機能性有機材料を用いたウェアラブル物理センサのヘルスケア応用(1)

関根 智仁(せきね ともひと)
山形大学
大学院有機材料システム研究科
関根 智仁

1.はじめに

 近年、有機エレクトロニクスを主軸としたフレキシブルセンサのIoT(Internet of Things)応用が活発に研究されている。これら有機センサデバイスには、垂直圧力や外界温度変化などの物理パラメータを検出する物理センサと、イオンや分子などの化学量をとらえ、電気信号として検出する化学センサに大別される。これらのうち、物理センサに着目すると、多種多様な材料やデバイスが報告されており、これまで目覚ましい発展を遂げてきた。近年では、ヒトの脈拍を検出できる圧力センサに注目が集まっており、ヘルスケアや医療など、応用範囲は多岐に渡っている[1, 2]。
 また、印刷法で有機エレクトロニクスを作製するプリンテッドエレクトロニクスは、デバイスの大面積化や低コスト化が可能なため次世代プロセス技術として学術/産業両面からの期待が大きい[3]。印刷法の一例として、スクリーン印刷法やインクジェット印刷法がある(図1)。スクリーン法は、スクリーン枠にメッシュ(またはメタル)版膜を張り付けた孔版にスキージでインクを通し、転写することで成膜する有版印刷法である。また、インクジェット印刷法はインクをタンクに充填し、基板に直接インクを吐出することで成膜する無版印刷法である。いずれの方式においてもそれぞれ特徴があり、作製するデバイスによって使い分ける必要がある(表1)。

表1 各種印刷方式の特徴。膜厚と粘度の値は代表値である。
表1 各種印刷方式の特徴。膜厚と粘度の値は代表値である。
図1 各種印刷方式の概略図。
図1 各種印刷方式の概略図。

 ここで、印刷可能な物理センサの材料に着目した場合、ナノカーボン材料やポリフッ化ビニリデン(PVDF)、PVDFとトリフルオロエチレンとの共重合体P(VDF-TrFE)などがあげられる。このうち、ナノカーボンは、カーボンナノチューブ(CNT)やグラファイトなどの導電性を有する材料であり、デバイス内に電流を流したときの抵抗変化値を測定することでセンシングできる。これらは主に架橋性ゴム材料などに添加し、成膜することでデバイスとして作製される。センサ作製上の重要なパラメータには、導電性に加えて、デバイス筐体自体のヤング率や機械的耐久性などがある。図2(a)に、これら材料の概略を示した。
 また、PVDFやP(VDF-TrFE)は強誘電性を示す高分子材料である。とくにP(VDF-TrFE)は任意の極性溶媒に溶解(インク化)可能であり、高粘性のため主にスクリーン印刷法に優れた親和性を示す。図2bには、ナノカーボンとP(VDF-TrFE)をそれぞれ溶媒に溶解し、インク化したものを示した。図2cはナノカーボン材料を用いた溶液を成膜した時の、材料濃度に対する導電性(抵抗値)変化を表したものである。カーボン濃度が増加すると、急激に導電性が向上する点が現れるが、これを一般的にパーコレーション濃度と呼ぶ[4]。これは、導電体であるナノカーボンが特定の濃度以上で凝集し,系内でクラスター形成することで明瞭な導電性が発現するものである。
 ここで、PVDFやP(VDF-TrFE)が有する強誘電性について解説する。本特性は、外部電場Eが0でも自発分極Psが分子内に存在するものを指す。また、Eの符号を反転させることでPsの符号も同じく反転する。また、外部電場Eを0にしても分極したままの状態を保つことも特徴である。この場合の分極pEに対してプロットしたものをp-E履歴曲線(またはヒステリシス曲線)と呼ぶ。図2dに一般的なヒステリシス曲線を示した。特に、PVDFやP(VDF-TrFE)は、ポーリングと呼ばれる「薄膜形成後に外部電場Eを印加しヒステリシス曲線を取得する」処理を施すことで、微小な外部応力(たとえば垂直圧力や曲げ応力など)に対しても高感度にセンシングできる(電圧を発生する)ため、センサデバイスとして用いることができる[5]。
 上記のセンサ以外の応用開発も盛んに行われており、一例として赤外線センサや超音波トランスデューサー、メモリデバイスなど多岐に渡っている。本稿では、特にP(VDF-TrFE)を用いた圧力センサに着目し、筆者らがこれまで取り組んできたデバイスの基礎特性と、ヘルスケアへの応用展開について論じる。

図2 印刷可能な物理センサの材料例。 (a) ナノカーボンおよび強誘電性高分子材料。(b) グラファイトおよびP(VDF-TrFE)を用いたインク写真。(c) パーコレーション濃度と導電性(抵抗値)の関係。ここでは、一例としてカーボンブラックをポリジメチルシロキサンに溶解し、成膜した時の導電性を示した。(d) 強誘電体のヒステリシス曲線。

図2 印刷可能な物理センサの材料例。 (a) ナノカーボンおよび強誘電性高分子材料。(b) グラファイトおよびP(VDF-TrFE)を用いたインク写真。(c) パーコレーション濃度と導電性(抵抗値)の関係。ここでは、一例としてカーボンブラックをポリジメチルシロキサンに溶解し、成膜した時の導電性を示した。(d) 強誘電体のヒステリシス曲線。

