1.はじめに
国内の建築物は、20世紀半ばの高度成長期より、国内外からの多大な天然資源や建設資材の投入に依拠したサプライチェーンにより、都市部を中心に、住宅や店舗をはじめ、事務所や工場など、様々な用途で構成された社会インフラとして成立している。現存するその建築物ストックは膨大であり、その主たる構成材料にコンクリートが使用されてきた。
著者らは、国連環境計画(UNEP)において、2009 年に浅場の海洋生態系に取り込まれた炭素固定成分をブルーカーボン(Blue Carbon)として炭素吸収源に位置付けたことを鑑み、2010年より国内・北海道を中心とした主要な漁獲資源であるホタテ貝殻に着眼し、海洋中の二酸化炭素を数年の間で生物殻として吸収固定した性質を、広義の意味でブルーカーボン吸収固定した状態と位置づけ、廃棄される炭酸カルシウム生物殻(CaCO3)をコンクリート用骨材に有効利用する研究を実施してきた[1-7]。
本稿では、建築セクターにおける様々な脱炭素を実現するコンクリート製造技術・システムにより、コンクリートのCO2吸収・固定を実現する要素源(マテリアルバンク)を具体化してデータベース化するための関連情報を示す。また、それらは地球上の生物のように一定の多様性が必要であることを鑑み、広義のブルーカーボン吸収・固定資材として、ホタテ貝殻廃棄物をコンクリート用建材として位置づけ、その基盤技術開発の一部を紹介するとともに、技術・運用システムに関わる行為・活動の全体を「ブルーカーボン・アクト」、それにより実現するコンクリート製品や建築物を「ブルーカーボン・インフラ」として位置づけ[1-7]、その将来的展望を紹介したい。
2.過去・現在・将来のコンクリート製造量・蓄積量・排出量を広く見つめる
日本国内では、過去から製造されたコンクリート量(図1)は大量であり,そのうち単年量の比較では、S造・RC造の順に同程度の量で推移し,1951〜2017年迄に年平均1.79億トン,累積量で118億トン程度が製造されたといえる。なお,現存する建築物ストックに含まれるコンクリート蓄積量(図2)は77億トン程度であり,これらは今後、建物の解体・再資源化により,カルシウム源のマテリアルバングとして位置づけることもできる。ちなみに,現在までに廃棄・再資源化されたコンクリート量(図3)は年平均0.62億トン,累積量で41億トン程度であり,これらは道路用路盤材を中心に再利用されたといえるが,施工条件によっては、大気中のCO2を吸収可能な媒体として位置づけることも可能といえる。
続いて、将来のコンクリート塊発生量推計結果(図4)は、2030年迄はコンクリート塊の発生量は増加傾向となり,それ以降は微量ながら減少傾向に転じ, 2050年にはコンクリート塊の累積発生量が39億トン程度に到達する。なお,土木由来のコンクリート塊発生量については,2005~2018 年の国交省建築副産物実態調査の統計値の土木・建築コンクリート塊発生量比(43.8/56.2)を定めて算定した結果,対建築比約8割である30億トン程度のコンクリート塊が発生すると想定されるため,土木・建築全体からのコンクリート塊発生総量は69億トン程度になると推計された[8-9]。
現在、建設業全体では、2050年のカーボンニュートラル化社会の世界的実現に向けて、産学官連携によるCO2を用いたコンクリート製造技術開発プロジェクトが大々的に実施されている。ここでは、カーボンプール技術や、カルシウムカーボネートコンクリート技術などの開発をはじめ、LCベースでのCO2吸収固定の総合評価システムの構築が検討されており、建設業によるコンクリートカーボン市場への実装を図る検討が鋭意進められている。このように、既存のコンクリート製造量やストック量ならびに解体量の量的なバランスと時間的な状態変化を捉えた技術開発の多様性が求められており、その一端としてブルーカーボン・アクトとインフラの構築が加えられるものと考えられる。
3.地産地消を意識したコンクリート塊のリサイクル拠点形成に向けて
前述のように、コンクリートの製造・蓄積・排出は全国規模で大量に生じていることが確認された。従って、図5の都道府県別のコンクリート塊発生量とがれき類平均破砕処理能力を踏まえると、解体されたコンクリート塊を地産地消で再資源化する上での地理的要件を想定することが可能になる。その結果、図6のがれき類専業化の破砕処理施設を特定することが可能となる一方で、図7の都道府県別-コンクリート塊の需給バランス比較マッピングにより、県域を跨ぐ地域集約があるエリアも存在し,コンクリート塊発生量と処理能力の不整合が生じる可能性が認められた。
これらの地理的環境データベースが整理されることで、コンクリート塊を地産地消による処理展開が可能となるCO2吸収固定原料の製造可能施設を有する地域として、その位置づけを明確化できる可能性がある。
4.ブルーカーボン・アクトとブルーカーボン・インフラ (Blue Carbon Act. & Infra.)
