山形大学硯里研究室は、印刷や塗工が可能なウルトラ・ハイバリアを開発した。従来、ガラス基板並みの高いバリア性能を達成するには真空成膜法が用いられており、生産性が悪く高価であった。本研究ではプレカーサーを印刷・塗工し、真空紫外光(VUV光:波長172nm)を照射することで緻密な無機膜を形成し高いバリア性能を達成した。得られたバリア性能は従来から1桁以上の性能向上であり世界最高性能(@印刷・塗工)である。これらの成果の論文掲載ならびに特許出願が完了した。真空成膜プロセスから印刷・塗工プロセスに変更することで低コスト化だけでなく、低炭素化にも寄与できる。バリア技術は幅広く応用可能であり、OLEDやセンサ、太陽電池、リチウム二次電池のようなデバイスだけでなく、包装分野等にも展開を進める予定である。
【背景】
バリア技術は広く産業に用いられている。その多くが水蒸気もしくは酸素に対するバリア技術である。水蒸気バリア技術は各種デバイス(OLED、トランジスタ、センサ、太陽電池等)に用いられており、パッシベーション膜とも呼ばれている。一方で、酸素バリア技術は食品や工業製品、医療品等の包装用途として用いられている。一般的に高いバリア性能は真空成膜法(スパッタ法、CVD法等)で製造されてきた。真空成膜法で得られるバリアは、その手法や構造にも依存するが、水蒸気・酸素を透過しないガラス並のバリア性能(水蒸気透過率<10-5g/m2/day)の達成が可能である一方、スループットが悪く高価である。一方で低コスト化が可能な印刷・塗工によるバリア性能は低い(水蒸気透過率=2×10-3g/m2/day)という課題があった。
【研究成果】
山形大学硯里研究室では、印刷や塗工が可能なウルトラ・ハイバリア技術の研究を独自に行ってきた。溶解可能な前駆体をウェットコートし、室温・真空紫外光(VUV光:波長172nm)を照射することで緻密な無機膜を得る手法である。これまでに前駆体としてSi-Nを主鎖としたポリシラザン(PHPS)を用い、窒素下・室温でVUV光照射を行うことで緻密なSiN膜を得ることに成功していた。今回、本反応を利用したバリア構造では、ウェットプロセスとしては世界最高のバリア性能(水蒸気透過率=5×10-5g/m2/day)を達成した。このバリア性能はこれまでの性能を1桁以上更新するもので真空成膜に迫る性能である。また光学的に透明であること、屈曲性があることに加え、印刷・塗工プロセスであることから低コスト化・低炭素化が可能であることも大きなメリットである。
論文掲載:Advanced Materials Interfaces, 2022, 2201517
https://doi.org/10.1002/admi.202201517
特許出願:特願2022-148356号
関連論文:ACS Appl. Nano Mater. 4, 10, 10344-10353 (2021)
ACS Appl. Mater. Interfaces ,11(46),43425-43432(2019)
【今後の展望】
水蒸気バリア性能は、その用途により要求性能が異なるが、特にSociety5.0の達成に向けIoTデバイスが急増する中、デバイス保護のためのバリア技術は今後も要求が高まると予想される。本技術は、印刷・塗工によるハイスループット・低価格化だけでなく、印刷プロセスにより必要な部分のみにパターニングできる。「欲しい場所に欲しいバリア」の実現を目指し、インクジェットプロセスによるバリア膜研究も進めている。更に真空機器を必要としないという観点から低炭素にも大きく寄与できる技術である。本研究は特に水蒸気バリア性能の向上を目指したものであるが、酸素バリア性能にも効果を発揮すると考えており、長期的には食品包装や医療用包装などの包装分野にも貢献していきたいとしている。
※用語解説
1.水蒸気透過率(度):単位面積(m2)、単位時間(day)あたりの透過する水蒸気量(g)で評価する指標。
値が小さいほど、高い水蒸気バリア性能を示す。
2.真空紫外光:波長が10~200nmの紫外光のことを特に真空紫外光(VUV:Vacuum Ultra Violet)と呼ぶ。
・論文
Tatsuki Sasaki, Lina Sun, Yu Kurosawa, Tatsuhiro Takahashi, Yoshiyuki Suzuri*
“ Solution-Processed Gas Barriers with Glass-Like Ultrahigh Barrier Performance “
Advanced Materials Interfaces 2022, 2201517 (8pp.)
DOI : 10.1002/admi.202201517
・特許
特願2022-148356号 出願人 国立大学法人 山形大学
ニュースリリースサイト:https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000002.000109893.html