2. P(VDF-TrFE)を用いたフレキシブルな印刷型圧力センサ

 P(VDF-TrFE)を用いて印刷法で圧力センサを作製し、その強誘電特性と印加圧力に対する応答感度を評価した。本センサはP(VDF-TrFE)層を上・下部電極でサンドイッチしたコンデンサ構造である(図3a)。電極およびP(VDF-TrFE)の各層はすべてスクリーン印刷で形成している。電極には導電性高分子のPEDOT:PSSを用いた。また、封止層にはポリビニルフェノールを成膜した。このときの各層の膜厚は、上・下部電極が500 nm、P(VDF-TrFE)が2μm、封止層が500 nmである。なお、筆者らのこれまでの研究から、極性溶媒のダイポールモーメントを最適化することで、印加応力に対する強誘電性(残留分極)および応答感度を向上できることが明らかになっている(図3b)。具体的には、4.0 D以上のダイポールモーメントの溶媒を用いることで、強誘電性やP(VDF-TrFE)の結晶性が向上する[5]。
 また、センサ中の強誘電体層の表面モルフォロジーを原子間力顕微鏡(AFM)で測定した。極性溶媒を変更したときの表面トポグラフィー像における、それぞれの二乗平均平方根粗さ(RMS)値も取得している。微視的なモルフォロジーは各条件で大きな変化はなかったものの、強誘電性に変化が生じたことは、P(VDF-TrFE)の結晶性が影響していることが考えられる。さらに、これら薄膜の結晶性をX線回折法で評価した。当該高分子の[110/200]面に由来するピーク高さが溶媒変更によって変化することが分かった。即ち、使用溶媒変更によるセンサの残留分極値向上は、高分子の結晶性の向上によるものである。これらの詳細な結果については参考文献[6]を参照頂きたい。
 続いて、作製したセンサの垂直応力に対する応答特性を評価した。本研究では、圧縮試験機を用いてセンサに微小圧力を印加した(図3c)。図3dには一定圧力(60 kPa)を印加したときの発生電圧を示した。本センサにおける発生電圧は、圧力を印加した微小時間のみに発生する一方で、その圧力を保持しているときは電圧が消失する。これは外部応力に対して強誘電性高分子から発生する電圧は、応力の1階時間微分値に比例するという特徴に由来している。この電圧を微分型信号と呼ぶ。また、圧力に対する応答特性も非常に高感度であり、10 kPaという微小圧力に対しても1 mV程度の電圧を発生する(図3e)。これらの発生電圧から見積もったd定数(d33, 圧電定数という材料の圧電特性を表す指標)は約20.4 pC N-1であった。これは、溶液法で作製したP(VDF-TrFE)によるセンサデバイスのなかでも高い値である[7]。

図3  P(VDF-TrFE)を用いたフレキシブルな印刷型圧力センサ。 (a) センサデバイスの断面図と外観。写真のスケールバーは10 mm。(b) 溶媒変更時のセンサデバイスの残留分極値と溶媒の分子構造。CPN: シクロペンタノン、IPN: イソホロン、DMF: N, N-ジメチルホルムアミド。 (c) 圧縮試験の外観図。 (d) 印加圧力に対して発生した微分型信号。 (e) 印加圧力に対する発生電圧の関係。なお、図3(d), (e) はT. Sekine et al., Sci. Rep., 8, 4442 (2018). より一部抜粋(Open access journal)しました(クリエイティブコモンズライセンス http://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)。

図3  P(VDF-TrFE)を用いたフレキシブルな印刷型圧力センサ。 (a) センサデバイスの断面図と外観。写真のスケールバーは10 mm。(b) 溶媒変更時のセンサデバイスの残留分極値と溶媒の分子構造。CPN: シクロペンタノン、IPN: イソホロン、DMF: N, N-ジメチルホルムアミド。 (c) 圧縮試験の外観図。 (d) 印加圧力に対して発生した微分型信号。 (e) 印加圧力に対する発生電圧の関係。なお、図3(d), (e) はT. Sekine et al., Sci. Rep., 8, 4442 (2018). より一部抜粋(Open access journal)しました(クリエイティブコモンズライセンス http://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)。



次回に続く-



参考文献

  1. S. K. Garlapati et al., Adv. Mater., 30, 1707600 (2018).
  2. Y. Shao et al., Nat. Commun., 13, 3223 (2022).
  3. Y. Khan et al., Adv. Mater., 32, 1905279 (2020).
  4. Y.-F. Wang et al., ACS Appl. Mater. Interfaces, 12, 35282 (2020).
  5. T. Sekine et al., Sci. Rep., 8, 4442 (2018).
  6. Y. Watanabe et al., Adv. Funct. Mater., 32, 2107434 (2022).
  7. B. Stadlober et al., Chem. Soc. Rev., 48, 1787 (2019).


【著者紹介】
関根 智仁(せきね ともひと)
山形大学 大学院有機材料システム研究科 助教
物質・材料研究機構 客員研究員(兼務)

■略歴
2010年 山形大学 工学部 物質化学工学科 卒業
2010年 山形大学 工学部 技術部 機器分析技術室 技術員
2016年 山形大学 大学院理工学研究科 有機材料工学専攻 博士後期課程 修了(社会人枠)、博士(工学)
2017年~現在 山形大学 大学院有機材料システム研究科 助教
2019年~現在 物質・材料研究機構 客員研究員(兼務)
有機材料システム工学や薄膜デバイス工学に従事

■受賞歴
2022年 第21回 インテリジェント・コスモス奨励賞
2020年 第9回 新化学技術研究奨励賞
2019年 第28回 マイクロエレクトロニクスシンポジウム研究奨励賞
2018年 第44回 応用物理学会 講演奨励賞
2017年 第33回 強誘電体応用会議 優秀発表賞