1.はじめに
近年、我が国をはじめ世界中でロボットに対するニーズが高まっている。製造現場における産業ロボットから、生活現場で活躍する次世代ロボットへと応用範囲が拡がっている。物流現場では省人化に向けた「搬送ロボット」が導入され、搬送現場では空中輸送に長けた「ドローン」が普及し、製造現場でも作業者と並んで作業する「協働ロボット」の導入が進んでいる。また、自動運転技術でもロボット技術が利用されて安全性や利便性の向上に貢献している。
経済産業省のロボット政策研究会1)では、ロボットを「センサー、知能・制御系、駆動系の3つの要素技術を有する、知能化した機械システム」として広く定義している。性能向上が著しいコンピュータ技術によって知能・制御系が進化し、ロボットは劇的に高機能化・高性能化している。2015(平成27)年に策定された「ロボット新戦略」2)でも、ものづくり・サービス、介護・医療、農業、インフラ・災害対応・建設といった分野に積極的に取組み、規制改革や基盤整備にも力を入れるとしている。2021(令和3)年に閣議決定された第6期科学技術・イノベーション基本計画3)では、我が国が目指すべき未来社会像を「Society 5.0」4)として「持続可能性と強靭性を備え、国民の安全と安心を確保するとともに、一人ひとりが多様な幸せ(well-being)を実現できる社会」と表現している。これらに関連して、ロボットのロードマップや実装モデルが多数報告され5-8)、「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」9)および「ムーンショット型研究開発事業」10)などでもロボット技術に関する研究開発プロジェクトが実施されている。
社会課題解決のためのツールとしてのロボット技術への期待も高まっている。人間の代替(労働力不足)としてだけでなく、特に人間の苦手な作業(超人的、単純)な作業(サービス)を担う存在として、ロボットが期待されている。高所作業や潜水作業など危険作業からの解放もニーズとして重要である。ドローンによる空中配送や長時間の潜水作業は人には代え難く、飛躍的なサービス向上につながる革新的な方法を可能にする。生活空間の清掃作業や物流拠点の仕分け作業などは、ロボット導入によるスピードアップとコスト低減が進めば、働き方改革にも合致する。ロボットが人間の仕事を奪うのではなく、単純作業の繰り返しや空を飛ぶ・水に潜るなどの人間が苦手な作業をロボットが担うことで、イノベーションを起こす可能性が高い。
2.ロボットフォトニクスについて
ロボット技術が活用される自動運転技術において環境認識のためのLiDARやカメラ映像の画像処理がリモートセンシングに役立っている。光波やミリ波など電磁波を使ったリモートセンシングは、ロボット技術に不可欠となっている。また、可視光波長域だけでなく、紫外線や赤外線など人間には見えない光を映像化したり、ハイパースペクトルカメラと呼ばれる三原色(RGB)より細かく色分けした映像に分割できるイメージングデバイスも開発され、すでにロボットに搭載されている。つまり、現代のロボット技術は、光技術(フォトニクス)なしに成り立たない。
平成29(2017)年度地域中核企業創出・支援事業(経済産業省)がきっかけとなり始まったロボットフォトニクス産業への取組みは、ロボット技術(ロボティクス)と光技術(フォトニクス)の融合による新しい技術分野の開拓を目指しており、現在は一般社団法人レーザー学会の技術専門委員会(以後、ロボットフォトニクス専門委員会)に引き継がれている。11)
ロボットフォトニクス専門委員会は、ロボット技術と光技術の融合を通じて、学術界における研究交流にとどまらず、産業界におけるコンソーシアム形成を通じた共同研究開発を通じた社会実装を志向している(図1参照)。主な対象分野として、インフラの老朽化対策、第1次産業、ヘルスケアを想定してスタートしている。これらの分野に限らず、少子高齢化や過疎地において進んでいく労働力不足や、あるいは災害時において活躍できるロボット技術の向上が期待される。LiDARによるセンシングやカメラ画像のAI処理によって自動運転が実現していくことや、レーザー加工などによって困難な加工を実現することが、ロボットフォトニクスというアプローチであり、フォトニクスによってロボットを高度化したり、革新的なロボットサービスを開拓するだけでなく、社会課題解決を志向するロボットフォトニクスに向けた人材育成も重要である。
2.1 フォトニクスによる革新的なロボットサービスについて
持続可能な社会に向けてSDGs(Sustainable Development Goals)が提唱されているが、地球温暖化など環境問題、食糧問題、紛争など、多くの解決すべき社会課題がある。世界の人口は増え続けているが、世界では多くの子どもたちが、「極度に貧しい」暮らしをしているとされている。また、自然災害や紛争など不確定な状況下における食糧の確保は不安定さを増している。地球上には食糧が偏在し、その量も十分ではない。食糧問題は、非常に重要な社会課題である。(SDGs2:飢餓をゼロに)
日本は食糧の大部分を輸入に頼ってきたために、食糧自給率が低くなっている。しかし、海に囲まれた島国のために国土面積の10倍以上もある世界第6位の排他的経済水域(EEZ: Exclusive Economic Zone)を有している。海洋開発としては、洋上風力発電などエネルギー開発が進められているものの、少子高齢化によって減少する漁業従事者や潜水士に代わる水中作業を担うロボットの開発は遅れている。水中ロボットがあれば労働力が補強され、漁業が盛んになり食料自給率の向上にもつながるのではないだろうか。しかし、水中では電波による無線技術は役に立たないし、水深と共に増大する水圧にも耐える必要があることから、水中ロボットの研究開発が急がれる。
一方、地球温暖化対策のソリューションとしての「ブルーカーボン(blue carbon)」12)が、2009年に公表された国連環境計画(UNEP)の報告書において定義され、吸収源対策の新しい選択肢として世界的に注目が集まるようになっている。ブルーカーボンとは、沿岸・海洋生態系に取り込まれ、そのバイオマスやその下の土壌に蓄積される炭素のことである。ブルーカーボンの主要な吸収源である「ブルーカーボン生態系」としては、藻場(海草・海藻)や干潟等の塩性湿地、マングローブ林があげられている。日本でも、環境省がブルーカーボンに関する取組みを発信している。
