3 大規模歩容データベース
このような歩容認証の性能向上に貢献しているのが,大規模データセットの存在である.大規模データにより,歩容からの性別認証・年齢推定の可能性など,小規模データベースでは知り得ない新たな知見も得られている.我々が構築したOU-ISIR歩容データベースは,米国のIEEE Biometrics Council News Letter(2013年4月)で紹介され,歩容認証研究の標準データセットとなった.表1は,代表的な公開データベースである[8-17].CASIAとOU-ISIRが,現状,世界標準の歩容データセットとして活用されている.歩容認証も実用化のフェーズにどんどんと近づく中,より一般環境での評価が求められる.そのような状況下,2021年には,VersatileGai[16]やGREW[17]などの新しいデータセットが公開されている.
4 歩容鑑定
実応用の観点では,この技術は,2009年に日本の警察史上で初(世界2例目)の科学捜査技術として活用され,2013年に,世界初の歩容鑑定システム(図5)をリリース,2014年に警察白書に新しい個人識別法として掲載され[18],2016年裁判証拠として認定された.裁判官の判断では,「以上によれば,本件歩容鑑定は,精度を保つための条件を充足する両資料を基に,一定の信用性の認められるシステムを用い,適切な手法に基づいて行ったものと認められるのであって,その結果は相応の根拠に基づくものであり,一定の証明力を有するものと認められる.」とのコメントが出ている.現在,警察庁科学警察研究所法科学研修所主催の鑑定技術職員研修にて歩容鑑定の研究が実施され,都道府県における技術職員の基礎能力を高めるとともに,科学警察研究所でこのシステム運用が続いている.
5.おわりに
歩容映像解析は,犯罪捜査・テロ対策,防犯・セキュリティなど警察捜査での利活用が始まりつつあるが,警察利用だけでなく,商業施設での施設誘導・買い物支援,カルチャー施設や病院施設などでの利用者ケア支援,スマートハウスなどの居住施設の環境知能化,各種医療分野における診断補助など,私たちが暮らす社会全般において活用できる基盤技術である.我々の願いとしては,歩容映像解析を,人を理解し,人と安全に接するためのブレ-クスルー技術として確立し,日本がその先導的役割を果たしながら,新たなビジネス創成につなげていくこと,そのためにも,世界唯一の大規模歩容データベースを構築し,歩容映像解析において先導的研究を続けていきたい.
参考文献
- S. Yu, D. Tan, and T. Tan, A framework for evaluating the effect of view angle, clothing and carrying condition on gait recognition, Proc. 18th Int. Conf. Pattern Recognition, vol.4, pp.441–444, 2006.
- D. Tan, K. Huang, S. Yu, and T. Tan, Efficient night gait recognition based on template matching, Proc. of 18th Int. Conf. on Pattern Recognition, vol. 3, pp. 1000–1003, 2006.
- Haruyuki Iwama, Mayu Okumura, Yasushi Makihara, and Yasushi Yagi, The OU-ISIR Gait database comprising the large population dataset and performance evaluation of gait recognition, IEEE Trans. on Information Forensics and Security, Vol. 7, No. 5, pp. 1511-1521, 2012.
- C. Xu, Y. Makihara, G. Ogi, X. Li, Y. Yagi, and J. Lu, The OU-ISIR gait database comprising the large population dataset with age and performance evaluation of age estimation “, IPSJ Trans. on Computer Vision and Applications, Vol. 9, No. 24, pp. 1-14, 2017.
- M.Z. Uddin, T.T. Ngo, Y. Makihara, N. Takemura, X. Li, D. Muramatsu, Y. Yagi, The OU-ISIR large population gait database with real-life carried object and its performance evaluation, IPSJ Trans. on Computer Vision and Applications, Vol. 10, No. 5, pp. 1-11, 2018.
- N. Takemura, Y. Makihara, D. Muramatsu, T. Echigo, and Y. Yagi, Multi-view large population gait dataset and its performance evaluation for cross-view gait recognition, IPSJ Trans. on Computer Vision and Applications, vol.10, no.1, p.4, 2018.
- W. An, S. Yu, Y. Makihara, X. Wu, C. Xu, Y. Yu, R. Liao, and Y. Yagi, Performance evaluation of model-based gait on multi-view very large population database with pose sequences, IEEE Trans. on Biometrics, Behavior, and Identity Science, vol.2, no.4, pp.421–430, 2020.
- X. Li, Y. Makihara, C. Xu, Y. Yagi, Multi-view large population gait database with human meshes and its performance evaluation, IEEE Trans. on Biometrics, Behavior, and Identity Science, vol. 4, no. 2, pp. 234-248, 2022
- H. Dou, W. Zhang, P. Zhang, Y. Zhao, S. Li, Z. Qin, F. Wu, L. Dong, and X. Li, Versatile gait: A large-scale synthetic gait dataset with fine-grained attributes and complicated scenarios, ArXiv preprint, vol. abs/2101.01394, 2021.
- Z. Zhu, X. Guo, T. Yang, J. Huang, J. Deng, G. Huang, D. Du, J. Lu, and J. Zhou, Gait recognition in the wild: A benchmark, Proc. of the IEEE/CVF Int. Conf. on Computer Vision, pp. 14789–14799, 2021.
- 平成26年度警察白書, https://www.npa.go.jp/hakusyo/h26/youyakuban/youyakuban.pdf
【著者紹介】
八木 康史(やぎ やすし)
大阪大学産業科学研究所 教授
■略歴
1985年大阪大学大学院基礎工学研究科修士課程了。工学博士。1985年三菱電機(株)応用機器研究所/産業システム研究所研究員。平成2年大阪大学助手、同講師、同助教授を経て、平成15年大阪大学産業科学研究所教授、平成24年 同研究所長、平成27年8月から令和元年8月まで大阪大学理事・副学長(研究、産学共創、図書館担当)を経て、令和元年8月より産業科学研究所教授、JST創発的研究支援事業プログラムオフィサー、AMED臨床研究等ICT基盤構築・人工知能実装研究事業プログラムオフィサー。平成30年からは、パーソナルデータの利活用により、身体の健康、心の健康、社会的健康(コミュニケーション)、環境の健康を基軸にして輝く人生(高いQOL)をデザインし、様々な技術革新と社会経済環境の変革を大学から発信することを目指す、ライフデザイン・イノベーション研究拠点本部長、データ取引市場MYPLRを運用する(一社)データビリティコンソーシアム代表理事。
コンピュータビジョン、パターン認識、ロボットビジョンの研究の従事。Asian Federation of Computer Vision Societies (Vice President)。情報処理学会フェロー。知能ロボット、コンピュータビジョン分野で普及した、周囲360度を一度に撮影できる全方位カメラを1980年代に考案、特に移動ロボットのための視覚技術として展開、電子情報通信学会論文賞等を受賞。また、人の歩く姿から個人を識別する歩容認証技術に関して,世界初の歩容鑑定システムをリリース、その成果から、2014年、科学技術分野の文部科学大臣表彰 科学技術賞 研究部門「歩容映像解析とその科学捜査利用に関する研究」受賞。2016年春、刑事裁判にて鑑定結果の証拠力が日本の裁判所で認められる。