加振レーダによる鉄筋コンクリートの劣化可視化技術(2)

三輪 空司(みわ たかし)
群馬大学
大学院 理工学府電子情報部門
教授
三輪 空司

5.コンクリート中の鋼材の振動過渡応答の計測

 低周波の正弦加振を鋼材に与える手法に対し、鋼材にパルス状の磁界を与え、その鋼材の過渡振動応答を非破壊的に計測する電磁パルス加振レーダ法3,4)もある。本加振システムは図6(a)に示すようにコイルとパルス電源装置で構成される。パルス電源装置では1000 V で充電した大容量コンデンサから励磁コイルに放電する。励磁コイルは寸法135 mm×100 mm×175 mm、材質は方向性電磁鋼体であり、コイルを片脚8 巻、計16 巻した。コイルにはピーク値3000 A 半値全幅0.3 ms のパルス状の電流が印加され、0~1.5 kHz 程度の広帯域な振動を鋼材に対して与えることができる。その振動応答をレーダで計測する上で、レーダターゲットの振動が波長に比べて十分短く、その振動変位に比例して反射応答の位相が変化することを利用する。本変位計測には反射波の瞬時位相の情報を得るため図6(b)に示す直交検波パルスドップラレーダシステムを開発した。
図6 電磁パルス加振による非接触レーダ変位計測システム
 また、パルス加振による鋼材の振動は正弦加振と同程度のGHz帯の波長に比べ極めて小さいµmオーダであるが、瞬時的な信号であるため、正弦加振の場合に比べ、反射波に対して20 dB以上の高いダイナミックレンジが必要となる。これは、レーダパルスとサンプリングパルスの繰り返し周期を少し変化させ、オーバサンプリングにより低周波に変換する通常の等価サンプリング方式のレーダシステム(図7(a))では一般に実現困難である。

図7 サンプリング方式図7 サンプリング方式

一方、反射波はその場で微小振動するだけのため、反射波の遅延時間が既知であれば、レーダパルスとサンプリングパルスの繰り返し周波数を同一にし、反射波の遅延時間分だけの時間差を与えるレンジ固定実時間サンプリング方式(図7(b))とすることで、実時間サンプリング方式と同程度の20 dB以上のSN比向上を実現している。これにより深さ8 cm程度までのコンクリート中の鋼材の振動過渡応答を計測できる。

6.PCコンクリート中のPCシースのグラウト充填評価

 本手法は鋼材の共振周波数の評価に有効であり、その特性を利用したプレストレストコンクリート(PC)の劣化評価について述べる。プレストレストコンクリートは橋梁等の輪荷重による曲げひび割れを防ぐため、あらかじめコンクリート中に設置した鋼材を緊張させ、たわみに拮抗させる内部応力を与える構造であり古くから首都高速道路などにも多く使用されている。通常、コンクリートが固まった後、事前に通しておいた管(シース)の中に設置した鋼材を緊張させ固定した後、鋼材腐食の原因となる水分を防ぐため、シースと鋼材の隙間にグラウト材を充填する。しかし、グラウトの粘性不足等により、グラウトが完全に充填されず、充填不足を起こすことが知られている。そのような未充填シース内の空洞に水分が混入するとPC鋼材が腐食していくが、あらかじめ引張力が与えられたPC鋼材は鋼材破断のリスクが極めて高くなり、実際にPC鋼材の破断した構造物が顕在化してきている。そこで、衝撃弾性波や超音波を用いたPCシースの充填率の非破壊評価が行われているが、ひび割れ等に敏感な弾性波では精度に問題があることが指摘されている。一方、シースの未充填により鋼材は特徴的な共振振動を起こすため、それらを弾性波を利用せず、非破壊的に計測できれば、シースの充填率評価に有用となる。

図8 計測対象のPC供試体の概要図8 計測対象のPC供試体の概要図9 計測の様子図9 計測の様子

 計測対象のPC構造物を模擬した供試体の概要を図8 に示す。供試体寸法は高さ150 mm×幅150 mm×長さ400 mmであり、かぶり30 mm で内径35 mm のシースを用いた。シース内には呼び径23 mm の鋼棒を設置した。ただし鋼棒に軸力は与えていない。シースの材質はポリエチレン樹脂とし、グラウト材の充填率が100 % 0 %の計2種類の供試体を用意した。励磁コイルによる磁場や電磁波はシースを透過するためシース内部の鋼棒が加振及び振動計測の対象となる。そこでFEM解析を用いて加振対象である鋼棒の固有振動解析を行った。解析結果から今回の計測で確認できる可能性のある鋼棒の1次たわみ共振周波数は421 Hzであった。
 鋼材の広範囲な振動変位を取得するため、供試体を220 mm の範囲でリニアアクチュエータを用いた移動機構により、5 mmずつ逐次移動計測を行った。計測は図9 に示すように鋼棒直上長手方向に励磁コイルを設置した。なお、励磁コイルと供試体の表面の接触面には市販の耐震マットを貼りパルス電流の印加時に発生するコイルの磁歪振動が計測に影響しないようにし、送受信アンテナを給電点間隔50 mm で固定した。またアンテナは励磁コイルに巻いたコムバンドを用いてコイルの自重によって固定した。

