(1)はじめに
四方を海に囲まれ、世界第6位の広大な管轄海域を有する我が国にとって、経済社会の存立と成長の基盤に「海」を活かしていくこと、そして、貴重な人類の存続基盤として「海」を継承していくことは、非常に重要である。
政府では、こうした認識に基づいて、平成19年に成立した海洋基本法のもと、海洋政策を総合的・計画的に推進してきた。また、令和5年4月に、向こう5年間の海洋政策の指針となる「第4期海洋基本計画」を閣議決定した。
第4期海洋基本計画は、海洋政策の大きな変革、いわゆる「オーシャン・トランスフォーメーション」を推進すべき時との認識の下、我が国の海洋政策の今後の指針を定めるもので、「総合的な海洋の安全保障」と「持続可能な海洋の構築」を2つの柱として位置付けている。
本稿のテーマである自律型無人探査機(AUV: Autonomous Underwater Vehicle)は、全自動で水中を航行できる海中ロボットであり、海洋安全保障や海洋資源開発、洋上風力発電、海洋環境の保全等の様々な分野での利用が期待されている。
このようにAUVは、第4期海洋基本計画の2つの柱の実現にも貢献するものであり、同計画でも、第2部の「6.海洋調査及び海洋科学技術に関する研究開発の推進等」において「海洋観測・監視、海洋資源探査、洋上風力発電の設置・保守管理、海洋インフラ管理、海洋生態系のモニタリング等への活用が期待されるAUVの社会実装を推進するため、産学官の枠組みを構築し、将来ビジョン、ロードマップ、人材育成を含む戦略を策定する。また、共通技術の開発に向けた関係機関と産学官の連携及び科学技術の多義性を踏まえた公的利用の推進を含めて戦略を着実に実施する」こと等が示されている。本稿では、この第4期海洋基本計画に基づいて内閣府総合海洋政策推進事務局において検討を行っている、AUVの社会実装に向けた「AUV戦略」について紹介したい。
(2)AUVを取り巻く国内外の状況
海域では、自律型無人艇(ASV: Autonomous Surface Vehicle)や遠隔操作型無人潜水機(ROV: Remotely Operated Vehicle)等のさまざまな海洋ロボティクスが活躍している。そのなかでAUVは、人による遠隔操縦を必要とせず、機器本体が自律的に状況を判断して全自動で水中を航行できるロボットである。AUVにソナーやカメラを取り付けて水中を航行させることで、水中の状況を可視化することができる。
AUVの特徴としては、天候の影響を受けず、長時間の活動も可能であること、自律制御により水中での活動を省人化・無人化できること、ケーブルがないため大水深・広範囲での活動が可能であること等が挙げられる。
AUVについて日本では、1990年代後半に研究開発が開始された深海巡航探査機「うらしま」をはじめとして、数多くの世界をリードする研究開発が行われてきた。近年でも、海底探査技術の国際競技大会「XPRIZE」において、日本の「Team KUROSHIO」が活躍したほか、内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「革新的深海資源調査技術」において、AUVを複数機同時に運用する技術が開発される等、日本の強みを活かした技術開発の事例が見られる。
一方、海外では、欧米を中心に安全保障や海洋調査、石油・ガス開発の分野でAUVが幅広く利用されており、その結果、AUVの産業化において日本は海外に後れをとり、現在、日本で販売されているAUVの多くが海外製となっている。
これに対し、海洋資源開発や、洋上風力発電、海洋インフラ管理、海洋観測・調査、海域監視等の分野では、これまで以上に広範囲の海域における活動が必要と見られている。また、現下の人口減少も相まって省人化・無人化の必要性が高まっており、AUVの国内での更なる利活用ひいては、国産化・産業化が期待されている。
(3) AUV戦略の検討
このような状況を踏まえ、政府では、AUVの社会実装に向けた戦略「AUV戦略」を策定することとした。令和5年度中の戦略策定を目指し、令和4年度には、総合海洋政策本部参与会議の下に、「AUV戦略プロジェクトチーム(PT)」を設置し、戦略策定に向けた検討を始めた。
AUV戦略PTは、参与会議の参与と有識者、関係府省庁を構成員とし、令和5年4月には、AUVの国産化・産業化に関する現状を共有し、AUV戦略策定に向けた論点の整理を行った上で、AUV戦略の方向性を示した「中間とりまとめ」を行った。
AUV戦略PTの「中間とりまとめ」では、将来的なAUVの国産化・産業化を見据えた将来ビジョンやロードマップ、搭載センサを含めた関連技術を“見える化”した技術マップを作成して戦略に位置づけるという、AUV戦略の方向性が示された。このほか、部品やソフトウェアの規格の共通化や、実証フィールドの整備、スタートアップの支援、AUVを活用した情報サービス業の活用、AUVについて官民が議論する場の形成、研究開発の推進等に向けた方策についても、戦略に記載することとされた。各項目の概要は次の通りである。
「中間とりまとめ」で示されたAUV戦略の方向性(7項目)
- 官民プラットフォームの形成:産学官連携による枠組みを構築し、AUV戦略の詳細を検討。戦略策定後も民間や研究機関主体での技術動向共有、共通基盤の構築等の継続的な取組を実施
- 将来ビジョンの作成:開発側と利用側が将来ビジョンを共有した上で、市場開拓を行う分野を戦略的に検討。ロードマップの作成
- AUV技術マップの作成:我が国が強みとする主要技術を分析し、国産化に向けた戦略を検討
- 共通基盤の構築:将来の規格化を見据え、官民連携の枠組みで、部品やソフトウェアの共通化・互換性を確保
- 制度環境の整備:常設で技術実証や技術公開に利用できる実海域試験場の整備、運用規範・ルール、知財、データの共有や管理
- 企業活動の促進方策:サービスプロバイダの活用・育成、海外展開支援、スタートアップ支援、技術開発や運用を担う人材の育成
- 研究開発の推進:海洋ロボティクスの研究開発・技術開発の推進、情報交換や共同研究・技術開発を進める枠組みの活用
次回に続く-
【著者紹介】
角田 智彦(つのだ ともひこ)
内閣府 総合海洋政策推進事務局 上席政策調査員
■略歴
1996年京都大学理学部(海洋物理学教室)卒業、1998年東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻修了。1998年に三菱総合研究所に入社し、2008年より主任研究員として、海洋再生可能エネルギーや海洋情報管理などの事業に従事(2015年退職)。2015年より笹川平和財団海洋政策研究所にて海洋酸性化などの海洋環境問題や海域管理に関する調査研究に取り組むとともに、「海洋白書」の編集統括などを担当。2022年より現職(出向)、第4期海洋基本計画の策定やAUV戦略の検討に従事。