海洋観測の自動化、省力化に向けて(1)

渡 健介(わたり けんすけ)
合同会社オフショアテクノロジーズ
代表社員
渡 健介

1. 緒言

日本は面積にして世界6位の排他的経済水域を有する海洋国家である。水産資源の利用はもちろんのこと、昨今は日本近海の海底鉱物資源への注目も高まっている。国土面積の狭い我が国にとって、海洋の持続可能な利活用と、そのための技術開発は重要課題であり、世界をリードして然るべきである。しかしながら、海洋観測に用いる主要なセンサは海外製が占めているのが現状であり、では、それらを駆使して我が国周辺の海が調べつくされているかと言うと、そうでもない。海洋を効率的に観測する手法はまだまだ開発途上で、人の手に頼っている側面が非常に多いのが現状である。多くの観測データは調査船に搭載されたウィンチによって採水器を投入し、回収した海水を分析することでデータを得ている。投入から回収、分析まで、人の手に依存している部分は多々ある。これがセンサによって置き換わると、採水、分析の部分がかなり省力化されるが、現在、海洋観測において各パラメータを観測出来る信頼性の高いセンサは少なく高価で、また例えセンサが増えても調査船とそれに搭載された大型機器に依存する部分は省かれない。そのため、海洋観測が多くのテクニシャンによって支えられる現状は変わらず、未曽有の少子高齢化に見舞われ、労働人口は減る一方である日本において、観測の維持がより困難になっていくことは自明である。さらに、航海の費用も削減の一途で、広大な海を理解するに十分な観測データを取得できる状況であるとはおよそ言い難い。
現代においては様々な分野で機械化、自動化が進められてきたが、より効率的に多くの観測データを取得し、海洋の理解を進めるには、観測の自動化が必要である。しかし、そこには海洋という特殊な環境を相手にする難しさがあり、日本のみならず海外においても未だ過渡期であり、様々な手法の模索が進められている状況である。
このような背景から、海洋データの取得を促進し海洋の解明の進展に寄与することを目的に、観測の自動化、省力化のための技術開発を行ってきた。

2. 国産CTDセンサの開発

国立研究開発法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)では2008年頃から、大型の長期係留観測ブイである「トライトンブイ」用に国産のCTDセンサの開発に着手し、その性能向上、検定方法の検討など、長期観測可能な高精度センサ開発に注力してきた。
海洋観測において最も基本的なデータを計測するのがCTDセンサである。CはConductivity(電気伝導度)、TはTemperature(温度)、DはDepth(水深)の略であり、これらのデータを利用して、塩分、密度を算出する(UNESCO, 1978)。CTD観測から得られた水温、塩分、密度の鉛直プロファイルからは海洋の構造を考察できるため、鉛直方向に複数のCTDセンサを搭載した係留ブイを面的に展開することで、エルニーニョ現象や、地球温暖化等、地球環境変動の研究を目的とする観測を行ってきた。これらの現象を長期間観測するセンサには、1)低消費電力、2)高精度、3)低ドリフトの3点で優れた性能を有することが求められる。JAMSTECでは長きに渡る開発の結果、これらを満たすCTDセンサ「JES10」を開発した(Fig. 1)。このセンサはトライトンブイにも搭載され、試験観測が行われた。

Fig. 1 JAMSTECが開発したCTDセンサ「JES10」
Fig. 1 JAMSTECが開発したCTDセンサ「JES10」

3. センサの小型化

しかし、JAMSTECでは、予算不足から係留ブイの展開数そのものが減ってしまい、開発したCTDセンサの必要数も激減してしまった。開発知見を活かし、多くのニーズを満たす目的でJAMSTECではより小型のCTDセンサ「JES10mini」の開発を行った。(Fig. 2)

Fig. 2 小型CTDセンサ「JES10mini」
Fig. 2 小型CTDセンサ「JES10mini」

経年精度を緩和して、センサ素子のサイズを小型化すること、また応答性の高いサーミスタプローブを搭載することで、係留だけでなく、ウィンチなどで吊り下げるプロファイル観測に対応した。JES10miniは、全長約170mm、空中重量約640gと小型軽量ゆえ、組込用途にも適しており、電動リールで観測が可能など、従来機に比して簡便に扱うことが出来た。(Fig. 3)

Fig. 3 観測の様子
Fig. 3 観測の様子
Fig. 4 他社製センサとのドリフト比較
Fig. 4 他社製センサとのドリフト比較

合同会社オフショアテクノロジーズでは、これらCTDセンサに関する知的財産権の使用許諾を受け、製品化を行っている。製品化により、学術研究用途のみならず、小型ROVなどの海洋観測プラットフォームへの搭載(Fig. 5)や水族館での海水のモニタリング(Fig. 6)など、幅広い用途に利用されるようになった。このように様々なインターフェースを実装することで、多様なニーズに対応しながら少しずつ実績を積んでいる。また、新しいJES10miniを利用した観測手法の開発などにも挑戦し、研究者や観測従事者に新しい視点を届けようと製品開発が進められている。

Fig. 5 市販の小型ROVにCTDセンサを搭載
Fig. 5 市販の小型ROVにCTDセンサを搭載
Fig. 6 水族館でのCTDセンサ利用の様子
Fig. 6 水族館でのCTDセンサ利用の様子


次回に続く-



出典,参考文献

  1. 高精度CTDセンサーの開発
    高橋 幸男, 渡 健介, 石原 靖久
    JAMSTEC Report of Research and Development 2018 年 26 巻 p. 36-53
  2. Argo 計画:気候監視のために 全球海洋の変動をリアルタイムで捉える観測システム 細田 滋毅,須賀 利雄(Bull. Soc. Sea Water Sci., Jpn., 65, 29 - 34(2011))


【著者紹介】
渡 健介(わたり けんすけ)
合同会社オフショアテクノロジーズ 代表社員
/国立研究開発法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)
 経済安全保障重要技術育成プログラム統括プロジェクトチーム
 スマートセンシング技術開発プロジェクトチーム 海況観測・解析ユニット
 ユニットリーダー代理

■略歴

  • 2005年東京都立科学技術大学 工学部 航空宇宙工学科 卒業
  • 2007年首都大学東京大学院 工学研究科 航空宇宙システムデザイン専攻 修了
  • 2007年ソニー株式会社 デジタルイメージング事業本部 PV機構設計部
  • 2013年国立研究開発法人海洋研究開発機構 技術開発部 海洋観測技術グループ
  • 2018年合同会社オフショアテクノロジーズ 起業 代表社員