図10 レーダ波形の様子(充填率0%)図10 レーダ波形の様子(充填率0%)

 図10に充填率0 %の供試体での等価サンプリング方式において得られたレーダ波形を示す。0.5 付近に見られるピークはアンテナ間の直達波であり、アンテナを供試体に押し付けているため極めて小さい。1 ns付近のピークは鋼材からの反射波であり、良好なSN比で鋼材の反射波が計測されていることがわかる。
 この遅延時間だけ遅延させたレンジ固定サンプリング方式により、パルス加振中の反射波の位相変化を計測し、変位波形を算出した。両供試体に対する各計測位置での変位波形を図11(a) に示す。振動波形の特徴は加振直後に加振パルスと同程度の鋭いパルス振動が現れ、その後6 ms程度のパルス幅の低周波の振動が表れている。さらに、充填率0%では100%に比べ、周期的な振動成分も現れていることがわかる。図11(b)に変位スペクトルを示すが、低周波のパルス振動は100 Hz以下の帯域を持つ。これは、両供試体でほぼ同様の特徴を持つため、供試体やコイル等の振動であると考えられる。また、充填率0%では300 Hzに充填率100 %に比べ20 dB程度大きい鋭いピークスペクトルが表れており、これが充填率0%で得られた周期信号に対応する。鋼材の1次たわみ共振の431 Hzに比べ、実験では300 Hzと低くなっているが、充填率0%の場合、鋼材両端を1 cm程度の幅のモルタルを充填して固定しているだけであり、完全拘束されていないため共振周波数が低下したものと考えられる。
図11 各供試体での鋼材振動の様子(全計測位置での信号を表示)
図12 変位計測の結果のプロファイル
図12(a)(b)に変位波形、及び変位スペクトルの位置依存性を示す。一次たわみ共振では供試体中央部の振動が最も大きくなると考えられるが、300 Hzの振動スペクトルも供試体中央部が最も大きく、供試体中央部から両端に近づくにつれて振動が小さくなるような特徴を有していることがわかる。一方、それ以外には時間波形、周波数スペクトルともに充填率による供試体の構造由来の違いは確認されなかった。未填領域に対して共振周波数は変化するが、充填率100%の変位スペクトルでは100Hz以上では明瞭なスペクトルピークが見られないため、未充填領域の幅がある程度変化してもその応答を明瞭に計測できる可能性がある。

7.おわりに

 コンクリートや地中内といった不可視領域の比誘電率や導電率の空間分布を可視化するレーダ技術は実用化されており、確立された技術であるが、今後、AI技術や新たな逆問題手法などを用いて、その波長限界を超えた高分解能可や新たな計測パラメータのイメージング等をメインストリームとした研究が進められいくと考えられる。その中で、今回紹介した『計測対象に振動を与えることで発生する2次的な応答をレーダで変位としてセンシング』する手法も、摂動の物理量、与え方、センシングする物理量など、まだ多くの発展が考えられ、これまで議論されてこなかった新たなセンシング分野への応用が期待できる。



参考文献

  1. 清水崇至,三輪空司,服部晋一,鎌田敏郎, 電磁パルスにより励振された鉄筋の加振レーダによる振動変位計測, コンクリート工学年次論文集, 43,1,1181-1186 (2021).
  2. 三輪空司,清水崇至,服部晋一,鎌田敏郎,ドップラレーダを援用した電磁パルス法におけるコイル最適化とPCグラウト充填評価, コンクリート構造物の補修, 補強, アップグレード論文報告集, 22,1,255-260(2022).


【著者紹介】
三輪 空司(みわ たかし)
群馬大学 大学院 理工学府電子情報部門 教授

■略歴
1995年 東北大学工学部資源工学科卒業
1997年 東北大学大学院資源工学専攻博士前期課程修了
1999年 東北大学大学院地球工学専攻博士後期課程修了 博士(工学)
1999年 電気通信大学電子工学科助手
2005年 群馬大学工学部電気電子工学科 助手
2011年 群馬大学大学院理工学府電子情報部門 准教授
2021年 群馬大学大学院理工学府電子情報部門 教授
現在に至る

電磁波を使った地下計測特にボアホールレーダの研究で学位取得、その後、地中レーダのハードウエア、信号処理、超解像アルゴリズム、超音波による生体内の硬さ評価システム、加振応用イメージング、バケット前方探査用地中レーダ、ドリル先端モニタリングレーダ、加振レーダによるコンクリート内の鉄筋腐食、劣化評価の研究に従事