建築セクターを脱炭素に導くためのコンクリートによるマテリアルバンク性の評価 ~海洋生物殻を利用したブルーカーボン・アクト&インフラに着眼して~(2)

田村 雅紀(たむら まさき)
工学院大学 建築学部
教授
田村 雅紀

5.北海道におけるホタテ貝殻廃棄物によるブルーカーボン発生量

 日本は、世界で有数のほたて貝の漁獲生産高があり、北海道の主要産地12地域と青森県におけるホタテ貝の年間生産量(養殖量、漁獲量)は、養殖量が北海道と青森県で全体の90%、二枚貝の海洋漁獲量は北海道がほぼ100%を占めている[5-7]。その北海道では、年間で総量約40万トン程度のほたて貝が水揚げされ、その量は全世界の1/4程度を占めるが、国外に2枚貝で冷凍し輸出される量もあるため、結果として年間約11万トンの貝殻が国内で廃棄物として発生している。北海道ではこれらのほたて貝殻粉砕物を、耕作地用のアルカリ化肥料をはじめ、チョーク原料、凍結防止路床材など、道指定のグリーン購入法特定調達品目類として、合理的な資源循環の用途となる好事例はあるが、多くは加工場内の一次保管場などで長期保管されるか、最終処分場で処理されているのが現況である。
 図9に、北海道と青森県におけるホタテ貝・ブルーカーボンストック情報として、ホタテ貝殻発生量M1と貝殻未利用量M2の分布を示す。ホタテ貝全体に占める平均貝殻重量比は 52%程度であるため、現在のホタテ貝殻発生量M1に、貝殻未利用漁獲量M0を用いて、現在は未利用であるが今後の貝殻利用資源量M2を式(1)より求めた。 M2=0.52M0 ― M1 …式(1) これらを可視化したマップ図より、特に天然ホタテ貝の漁獲収穫量が多い北海道オホーツク海沿岸部では、現在の貝殻発生量と将来の未利用資源量が多いといえ、オホーツク海沿岸での加工処理に関わる技術・システムが大きく展開する余地があるといえる。同地域にブルーカーボン・アクトの拠点とインフラが設置されれば、ホタテ貝漁獲資源における本来の地産地消の仕組みづくりに資する可能性は大いにあり、その結果、現在生じているような道東・道南地域へのホタテ貝の長距離運搬によるCO2排出を抑制し、カーボンクレジット利用を含めたオホーツク地方における新たな地域ブランド創出にもつながる可能性があるといえる。

図9 北海道と青森県におけるホタテ貝・ブルーカーボンストック情報[5-7]
図9 北海道と青森県におけるホタテ貝・ブルーカーボンストック情報[5-7]

6.広義のブルーカーボンを固定したコンクリート用ほたて貝殻砂の製造

 図10にホタテ貝殻砂の製造システムおよび基礎的性状を示す。現在北海道では、ほたて貝殻は未利用資源として循環資源の枠組みで扱われていることから、水産加工場等では、産業廃棄物として処理をするのではなく、可能な範囲で中間処理業を通じた循環利用することが推奨されている。従って、ほたて貝殻砂の中間処理が可能な実機製造工場においても、安価ではあるが有価での原料買取りを行い、最終的に下記のような破砕処理プロセスを経て、粒径0.6~2.5mmのほたて貝殻砂等を中心とした製品を製造・販売をしている。なお、製造上の課題として、⑧エコセパレーターは時間を要し篩をかけるため、分級が不十分であると0.3~0.15mm以下の微粉分の除去が難しくなる。本研究を通じて、実際のコンクリート用細骨材としては、ホタテ貝殻砂70%と石灰砕砂30%程度の混合量であれば、粒度分布やモルタル等の練り性状を保持する条件を満足するが、その場合においても、0.3mm以下の微粉末が、貝殻砂に最大12%程度含まれることが分かった。
なお、ほたて貝殻の特徴[33]として,生体内鉱質形成作用により,カルシウム組織とキチン類の糖類が層状に重なった構造を有しており、コンクリート骨材としての力学的な影響や長期的な使用において、ホタテ貝殻の層形状に起因する有効な効果などは十分に考えられる。一方、ほたて貝殻の層間内の微細組織である糖類のアルカリ変性の影響[12]なども考えられる余地はあり、それらは研究を通じて評価を行う必要がある。

