5.コンクリート中の鋼材の振動過渡応答の計測
図7 サンプリング方式
一方、反射波はその場で微小振動するだけのため、反射波の遅延時間が既知であれば、レーダパルスとサンプリングパルスの繰り返し周波数を同一にし、反射波の遅延時間分だけの時間差を与えるレンジ固定実時間サンプリング方式(図7(b))とすることで、実時間サンプリング方式と同程度の20 dB以上のSN比向上を実現している。これにより深さ8 cm程度までのコンクリート中の鋼材の振動過渡応答を計測できる。6.PCコンクリート中のPCシースのグラウト充填評価
図8 計測対象のPC供試体の概要図9 計測の様子
計測対象のPC構造物を模擬した供試体の概要を図8 に示す。供試体寸法は高さ150 mm×幅150 mm×長さ400 mmであり、かぶり30 mm で内径35 mm のシースを用いた。シース内には呼び径23 mm の鋼棒を設置した。ただし鋼棒に軸力は与えていない。シースの材質はポリエチレン樹脂とし、グラウト材の充填率が100 % 0 %の計2種類の供試体を用意した。励磁コイルによる磁場や電磁波はシースを透過するためシース内部の鋼棒が加振及び振動計測の対象となる。そこでFEM解析を用いて加振対象である鋼棒の固有振動解析を行った。解析結果から今回の計測で確認できる可能性のある鋼棒の1次たわみ共振周波数は421 Hzであった。鋼材の広範囲な振動変位を取得するため、供試体を220 mm の範囲でリニアアクチュエータを用いた移動機構により、5 mmずつ逐次移動計測を行った。計測は図9 に示すように鋼棒直上長手方向に励磁コイルを設置した。なお、励磁コイルと供試体の表面の接触面には市販の耐震マットを貼りパルス電流の印加時に発生するコイルの磁歪振動が計測に影響しないようにし、送受信アンテナを給電点間隔50 mm で固定した。またアンテナは励磁コイルに巻いたコムバンドを用いてコイルの自重によって固定した。
図10 レーダ波形の様子(充填率0%)
図10に充填率0 %の供試体での等価サンプリング方式において得られたレーダ波形を示す。0.5 付近に見られるピークはアンテナ間の直達波であり、アンテナを供試体に押し付けているため極めて小さい。1 ns付近のピークは鋼材からの反射波であり、良好なSN比で鋼材の反射波が計測されていることがわかる。この遅延時間だけ遅延させたレンジ固定サンプリング方式により、パルス加振中の反射波の位相変化を計測し、変位波形を算出した。両供試体に対する各計測位置での変位波形を図11(a) に示す。振動波形の特徴は加振直後に加振パルスと同程度の鋭いパルス振動が現れ、その後6 ms程度のパルス幅の低周波の振動が表れている。さらに、充填率0%では100%に比べ、周期的な振動成分も現れていることがわかる。図11(b)に変位スペクトルを示すが、低周波のパルス振動は100 Hz以下の帯域を持つ。これは、両供試体でほぼ同様の特徴を持つため、供試体やコイル等の振動であると考えられる。また、充填率0%では300 Hzに充填率100 %に比べ20 dB程度大きい鋭いピークスペクトルが表れており、これが充填率0%で得られた周期信号に対応する。鋼材の1次たわみ共振の431 Hzに比べ、実験では300 Hzと低くなっているが、充填率0%の場合、鋼材両端を1 cm程度の幅のモルタルを充填して固定しているだけであり、完全拘束されていないため共振周波数が低下したものと考えられる。
7.おわりに
コンクリートや地中内といった不可視領域の比誘電率や導電率の空間分布を可視化するレーダ技術は実用化されており、確立された技術であるが、今後、AI技術や新たな逆問題手法などを用いて、その波長限界を超えた高分解能可や新たな計測パラメータのイメージング等をメインストリームとした研究が進められいくと考えられる。その中で、今回紹介した『計測対象に振動を与えることで発生する2次的な応答をレーダで変位としてセンシング』する手法も、摂動の物理量、与え方、センシングする物理量など、まだ多くの発展が考えられ、これまで議論されてこなかった新たなセンシング分野への応用が期待できる。
参考文献
- 清水崇至,三輪空司,服部晋一,鎌田敏郎, 電磁パルスにより励振された鉄筋の加振レーダによる振動変位計測, コンクリート工学年次論文集, 43,1,1181-1186 (2021).
- 三輪空司,清水崇至,服部晋一,鎌田敏郎,ドップラレーダを援用した電磁パルス法におけるコイル最適化とPCグラウト充填評価, コンクリート構造物の補修, 補強, アップグレード論文報告集, 22,1,255-260(2022).
【著者紹介】
三輪 空司(みわ たかし)
群馬大学 大学院 理工学府電子情報部門 教授
■略歴
1995年 東北大学工学部資源工学科卒業
1997年 東北大学大学院資源工学専攻博士前期課程修了
1999年 東北大学大学院地球工学専攻博士後期課程修了 博士(工学)
1999年 電気通信大学電子工学科助手
2005年 群馬大学工学部電気電子工学科 助手
2011年 群馬大学大学院理工学府電子情報部門 准教授
2021年 群馬大学大学院理工学府電子情報部門 教授
現在に至る
電磁波を使った地下計測特にボアホールレーダの研究で学位取得、その後、地中レーダのハードウエア、信号処理、超解像アルゴリズム、超音波による生体内の硬さ評価システム、加振応用イメージング、バケット前方探査用地中レーダ、ドリル先端モニタリングレーダ、加振レーダによるコンクリート内の鉄筋腐食、劣化評価の研究に従事