国連環境計画などで広く伝えられたブルーカーボンは、主に藻類などの生育中の水産資源を指すが、ホタテ貝殻は、北海道のオホーツク海を中心に2~4年をかけて生長した天然・養殖漁業産物であるホタテ貝の食部を除く炭酸カルシウム骨格の生長固化物(CaCO3)で構成されており、その成分には約44%のCO₂が含まれることになる。仮に、これらのほたて貝殻を、廃棄処理や短期的用途に供するのではなく、コンクリート用細骨材として長期にわたり有効利用できた場合、例えば、単位量あたりの投入重量が100 ㎏程度であれば、わずか数年で海水中から固定した約 44 ㎏に相当する CO₂を、長期に渡りコンクリート製品の一部として固定化する状況が実現される。その具体的な用途としては、ビル建物等の外壁PCaコンクリート部材や、建築仕上用の3Dプリンティング材料などが計画されている。なお、その一連の技術的取組みは多岐にわたり、サプライチェーンの上・下流までのシステム全体を捉えると、ホタテ貝殻をカーボンリサイクル用の副産物として採取する漁業行為の処理作業にはじまり、水産加工所での貝殻の脱離処理、中間処理場への運搬・破砕処理などが含まれ、これらは「ブルーカーボン・アクト:Blue Carbon Act.」として位置づけることができる。そして、本研究で開発を進める建築外壁となるPCaコンクリート製品のような耐久消費財の場合、建物の外装をはじめ都市景観にも大きな影響を与えられることから、そのような性質を有する構築物は、「ブルーカーボン・インフラ:Blue Carbon Infra.」として位置づけることができる。この二つの概念は、ブルーカーボンリサイクルを推進する上で重要な役割を担う(図8)。
なお、これらの海洋生物殻を原料とした取り組みは、UNEPで推進する有機物である藻類のブルーカーボンとは厳密には区別されるものであろう。しかし、ホタテ貝が生物として生長する過程における生体保護の役割を担う甲殻部の組織形成の特徴として、タンパク質外套膜の組織化に伴ない海水中の二酸化炭素を過飽和で体部に蓄積させ、最終的に炭酸カルシウムの生物殻骨格に利用していることから、広義のブルーカーボンとして認識することはできよう。
次回に続く-
参考文献
- 田村,リサイクルコンクリートによるカーボンニュートラル化,コンクリート工学,pp.124-128Vol.48, No.9(2010)
- Komuro, K and M.Tamura, Fracture Properties and Carbon Neutral Analysis of Concrete Materials Containing Disposed Sea Shell, 1st ICSU(2010)
- 小室,田村,炭素固定性を有する海洋生物殻を混入し たモルタルの基礎力学特性,コンクリート工学年次論文報告集,Vol.33,No.1307,(2011)
- 小室,田村,炭素固定性を有する海洋生物殻を用いた鉄筋コンクリート造建築物のカーボンニュートラル 性の検討,日本建築学会技術報告集,第40 号,pp.841 846(2012)
- 高橋,田村,佐々木,斉藤,尾関、炭素固定性を有する海洋生物殻廃棄物を用いたPCaコンクリート部材の開発,その1ほたて貝殻使用モルタルのフレッシュ性状・力学特性,2021年度日本建築学会関東支部研究報告集(2022)
- 尾関,田村,佐々木,斉藤,山本,小関,井口,炭素固定性を有する海洋生物殻廃棄物を用いたPCaコンクリート部材の開発 その4:ほたて貝殻砂使用コンクリートの長さ変化率と中性化抵抗性,2023年度日本建築学会学術講演梗概集(2023)
- N.Hosoda,K.Iguchi,M.Tamura,T.Sasaki,T.Saito,R.Ozeki,T.Yamamoto,A,Koseki, Development and basic property evaluation of mortar for 3D printer using sea shells waste with blue carbon fixation properties, The 22nd International Symposium on Advanced Technology(ISAT22) (2023)
- 野口ほか,ムーンショット目標 4 に貢献する「C4S研究開発プロジェクト」の概要,日本建築学会学術講演梗概集(東海),2021.9
- 田村ほか,既存建物群の各種統計情報に基づくコンクリート量分析と資源循環シナリオの構築,その1-7,日本建築学会学術講演梗概集(北海道),2022-2024
- M. Tamura and at.el, Prediction of amount of calcium carbonate concrete materials generated from concrete structure stocks in the past and future RILEM Week(2023)
- 細田夏花、ブルーカーボン・インフラ―風土に根ざす海洋生物殻資源の再生拠点の提案―、工学院大学卒業制作(佳作受賞)、2024.1
- 安江、遠山、廃棄貝がらの資源化による循環型社会への挑戦、Journal of the Society of Inorganic Materials, 8号pp.58-68(2001)
【著者紹介】
田村 雅紀(たむら まさき)
建築学部・建築学科 生産系・環境材料学研究室 教授
■略歴
岐阜県生まれ,木曽川と日本アルプスの山々の麓で育つ
- 1996年名古屋大学工学部建築学科卒業
- 2003年東京大学大学院建築学専攻・博士(工学)
- 1999年~2008年東京都立大学大学院 建築学専攻・助教
- 2008年~2015年工学院大学・准教授
- 2016年~ 現在工学院大学・教授
主な著者に,ベーシック建築材料(彰国社),建築生産~もの作りからみた建築のしくみ~(彰国社)