3. 化学イメージセンサの応用例
3.1 ステンレス鋼表面の隙間腐食
化学イメージセンサの特長を活かした測定例として、ステンレス鋼表面の隙間腐食のその場観察がある[8]。ステンレス鋼はクロムを含有する合金であり、クロム酸化被膜が表面を不働態化している。ステンレス鋼はクロム酸化被膜の再生能力により優れた耐食性を示すが、海洋施設におけるボルト締結部のようなミクロンレベルの狭い空間内ではイオンの濃縮により腐食が高速に進行する隙間腐食という現象が知られている。そのメカニズムを調べるには隙間内部で起こる反応を測定する必要があるが、非常に狭い隙間内部にセンサを設置することは困難である。
そこで図2(a)のようにステンレス鋼表面と化学イメージセンサを数ミクロンの間隔で対向させてできる隙間内に人工海水を満たし、隙間環境を模擬した腐食試験を行うと、試料表面上のいくつかの点を開始点として金属イオンの溶出と加水分解によるpH低下が周囲に拡がる様子が観察できた(図2(b))。そのうち、一部の開始点では被膜の再生に伴うとみられるpH低下の停止と回復が見られた一方、別の開始点ではpHが1以下に低下し全面的な腐食に至る様子も観察された。さらに、化学イメージセンサでpH分布を測定しながら、センサを透過する赤外光ビームで試料表面を走査して反射光強度を測定することにより、腐食の進行過程における試料表面の粗さ分布の変化も同時に記録することができた。センサ面が平坦であることに加えて、基板全体が均一で赤外光を透過できるという特長を活かした応用である。
3.2 生体試料への応用
化学イメージセンサを用いて生物の代謝活動を可視化・定量する試みも行われてきた。化学イメージセンサのセンサ面上に寒天培地を調整し、その上に微生物を播種して培養すると増殖に伴ってコロニーが形成され代謝生成物の産生により培地のpHが変化する。時間経過を追ってpH画像を記録することにより代謝活性を定量的に評価することができ、培養条件による違いを調べることができる。あらかじめセンサ面上の培地を小さく区画化しておくことによって代謝生成物の拡散による希釈を防止でき、検出感度を上げることによって微生物検査・計数等への応用が期待される。
また、化学イメージセンサはシリコンウェハの全面をセンサ面として利用できることから、大型の試料を測定することが可能である。図3は、直径6インチ(約150ミリ)のセンサ面上で植物を生育して代謝測定を行うことができるシステムの外観である。センサ面上には土壌を模擬した培地の層が設けられており、24時間周期の日照を人工的に模擬し温度管理された環境で種子の発芽や根の生育に伴う代謝の様子を観察することができる[9]。
これとは逆に、1ミリ角サイズの微小なセンサチップを光ファイババンドルの先端に取り付け、脳内に挿入して微小領域のpH分布を測定する試みも行われている[10]。光ファイバの直径はセンサチップよりさらに小さいため、バンドルに含まれている複数の光ファイバでそれぞれセンサチップ裏面の異なる点を照明することにより、脳内のpH値を位置分解的に測定することが可能である。複数の光ファイバにそれぞれ異なる周波数で変調された照明光を導入することによって周波数多重化が可能であり、これによって動画記録のフレームレートを向上させることができる。
3.3 マイクロ流体デバイスとの複合
将来的に化学イメージセンサの活用が期待されるもう一つの分野は、μTASのようなマイクロ流体デバイスのプラットフォームとしての応用である。化学イメージセンサはそのセンサ面上の全ての点で化学種の濃度を測定することができるため、センサ面を床面あるいは天井とするような流路構造を作製すれば、流路内の全ての位置で測定を行うことができる。薬液の混合や撹拌などの操作に伴って流路内で起こる反応や拡散のさまざまな段階で測定することができるため、より多くの情報を取得して分析を行える可能性がある。例えば流路途中に設けられた反応チャンバ内で酵素反応を行う場合、その上流と下流に測定点を設ければ、反応による変化を求めることができる。また、層流を利用したデバイスでは、流路内の層流界面の両側に測定点を設けることができ、ストリームごとの測定も可能である。
4. まとめ
以上のように半導体化学センサの一種であるLAPSの原理を応用した光走査型化学イメージセンサは試料に含まれる特定の化学種の濃度分布を可視化することができ、さまざまな応用が考えられる。
今後、2つの方向で装置の開発を進めていく必要がある。1つはなるべく汎用性の高いイメージング装置としての開発の方向であり、センサ面に試料を載せるだけの簡便な操作で高感度・高解像度の化学イメージを取得できる装置として改良を行っていく必要がある。そのためにはセンサチップそのものの改良に加え、スキャンやデータ収録の高精度化・高速化の工夫が必要である。
もう1つは、個別の応用にカスタマイズされた装置の開発である。この場合、装置のデザインを最初から行う必要があるが、手法そのものから来るデザインの制約は小さく、電気化学や光学的手法との複合も可能であり、材料評価、生物試料の観察、医療診断デバイスへの応用などが期待される。
参考文献
- Miyamoto K, Sakakita S, Wagner T, Schöning MJ, Yoshinobu T. 2015. Application of chemical imaging sensor to in-situ pH imaging in the vicinity of a corroding metal surface. Electrochimica Acta 183, 137-142.
- Werner CF, Sato D, Miyamoto K, Wagner T, Schöning MJ, Yoshinobu T. 2019. pH change in rhizosphere measured by a LAPS. 2019. 12th International Workshop on Engineering of Functional Interfaces (EnFI 2019), Leuven, Belgium, 8-9 July 2019.
- Guo Y, Werner CF, Handa S, Wang M, Ohshiro T, Mushiake H, Yoshinobu T. 2021. Miniature multiplexed label-free pH probe in vivo, Biosensors and Bioelectronics, 174, 112870.
【著者紹介】
吉信 達夫(よしのぶ たつお)
東北大学 大学院 医工学研究科 バイオセンシング医工学分野 教授
■略歴
- 1987年京都大学工学部電気工学第二学科卒業
- 1989年京都大学大学院工学研究科電気工学第二専攻修士課程修了
- 1992年京都大学大学院工学研究科電気工学第二専攻博士後期課程単位取得退学
- 1992年大阪大学産業科学研究所 助手
- 1992年京都大学 博士(工学)
- 1996年大阪大学産業科学研究所 講師
- 1999年ドイツ・ユーリッヒ研究センター薄膜イオン技術研究所 客員研究員
- 2001年大阪大学産業科学研究所 助教授
- 2005年東北大学大学院工学研究科電子工学専攻 教授
- 2008年東北大学大学院医工学研究科 教授
- 現在に至る