図10 ホタテ貝殻砂の製造システムおよび基礎的性状[5-7]
図10 ホタテ貝殻砂の製造システムおよび基礎的性状[5-7]

7.広義のブルーカーボンを固定したほたて貝殻砂コンクリートの力学的性質[5-7]

 図11にホタテ貝殻砂の混和によるコンクリートレベルの力学特性への影響を示す。ホタテ貝殻砂の細骨材置換による最大混和量は70%程度であり、粗骨材に代替できるホタテ貝殻骨材は存在しないことから、一般的には粗骨材は砕石骨材が利用される。従って、コンクリート物性を評価する際は、ホタテ貝殻砂による品質改善効果が最大化されるモルタル物性を踏まえ、粗骨材が加わることでその影響度がどの程度低減・緩和されるのかを判断する必要がある。a)圧縮荷重―変形曲線より、無混入である標準(黒)と比較して、ほたて貝砕砂を混入したコンクリートは、若干強度低下する傾向にあり、その下限値は約80%程度となり、静弾性係数についても同様である。これは、ほたて貝砕砂の扁平形状により、力学的影響が生じる硬化体組織が粗になり易いことと、ほたて貝殻砂自体の硬度が標準の砕砂に比べて低い可能性があるためといえる。一方、シリカヒューム混和(5~20%)により、ホタテ貝殻砂の置換率が70%程度になった場合でも、品質改善が図られる傾向にあり、最大荷重までのひずみ抵抗性が最大150%程度改善するため、圧縮破壊エネルギーがホタテ混和量に比例して増大し、破壊靭性が大きく向上することが特性として示される。

図11 ホタテ貝殻砂の混和によるコンクリートレベルの力学特性への影響[5-7]
図11 ホタテ貝殻砂の混和によるコンクリートレベルの力学特性への影響[5-7]

8.広義のブルーカーボンを固定したコンクリートにおける材料調達・製品製造段階の炭素排出量評価 [5-7]

 図12にホタテ貝殻砂コンクリートのシステム境界とモデル建物のPCa部材製造によるCO2排出総量の比較を示す。ホタテ貝殻砂コンクリートは、ブルーカーボン固定という環境改善効果を、建物全体のライフサイクルにおける資材投入・使用のプロセスを通じて効果的に発揮する必要がある。換言すれば、資材投入の量的に環境改善効果を発揮するというより、建築仕上材など、建物に占める表面積が大きく確保され、長期利用に供する部位に積極使用されるのが望ましい。本研究では、PCaカーテンウオール資材を主用途として設定し、資材特有のサプライチェーンを踏まえ、資材調達段階(Scope3上流)、PCaCW工場製造の段階(Scope1,2)におけるCO2排出量を評価した。結果、基本調合からホタテ貝殻砂 70%置換調合に変えた場合、材料の製造・輸送時のCO2排出量と、PCaCW部材製造に関わるCO2排出量は増加するが、炭酸カルシウムを含有する貝殻砂のCO2固定量を差し引くことで、基本調合より最大36%以上削減できることが確認された。

図12 ホタテ貝殻砂コンクリートのシステム境界とPCaコンクリート部材製造のCO2排出総量比較[5-7]
図12 ホタテ貝殻砂コンクリートのシステム境界とPCaコンクリート部材製造のCO2排出総量比較[5-7]

