海洋人材育成の現状及び今後の展開(1)

河村 光寛(かわむら みつひろ)
(一財)エンジニアリング協会
海洋開発室長
河村 光寛

1 はじめに

 海洋人材育成は、持続可能な海洋利用や海洋関連産業の発展において極めて重要な役割を果たしている。海洋産業の多様化と技術進歩に伴い専門的な知識と高度な技術を持つ人材が強く求められている。ここでは海洋人材の育成における現状、課題、今後の展開及び一般財団法人エンジニアリング協会(以下、ENAA)の海洋人材育成の取り組みについて紹介する。

2 海洋人材育成の現状、課題、今後の展開

2.1 現状

(1) 教育機関の取組(大学・関連機関)
 日本の教育機関では、海洋人材育成に向けて多様な取り組みが行われている。大学では、海洋科学や海洋工学の専門知識と技術を習得できる学部や研究科を設置し、人材育成を支援している。東京大学は海洋学際教育プログラム、高度国際海洋人材育成基金、海洋アライアンス連携研究機構を通じて、九州大学は海洋システム工学部門や船舶海洋人材育成寄付講座を通じて、神戸大学は海事科学部と海洋政策科学部を通じて、東京海洋大学は海洋工学部における「海洋開発環境エネルギー概論」の講座を通じて、高知大学は農林海洋学部の海洋資源学科を通じて、それぞれ特色ある教育プログラムを提供している。これらの取り組みにより、総合的に学ぶ機会は増えているが、エンジニアリングの基礎知識と他分野の特化したスキルを合わせて習得できるコースや、諸外国のような専門職大学院の設置はまだ少ないのが現状である。
 関連機関では、日本財団のオーシャンイノベーションコンソーシアム(以下、コンソーシアム)は、産学官公連携の統合的なプラットフォームとして、将来の日本の海洋開発産業を担う人材育成を目指している。また、「長崎海洋アカデミー(NOA: Nagasaki Ocean Academy)」では、社会人向けに洋上風力発電に関わる専門的な知識と技術を習得できるコースを提供している。

(2) 産官学の取組
 産官学連携による海洋人材育成では、教育機関、政府、企業が協力し、実践的で高度な人材育成を推進している。大阪大学は再生可能エネルギーや水産資源開発などの分野で企業と共同プロジェクトを実施し、北海道大学は企業からのゲスト講演者を招き、東京大学は柏キャンパスに「柏海洋フォーラム」を設置し、産学連携と異分野連携を推進している。
 産官学連携においては、「産学連携洋上風力人材育成コンソーシアム(IACOW)」が長崎大学を中心に、秋田大学、秋田県立大学、千葉大学、北九州市立大学、三菱商事、中部電力等と共に、経済産業省の洋上風力発電人材育成事業費補助金を活用して、洋上風力の社会実装を目指し、大学教育基盤の強化と産業界との連携が進められている。九州大学洋上風力研究教育センター(RECOW)は九州大学、佐賀大学、北九州市立大学と66の協力機関により、洋上風力の研究と教育を専門とし、産学連携を強化して技術革新と人材育成を推進している。さらに、洋上風力人材育成推進協議会(ECOWIND)は高専機構と連携し、高専生への人材教育を今後展開する予定であり、産官学連携が徐々に強化されている。

(3) 政府等の支援
 日本では「海洋基本計画1)」に基づき、政府が大学や専門学校に資金提供や設備整備支援を行い、海洋教育の質を向上させている。また、日本財団などが海洋分野の学生に奨学金を提供し、経済的支援を通じて人材育成を促進している。

2.2 課題

(1) 教育機関の取組(大学・関連機関)
 海洋関連の仕事には高度な専門知識とプロジェクト管理や国際交渉などの総合的なスキルが必要で、教育システムは専門性に偏りがちである。学生は専門技術や理論の習得に多くの時間を費やす一方、プロジェクト管理やコミュニケーション能力の習得に割く時間が不足しているため専門知識だけでなく、プロジェクト管理やチームリーダーシップなどの総合的スキルを持った海洋人材の育成を推進する必要がある。

(2) 産官学の取組
 産業と教育機関の連携強化として、海洋関連産業と教育機関の連携がまだまだ不十分であり、現場が求めるスキルや知識を教育に組み込むことができていないため、産業界とのパートナーシップやインターンシップの強化が必要である。

(3) 政府等の支援
 海洋人材育成には、予算不足、カリキュラム更新、専門教員確保、環境保全と産業発展の両立、多様な人材確保とキャリアパス構築が必要である。

(4) その他

  • 1) 人材不足

     高度な専門知識と技術を持つ人材の不足が深刻な問題となっている。特に、洋上風力発電関係の技術者、海洋環境の保全、海洋資源の持続可能な利用に関する専門家及びデータサイエンティストが不足している。