ところで、太陽光は海面付近で吸収されて、数10mの海底までは届かない。そのため、海底では光合成が行われず、植物プランクトンや海藻の成長が進まない。植物プランクトンや海藻がなければ、貝類などが成長するための栄養源がないので、その貝類を食べる蛸や魚類も育たない。すでに、陸上では、LEDを使った植物工場は実用化されて空きスペースへの導入が進んでいる。海底には水と二酸化炭素が存在するので、洋上で発電した再生可能エネルギーを海底に送電し、海底付近で光合成用LEDを点灯させることで、太陽光の届かない海底でも海藻などを育成することができるのではないか。言わば、「海底植物工場」によって貝類や魚類が育ち豊かな漁場が育まれてSDGsにも貢献できる期待がある。(SDGs14:海の豊かさを守ろう)
なお、貝殻の主成分は炭酸カルシウム(CaCO3)なので、貝類の育成は二酸化炭素(CO2)の固定に貢献するので、海底植物工場で育てた貝類も「ブルーカーボン生態系」に相当する。(SDGs13:気候変動に具体的な対策を)海の豊かさとブルーカーボンを両立させるためには、貝類の貝殻と身を分離して貝殻を海底に残すことが重要であり、水中ロボットにレーザー加工装置を搭載するなどロボットフォトニクスのアプローチが必要になるだろう。
次回に続く-
参考文献
- 「ロボット政策研究会報告書 〜RT革命が日本を飛躍させる」, (2006年5月, ロボット制作研究会)
https://www.jara.jp/various/report/img/robot-houkokusho-set.pdf - 「ロボット新戦略(Japan’s Robot Strategy) ―ビジョン・戦略・アクションプラン―」,(2015年2月, 日本経済再生本部)
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/pdf/robot_honbun_150210.pdf - 「第6期科学技術・イノベーション基本計画」(2021年3月, 内閣府) https://www8.cao.go.jp/cstp/kihonkeikaku/index6.html
- 「Society5.0」, (2021年, 内閣府) https://www8.cao.go.jp/cstp/society5_0/
- 「AI・ロボット・人の共進化による産業力向上の実現」(2016年3月, 産業競争力懇談会(COCN))
http://www.cocn.jp/report/thema86-L.pdf - 「ロボット実装モデル構築推進タスクフォース活動成果報告書」, (2020年3月, 経済産業省(METI), 国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO))
https://www.meti.go.jp/meti_lib/report/2019FY/000348.pdf - 2022年度版実装技術ロードマップ ~Society 5.0「国民の安全と安心」「Well-being」実現に向けた実装技術の将来動向~, (2022年7月, 一般社団法人電子情報技術産業協会(JEITA))
https://www.jeita.or.jp/japanese/pickup/category/2022/vol42-03.html - 「ロボット産業ビジョン2050 −人・社会・環境と共存するロボット−」, (2023年5月, 一般社団法人日本ロボット工業会(JRA))
https://www.jara.jp/publications/img/vision/visionver0_booklet.pdf - 戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「人協調型ロボティクスの拡大に向けた 基盤技術・ルールの整備 社会実装に向けた戦略及び研究開発計画」(2023年6月, 内閣府 科学技術・イノベーション推進事務局(CSTI))
https://www8.cao.go.jp/cstp/gaiyo/sip/sip_3/keikaku/11_robotics_1.pdf - ムーンショット目標3「2050年までに, AIとロボットの共進化により, 自ら学習・行動し人と共生するロボットを実現(PD:福田敏男)」, (2020年度〜, 科学技術振興機構(JST))
https://www.jst.go.jp/moonshot/program/goal3/index.html - 一般社団法人レーザー学会ロボットフォトニクス専門委員会, 「光が結ぶロボットと人間の協働社会」, OPTRONICS(オプトロニクス社、2019年7月号), pp.141-144.
https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R000000004-I029874453 - “Blue carbon : the role of healthy oceans in binding carbon”, (2009, Environmental Programme, United Nations)
https://wedocs.unep.org/handle/20.500.11822/7772;jsessionid=AEDAA40CB8360D1FB14085945E54C9A8
【著者紹介】
村井 健介(むらい けんすけ)
国立研究開発法人産業技術総合研究所 関西センター産学官連携推進室 連携主査
一般社団法人レーザー学会「ロボットフォトニクス」技術専門委員会 主査
■略歴
1987年大阪大学工学部精密工学科卒業。大阪大学大学院工学研究科精密工学専攻(前期)、電気工学専攻(後期)。大学ではプラズモンについて、大学院では大阪大学レーザー核融合研究センター(現在の大阪大学レーザー科学研究所)でエキシマレーザーやX線レーザーについて研究。レーザープラズマを利用した軟X線レーザーに関する研究で博士号を取得。
1995年工業技術院大阪工業技術研究所(現在の産業技術総合研究所関西センター)入所。入所後は、プラズモニクスやレーザープラズマなど、光と物質の相互作用の応用研究。内閣府総合科学技術会議や近畿経済産業局への出向時にロボット政策に関与。近年は産学官連携推進活動に従事。
博士(工学)。技術士(応用理学)。日本ロボット学会(RSJ)正会員。レーザー学会(LSJ)正会員、「ロボットフォトニクス」技術専門委員会主査。