
東京大学生産技術研究所および鉄道総合技術研究所ユレダス開発推進部地震防災研究室で、鉄道の早期地震検知警報システム、災害予測・復旧支援システムの研究を担当の後、平成13年より鉄道力学研究部構造力学研究室で、鉄道構造物の災害対策、維持管理、鉄道車両の走行安全性向上などに関わる研究開発に従事。 本記事で紹介した「構造物検査用遠隔非接触振動計測システムの開発」で平成22年度科学技術分野の文部科学大臣表彰(開発部門)等を受賞。博士(工学)。

─これが開発した装置ですか

これは鉄道事業者や大学などに多数導入していただいている実用化システムです。地面に置いて、橋梁などにレーザーを照射するだけで振動が測れます。普及が進んだ「UドップラーⅠ」に続いて、昨年の夏に「UドップラーⅡ」という新製品をリリースしました。これらのシステムはレーザーを使って、数m~100 m程度離れたものの振動を測ることを目的としています。振動周波数にもよりますが、速度振幅で0.2μm/s、変位振幅でもミクロンオーダーの微小な振動を測ることができます。

鉄道橋には列車通過時のたわみ量の基準値があり、昔は橋の桁と地面との間にピアノ線を張って、地面側に設置したたわみ計でたわみを直接的に測っていました。ただ、この方法だと橋桁にピアノ線を付けるのに高所作業が必要ですし、地面側が道路や河川だと計測が困難でした。Uドップラーの普及によって、地上から簡単に橋のたわみを測れるようになりました。

UドップラーⅡとその仕組み
提供:鉄道総研

橋梁と走行列車の共振現象の評価にもUドップラーが役立っています。列車の荷重はほぼ等間隔に並んだ台車を介して橋に伝わります。列車が橋を渡るとき、その橋の固有の振動数と、台車が順次橋梁に進入することによって生じる加振の振動数とが一致すると、共振という現象が起こります。共振が発生すると橋が健全でも過大な振動が発生し、場合によっては橋の劣化を進行させる原因にもなります。Uドップラーを用いて列車通過時の橋桁の振動を計測することで、共振現象の発生の有無や程度を評価することができます。

Uドップラーは、先ほど説明した常時微動を利用した高架橋の健全度検査にも使われています。これは高架橋の地面に埋まった基礎やコンクリート製の柱が、地震等で損傷すると固有振動数が低下することを利用した検査手法です。一般的なLDVで高架橋の常時微動を測定する場合、三脚上に設置したLDVセンサーの揺れが、構造物の揺れと比較して無視できない大きさになります。LDVは自身と測定対象の間の相対的な振動を測定するので、LDV自身の揺れはノイズの原因となります。それを防ぐため、LDV自身の揺れと傾きをリアルタイムで測定し、LDVが測定した振動データを補正する機能を搭載しているのが、このシステムの一番の特長です。

UドップラーⅡの自己振動補正機能
提供:鉄道総研

補正の効果を示すための実験結果を紹介します(右図)。LDVセンサーと測定対象の両方を揺らしながら測定をする実験をすると、普通のLDVでは揺れを上手く測れません。一方、我々のシステムは補正をすることで、測定対象の振動だけを計測することができます。

このUドップラーは非常に幅広い分野で使われています。橋の振動問題が一番ですが、後程お話しする岩盤斜面の落石危険度の評価や、橋に付属する架線柱や防音壁などの付帯構造物、さらには建築物の検査などにも使われています。研究段階のものも含め様々な分野で使って頂いています。

─こちらはさらに発展したシステムですね

長距離型Uドップラーシステム

最近は、より長大な橋梁の検査への非接触振動測定技術の適用を検討しています。このシステムは、不可視光のLDVを用いて非接触での測定可能距離を数百mに拡大するとともに、遠方にある測定対象の表面から非接触測定に適した点を自動的に検出する機能や、測定点の位置座標を測量する機能を加えた長距離型のUドップラーシステムです。

遠隔位置からのレーザー照射によって、例えば長大橋を支持する数多くの吊りケーブルの検査を効率的に行なうことができます。長大橋の吊りケーブルが徐々に緩んできて、それぞれのケーブルが支える荷重の分担が不均一になったりすると橋にとって良くないので、定期的にケーブルの張力を測定・管理する必要があります。このシステムを用いてケーブルの常時微動を測定することで、ケーブルの張力を求めることができます。

このシステムはまだ開発中のものですが、回転台で水平・鉛直方向にLDVを制御しながら測定を実施することができ、これまでの検証実験では、ケーブル1本あたり2分程度のスピードで振動を測定し、張力を正しく推定できました。ある長大橋では、かつては四夜間かけてケーブルの振動を測定していましたが、このシステムを用いれば、日中に1~2時間で測定できるようになりました。

このシステムでは数百m遠方の対象物を測ろうとしています。測定対象物の表面はいろいろな方向を向いたり、汚れや材質により反射しにくい状態だったりするので、特に長距離の測定では、非接触測定に十分な光量の反射レーザーが得られない場合が少なくありません。そこで、測定に十分な反射が得られる場所、特にレーザーの戻りが大きくて良質な測定ができる場所を、自動的に見つける技術を開発して、このシステムに採用しました。

遠方に位置する小さな測定箇所に正確にレーザーを照射するために、測量機並みの回転精度があるLDV専用の回転台も開発しました。装置を小型化するにはガルバノミラーなどでレーザー光を制御する方が良いのですが、数百m先の対象物に数cm程度の精度を持ってレーザーを照射する必要があるため、装置がやや大掛かりになりますが、このような装置構成としました。

現在は測定用のソフトウェアの改良に取り組んでおり、長距離型Uドップラー2台を無線でコントロールしながら同期計測することによって、より高度な検査を行なえるようにする予定です。

次週に続く-

(月刊OPTRONICS 2017年10月号より転載)