9.各種の生物起源特性を考慮した炭素排出量の評価

 図13に生物起源特性を踏まえた炭素排出量の評価を示す。一般にホタテ貝は、稚貝より成長し、その重量の半分程度が海洋中のCO2を吸収固定された炭酸カルシウムの貝殻骨格となり出荷されるまでに2~4年程度の歳月を重ねる。また、植物組織の葉緑体による、いわゆる光合成の炭素同化作用により大気中のCO2を吸収・蓄積して生長する自然林は、生成期間が30年程にもなると,住宅用木材の用材として市場供給される。一方、セメント原料で主成分が炭酸カルシウムである石灰石はその賦存期間は、古生代からの数億年にも及ぶ歳月を要し、炭素固定期間が長大化するが,海洋・大気中に炭素を放出しないため,炭素濃度の上昇を留めることは出来る。しかし、年当たり換算した場合の炭素固定量は極めて小さくなる。従って、単位重量あたりの炭素固定量が同じ材料の場合,生長期間が短期で,炭素固定製品としての使用期間が長期である評価を受けた場合,炭素固定性能が優れることになる。従って、 Y’:炭素固定製品の蓄積期間(年)を Y:生成期間(年)で除した E: 炭素固定効率と,炭素固定製品に含まれるS:炭素固定総量(t)との積をF:炭素固定評価値(t)として定めた場合、炭素固定効率の値が大きいほど炭素固定性に優れることを示す。この炭素固定評価値の大きい順に列挙すると,ほたて貝殻砂,木材,石灰石となり,ほたて貝殻砂は炭素固定性能が一番優れる材料となる。実際には、各材料の市場での製造量や使用量に依存するが、ほたて貝の生成期間は2~4 年と極めて短期間であり、海水中の炭素を固定したコンクリート用細骨材として使用されるとともに、PCaコンクリート製品全体は、建物外壁として長期使用される耐久消費財であるため,炭素蓄積期間が長くでき、炭素固定効率を大幅に拡充できる。このような資源採取と製品利用の双方の観点で優れる特性を適切に評価できれば、最終的にはほたて貝の漁獲量の維持と地域産業の活性化にも繋がり得るような、潜在的で多面的な環境改善効果を有する仕組みを有していることになる。

図13 生物起源特性を踏まえた炭素排出量の評価[3-4]
図13 生物起源特性を踏まえた炭素排出量の評価[3-4]

10.ブルーカーボン・インフラの施設構想・設計提案 ~地域に根ざす海洋生物殻資源の再生拠点の提案~

 図14にブルーカーボン・インフラの施設構想・設計提案の一部[11]を示す。本設計提案は、細田により2024年に提案されたものであり、日本のホタテ貝一大漁場である北海道オホーツク海沿岸部の雄武町を設計敷地として想定されており、ホタテ貝殻を海洋生物殻資源として位置づけ、最終的に再生資源化する拠点をブルーカーボン・インフラとして計画をしている。現在、この施設化計画は、当該設計提案内での構想段階にあるが、既往研究[1-7]を通じたホタテ貝の漁獲調査、国内外流通システムを踏まえた市場性の調査などが踏まえられており、ブルーカーボン・インフラ構築のための必要条件となる各種のブルーカーボン・アクト(オホーツク近海域の海洋漁獲、ホタテ二枚貝の冷凍貯蔵・運搬、ホタテ製品加工場での貝柱・貝殻の脱離、ホタテ貝殻破砕処理・副産物利用など)の実施環境の整備・充実度なども具体的に検討された上で示されたものといえる。
 本構想施設では、ホタテ貝殻砂製造プラントと、製造した貝殻砂を使用した製品づくり、知識共有、消費拡大の動機支援を行うナレッジプラントの二つを柱にしており、特に後者については、実際にホタテ貝殻砂を混和したコンクリート製品に加え、3D プリンター用ホタテ貝殻微粒分モルタルの開発も行えるような施設となっている。建設用 3DP は、モルタル積層式であるため、従来の型枠を必要とせず、表層にボーダー状の溝と組み格子で、連続体として機械的に製造・接続され、硬化後は、一定の剛性と変形スパンを有する製品となる。微細表面の空隙溝には、人の手で植物の種子を植えられる空間的余裕度があり、時間と共に緑化が成長する外構資材が実現されている。また、みかけの外壁体積に占める製品表面積を大きくとることができるため、暑中期の水分蒸散作用と適度な通風環境を活かした熱環境負荷の低減なども実現できる。

a)敷地 ― 北海道紋別郡雄武町沿岸部工業地域(約2万㎡)
b)施設機能1 ― ホタテ貝殻砂加工プラント例(約1万㎡) [11]
c)施設機能2 ― 3DP施工プラント(2000㎡)、ナレッジプラント(3000㎡) [11]
d)ホタテ貝殻砂緑化マテリアルによる仕上材外観と3Dプリントモルタル積層モデル
図14 ブルーカーボン・インフラの施設構想・設計提案[11]