  • 2) 多様なキャリアパスの提供

     海洋産業の多様なキャリアパスに対応するため、教育機関は海洋技術、環境科学、経営学などの多様なコースを提供し、キャリアカウンセリングや就職支援を強化する必要がある。学生が適したキャリアを見つけられるよう、教育機関はサポートを充実させることが求められる。さらに、個人のスキルを可視化するスキルパスポート(履修証明など)を活用し、必要なスキルを習得するための道筋を示すツールが重要である。

  • 3) 女性の参画促進

     海洋分野においては、依然として男性の比率が高い状況が続いる。女性の参画を促進するための取り組みが進められ、女性研究者のキャリア支援や、女性が働きやすい職場環境の整備が求められている。

  • 4) インクルージョンの推進

     多様な背景を持つ人材の参画を促進し、インクルーシブ(多様性を受け入れ、すべての人々を平等に扱う姿勢や考え方)な教育環境を整備するとともに、女性やマイノリティの参画を支援するための奨学金や研修プログラムの導入が求められている。

  • 5) 持続可能性と環境問題への対応

     気候変動、海洋プラスチック汚染、海洋酸性化等の環境問題に対応できる人材の育成が急務となっている。しかし、これらの問題に関する教育や研究が十分に行われていない。

3 今後の展開

 第4期海洋基本計画1)では、海洋人材の育成も重要な柱とされている。この計画に基づき、以下のような取り組みについて展開することが望まれる。

  • (1) 大学や関連機関での教育プログラムの強化と拡充

    ① 最新技術の導入
     教育プログラムに最新の海洋探査やデータ解析技術を組み込み、学生が実践的なスキルを習得できるようにする。オンラインコースやデジタル教材を活用して広範な地域で教育機会を提供し、他分野からのデータサイエンティストなどの人材を海洋分野に参入させ、海洋におけるDX及び海洋ロボティクス技術を推進する。
    ② インターンシップと実地訓練の拡充
     企業や研究機関との連携を強化し、学生が海洋環境での経験を積む機会を増やすことが重要である。従来の企業主体のインターンシップに加え、現場の課題と学生の学びを結びつける「実践型インターンシップ」が必要と考えられる。これにより、理論と実践を統合した学習が可能になる。

  • (2) 政府等の支援強化

    ① 資金援助の拡充
     政府や国際機関からの資金援助を拡充し、教育機関や研究プロジェクトの活動を支援することが重要である。特に、先進的な海洋探査機器やデータ解析技術の導入に必要な資金を確保することが必要である。
    ② 国際協力の強化
     国際機関や他国との連携を強化し、共同研究や学生交換プログラムを促進することが重要である。これにより、グローバルな視野を持つ人材の育成が進み、国際的な課題に対応できる力を養うことができる。

  • (3) 持続可能性と環境問題への対応

     環境教育の強化は、気候変動や海洋汚染等の環境問題に対応するための教育プログラムの強化が必要である。具体的には、持続可能な資源利用や環境保全に関する知識と技術を学ぶ機会を提供することが重要である。



次回に続く-



参考文献

  1. 海洋基本計画(令和5年4月28日閣議決定)
  2. 国土交通省 海事局 「海洋開発人材育成のための教材開発」
  3. 洋上風力政策の現状 (Floating Wind Japan 2024 経済産業省)
  4. 長崎海洋アカデミーにおける人材育成の取組み~洋上風力発電を支える知識の習得と作業訓練~(Sea Japan2024)
  5. 海洋エンジニアリング産業への取り組み 洋上風力発電に関わる人材育成(Offshore Tech Japan2024)
  6. 「次世代を担う洋上風力発電の人材育成」(Sea Japan2024)


【著者紹介】
河村 光寛(かわむら みつひろ)
一般財団法人エンジニアリング協会
技術部 海洋開発室長 研究理事

■プロフィール

  • 2018年4月から㈱INPEXより出向し、2018年度から2021年度にかけて造船・海運の技術を活かしたマージナルガス田の開発(国土交通省の補助金事業)に従事。
  • 2018年度から海洋開発分野における洋上風力発電の人材育成を喫緊の課題と捉え、技術者等の育成を目的とした各種セミナーの企画、立案、開催、及び関連するシラバスや教材の作成に積極的に取り組んでいる。
  • 2021年度から海上石油ガスプラットフォームからの排出フレアガス回収(自主事業)の社会実装に向けた検討を行っている。
  • 2023年度から内閣府総合海洋政策推進事務局が主催するAUV(自律型無人探査機)官民プラットフォームに参加し、AUVの社会実装を実現するための各種課題に取り組んでいる。