SIPスマートインフラの概要(1)

岩波 光保(いわなみ みつやす)
東京工業大学
教授
岩波 光保

1.はじめに

 2023年度より、内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)の第3期が5年計画で開始されたが、本稿では、全14課題のうち、「スマートインフラマネジメントシステムの構築」について概要を述べる。
 我が国のインフラの整備・維持管理には古代からの長い歴史があり、それぞれの時代の社会情勢や国と地方、官と民との関係に応じて計画的に実施されてきた。その結果、インフラの存在が長期にわたって我が国の経済活動を活性化させ、人々の生活を豊かにしてきたことは歴然とした事実である。インフラの整備・維持管理は、このような歴史的な変遷を踏まえつつ、時代の要請に応じて最も効率的・効果的なマネジメントを模索していくことが求められる。
 一方で我が国では、人口減少社会への移行や経済のグローバル化の進展、厳しい財政状況、気候変動に伴って新たに生じてきた災害リスク等、インフラを取り巻く経済社会情勢が大きく変化している。このような変化を我が国は過去に経験したことがないため、これまでの対応では太刀打ちできず、斬新かつ画期的な取組みが求められている。
 さらに、政府全体としては、新しい時代「Society 5.0」を目指しているが、この中で、「未来のまち」では、インフラが産業基盤や生活基盤として重要な役割を担うこと、インフラが健全に機能していること、災害に対して強靭であることなどが強く求められており、インフラが新たな社会「Society 5.0」を支える不可欠な構成要素となっている。このように、新しい時代に移ったとしても、インフラは、国土を守り、経済基盤を支え、快適な生活を維持するものとして、その重要性は変わらないものとなっている。
 SIP課題「スマートインフラマネジメントシステムの構築」では、目指す将来像を「未来のまち」の基盤となる「未来のインフラ(スマートなインフラ)」として、「インフラの老朽化が進む中で、デジタルデータにより設計から施工、点検、補修まで一体的な管理を行い、持続可能で魅力ある国土・都市・地域づくりを推進するシステムを構築する」 ことをミッションとして研究開発が進められている。

2.現状の課題

 インフラの整備は、長い歴史の中で各時代の要請に応じて着実に行われてきたことから、その整備プロセスや業界のしくみ等は最適化されてきている。それらが質の高いインフラを提供する日本の強みである一方、大きな環境変化に決して強いとは言えない。また、既存インフラの多くが、高度経済成長期に造られており、今後急速に老朽化することが懸念されている。さらに、インフラの新規整備が中心であった時代には、研究開発、技術基準策定、標準化等が同時並行で行われた結果、社会実装は比較的順調に進んだものの、既存インフラへの対策にシフトした現代においては、新技術の導入に技術基準や制度が十分に追いついていないという問題も露呈している。このような状況の下での建設現場、建設業界、インフラに関する主な課題を以下に示す。

① 建設現場の労働力不足が深刻
 少子高齢化社会を迎え、今後、明らかに労働力が不足することを考えれば、建設現場の生産性向上は、避けることのできない課題である。しかしながら、バブル経済崩壊後の投資の減少局面では、建設投資の減少が建設労働者の減少をさらに上回って、ほぼ一貫して労働力過剰となったため、省力化につながる建設現場の生産性向上が見送られてきた。
 現在、建設現場で働いている技能労働者約302万人(2022年時点)のうち、60歳以上の技能者は全体の約1/4を占めており、年齢60歳以上の人員が建設現場を支えることによって我が国の建設現場は成り立っている。したがって、これらの人員の多くが離職すると予想される10年後には、現在と同水準の生産性では建設現場は成り立たない。

② 深刻化するインフラの老朽化
 我が国では高度経済成長期に集中的にインフラが整備されたことから、今後、高齢化インフラの割合が加速度的に増加していく。2033年には道路橋の約63%、河川管理施設(水門等)の約62%、港湾岸壁の約58%が建設後50年以上となる見通しである。施設の老朽化の状況は立地環境や維持管理の状況等によって異なるが、建設後概ね50年以上経過すると、適切な維持管理がなされていないものは物理的に劣化していくと言われている。
 笹子トンネル天井板落下事故(2012年12月)を契機として全国のインフラのメンテナンスに関する機運が高まり、5年に一度の定期点検が道路構造物等を対象に実施されることとなった。2014~2018年度の間に、全国ほぼすべての道路橋と道路トンネルが同一基準で点検された。その結果、橋梁の1割程度、トンネルの4割程度がⅢ(早期措置段階)あるいはⅣ(緊急措置段階)判定とされ、速やかな修繕が求められている。

③ データの流通や活用に向けたデータ変換・データ統合技術が必要
 インフラ分野及びそれに関係する様々な分野において高精細なデジタルツイン構築が進んでおり、都市空間等のインフラでは様々なデータが日々蓄積されている。しかし、古くに整備された既設構造物では、資料そのものが残っていない、残っている場合も紙媒体の資料しかないことが多い。
 そのため、既存のデータを活用する場合はまずデータ規格等の観点から活用可能なデータを探索し、当該データの格納場所からデータを取得する必要があったり、それぞれのシステムにおいてデータの取得・蓄積・利活用・更新・流通のルールが異なり、データ連携が困難だったりするなど、データの流通や活用が十分でなく効果的な活用がされていない。

④ 魅力的な国土・都市・地域づくりにおけるインフラの必要性
 国土・都市・地域空間とそこで展開される様々な社会経済活動を支えるインフラは多様な機能や役割を有している。Society 5.0の社会の実現に向けては、防災・減災、長寿命化、脱炭素、生物多様性保全、美観・景観、バリアフリーなどの国土強靭化に繋がる貢献とともに、well-being、ダイバーシティ、社会的包摂性などの時代の変化に伴う社会ニーズにも応えられる魅力的なインフラ(スマートインフラ)を構築し、魅力的な国土・都市・地域づくりを行っていくことが求められている。

⑤ インフラ分野における総合知の活用
 インフラは国の社会経済活動を支える基盤であり、限られたリソースの中でインフラの整備・維持管理を計画的かつ効率的に行ってその機能を継続的に維持向上していく取組みが必要である。それにより、インフラを活用する様々な分野、例えば、医療、モビリティ、エネルギー、防災などの分野が発展・高度化し、持続可能な国土・都市・地域が創出される。
 そのような中、国はインフラの整備・維持管理にICTを積極的に活用し、建設現場の一層の生産性向上を図る取組みを開始しているが、今後は人文・社会科学の厚みのある「知」の蓄積を図るとともに、自然科学の「知」との融合による人間や社会の総合的理解と課題解決に資する「総合知」の創出と活用が期待されている。



次回に続く-





【著者紹介】
岩波 光保(いわなみ みつやす)
東京工業大学教授

■略歴

  • 1999年運輸省入省(港湾技術研究所構造部構造強度研究室研究官)
  • 2002年独立行政法人港湾空港技術研究所地盤・構造部主任研究官
  • 2004年英国Imperial College客員研究員
  • 2008年同 構造・材料研究チームリーダー
  • 2012年同 構造研究領域長
  • 2013年東京工業大学教授
  • 現在に至る

インフラマネジメント、海洋構造工学に関する研究に従事。2023年より、SIP課題「スマートインフラマネジメントシステムの構築」のサブプログラムディレクターを務める。2015年、2024年土木学会論文賞、2006年、2012年土木学会吉田賞【論文部門】、2009年、2019年、2021年日本港湾協会論文賞受賞。