謝辞 本研究の一部は、2023年度NEDOムーンショット型研究開発事業研究開発プロジェクトC4S: Calcium Carbonate Circulation System for Construction(PM:東京大学野口貴文)、工学院大学産学連携研究を通じて実施されており、工学院大学大学院生細田夏花氏,ウルム香月清仁氏・相原幸恵氏、高橋カーテンウォール工業株式会社、株式会社ビッシェル、北海道雄武町の関係各位より多大な協力をいただいた。



参考文献

  1. 田村,リサイクルコンクリートによるカーボンニュートラル化,コンクリート工学,pp.124-128Vol.48, No.9(2010)
  2. Komuro, K and M.Tamura, Fracture Properties and Carbon Neutral Analysis of Concrete Materials Containing Disposed Sea Shell, 1st ICSU(2010)
  3. 小室,田村,炭素固定性を有する海洋生物殻を混入し たモルタルの基礎力学特性,コンクリート工学年次論文報告集,Vol.33,No.1307,(2011)
  4. 小室,田村,炭素固定性を有する海洋生物殻を用いた鉄筋コンクリート造建築物のカーボンニュートラル 性の検討,日本建築学会技術報告集,第40 号,pp.841 846(2012)
  5. 高橋,田村,佐々木,斉藤,尾関、炭素固定性を有する海洋生物殻廃棄物を用いたPCaコンクリート部材の開発,その1ほたて貝殻使用モルタルのフレッシュ性状・力学特性,2021年度日本建築学会関東支部研究報告集(2022)
  6. 尾関,田村,佐々木,斉藤,山本,小関,井口,炭素固定性を有する海洋生物殻廃棄物を用いたPCaコンクリート部材の開発 その4:ほたて貝殻砂使用コンクリートの長さ変化率と中性化抵抗性,2023年度日本建築学会学術講演梗概集(2023)
  7. N.Hosoda,K.Iguchi,M.Tamura,T.Sasaki,T.Saito,R.Ozeki,T.Yamamoto,A,Koseki, Development and basic property evaluation of mortar for 3D printer using sea shells waste with blue carbon fixation properties, The 22nd International Symposium on Advanced Technology(ISAT22) (2023)
  8. 野口ほか,ムーンショット目標 4 に貢献する「C4S研究開発プロジェクト」の概要,日本建築学会学術講演梗概集(東海),2021.9
  9. 田村ほか,既存建物群の各種統計情報に基づくコンクリート量分析と資源循環シナリオの構築,その1-7,日本建築学会学術講演梗概集(北海道),2022-2024
  10. M. Tamura and at.el, Prediction of amount of calcium carbonate concrete materials generated from concrete structure stocks in the past and future RILEM Week(2023)
  11. 細田夏花、ブルーカーボン・インフラ―風土に根ざす海洋生物殻資源の再生拠点の提案―、工学院大学卒業制作(佳作受賞)、2024.1
  12. 安江、遠山、廃棄貝がらの資源化による循環型社会への挑戦、Journal of the Society of Inorganic Materials, 8号pp.58-68(2001)


【著者紹介】
田村 雅紀(たむら まさき)
建築学部・建築学科 生産系・環境材料学研究室 教授

■略歴
岐阜県生まれ,木曽川と日本アルプスの山々の麓で育つ

  • 1996年名古屋大学工学部建築学科卒業
  • 2003年東京大学大学院建築学専攻・博士(工学)
  • 1999年~2008年東京都立大学大学院 建築学専攻・助教
  • 2008年~2015年工学院大学・准教授
  • 2016年~ 現在工学院大学・教授

主な著者に,ベーシック建築材料(彰国社),建築生産~もの作りからみた建築のしくみ~(彰国社)