1 はじめに
水晶は「産業の塩」とも言われるほど、電子機器には欠かせない物質である。温度安定性の高さから、多くの通信機器の周波数源として水晶振動子や水晶発振器などが使われている。また、その高い温度安定性は、センサーとしても利用価値が高く、QCM(Quartz Crystal Microbalance)や圧力センサー、ジャイロセンサーなどのセンサー素子にも水晶は用いられている。
ここでは、水晶について説明した後に、水晶を用いたセンサーを紹介し、水晶を用いる利点や特徴を解説していく。
2 水晶とは
水晶は無色透明で、圧電性を有する単結晶である。宝飾品としても用いられるが、圧電性を利用した工業用電子部品としても幅広く利用されている。以下に水晶の特徴について述べる。
2.1 水晶の結晶異方性 1), 2)
水晶は結晶学的にいうと、二酸化珪素(SiO2)の単結晶であり、異方性をもつ三方晶系・点群32に属している。二酸化珪素の単結晶の一つを石英と呼ぶが、石英にはα-石英とβ-石英の2つがある。α-石英は圧電性をもつ三方晶系であり、β-石英は圧電性をもたない六方晶系である。このα-石英のことを一般に水晶と呼んでいる。α-石英がα-β転移温度573℃を超えると、β-石英に転移してしまう。
図1は水晶の結晶を表しており、図中のアルファベットは結晶面を表している。水晶はz軸を回転軸として120°毎に同じ結晶構造が現れる3回回映軸と2回の対称軸をもつ結晶である。そのため、x軸が3本表記されている。
水晶は結晶の異方性によって、ウェハのカット角(切断角ともいう)に伴い、物理特性が変化するため、電子部品として用いる場合はその振動形態(振動モード)に合わせて、適したカット角を選ぶ必要がある。これまで、多くの研究者によって、各振動形態に合わせたカット角が提案されている。図2はZ板の人工水晶にそれらのカット角を示したものである。
図中のアルファベット2文字で表されているのがカット角の名称である。例えば、「AT」カットは通信向けのMHz帯の厚みすべり振動子として用いられている。このATカットは常温付近で共振周波数の温度特性がフラットになるゼロ温度係数をもった特徴あるカット角である。
ここに図示されていないが、Z軸に垂直なXY面のウェハを「Zカット」と呼び、X軸あるいはY軸に垂直な面のウェハは「Xカット」、「Yカット」と呼ばれる。図中には「+2° X」などのように、座標軸に垂直な面からの回転角度で表されたものもある。Zカットを、X軸中心に+2° 回転させた「+2° X」は、音さ振動子など屈曲振動で共振周波数の温度特性が上に凸状の2次の温度特性をもち、常温付近に頂点温度をもたせたものである。
この他にも、このような特徴のあるカット角が、水晶には20種類以上存在している。3)
2.2 圧電性
水晶の大きな特徴であり工業的に多用される理由は、水晶がもつ圧電性にある。圧電性とは、圧電効果や逆圧電効果のことを指す。圧電効果とは、圧電性のある物質に圧縮力(あるいは伸張力)を加えることで、物質の表面にその力に応じた電荷が発生する現象のことである。それとは逆に、圧電性のある物質に電界を掛けると、物質に歪みが生じる現象のことを逆圧電効果と呼ぶ。圧電性をもった物質のことを圧電材料と呼び、水晶の他にも圧電結晶として、ニオブ酸リチウム(LiNbO3)、タンタル酸リチウム(LiTaO3)、ロッシェル塩などがある。また、圧電性をもった半導体材料やセラミックス、高分子材料などもある。圧電材料の詳細については専門書を参照することをお奨めする。4)
水晶の圧電性は、1880年にP. CurieとJ. Curieの兄弟によって発見され、1922年にはW. G. Cadyによって水晶発振器が発明された。それ以降、水晶は通信機器の周波数源として欠かせないものとなっており、現在でもスマートフォンや多くの電子機器に幅広く利用されている材料である。
3 人工水晶
3.1 人工水晶の製造法
水晶振動子については、1950年代から多くの研究が行われていた。当時は地中から採掘される図3に示すような天然水晶を使用していた。天然水晶は地中で結晶化する過程で異物が入り込むことが多く、電子部品として利用できるのは採掘されたもののうちのほんのわずかな量であった。
現在のように、日本の水晶産業が大きく発展したのは、それまで天然水晶を利用してきたところを、結晶育成法を確立し、人工水晶の工業化に成功したところが大きい。世界で初めて人工水晶の工業化に成功したのが、東洋通信機株式会社(現セイコーエプソン株式会社)である。図4にさまざまなサイズの人工水晶を示す。
人工水晶は、水熱合成法と呼ばれる結晶育成法によって製造されている。図5に示すようなオートクレーブと呼ばれる炉の中に、人工水晶の成長の起点となる種水晶と、溶解して再結晶化させるラスカ(水晶片)と、溶解液であるアルカリ性溶液を入れる。そして、炉内を高温・高圧の状態にし、溶解域から成長域に溶解液が自然対流により循環し、種結晶の表面に再結晶化され、結晶成長していく。図6は、製造した人工水晶をオートクレーブから引き上げた様子である。人工水晶は、天然水晶の性質とまったく差がなく、非常に高品質の水晶が安定的に供給されている。
次回に続く-
参考文献
- 「弾性波デバイス技術」, 日本学術振興会弾性波素子技術第150委員会編, オーム社, (2004)
- 「マイクロ・ナノデバイスのエッチング技術」, 式田光宏/佐藤一雄/田中 浩 監修, シーエムシー出版 (2009)
- 「人工水晶とその電気的応用」, 滝 貞男著, 日刊工業新聞社, (1974)
- 「圧電材料学の基礎」, 池田拓郎著, オーム社 (1984)
【著者紹介】
佐藤 健二(さとう けんじ)
セイコーエプソン株式会社 マイクロデバイス事業部 TD商品開発部
■略歴
- 1995年山形大学 理工学研究科 電子情報工学専攻 博士前期課程修了
- 1995年東洋通信機株式会社 入社
水晶振動子(MHz帯)の設計業務に従事 - 2000年東京都立大学 工学研究科 出向
有限要素法による水晶振動子の設計応用の研究およびメサ型水晶振動子の工業化の研究 - 2004年山形大学 理工学研究科 生体センシング機能工学 博士後期課程修了
水晶を用いたジャイロセンサーの研究開発に従事 - 2005年セイコーエプソン株式会社 マイクロデバイス事業部
車載向けのジャイロセンサーの開発・設計業務に従事
車載/センサーのマーケティング、戦略業務に従事
加速度センサーの開発業務に従事