ボールSAW微量水分計(2)

ボールウェーブ(株)
代表取締役社長
赤尾 慎吾

3. 減衰変化の周波数差分を用いたバックグランドガス補正

 広い範囲の露点−100 ℃から0 ℃の水分応答の実験2)において、遅延時間変化は−100 ℃から−60 ℃においては減少し、−50 ℃で飽和し、−40 ℃から0 ℃で増加することが分かった。この振る舞いは水分の低濃度領域ではシロキサンの弾性硬化7)と、水分の高濃度領域ではセンサ表面への質量負荷によって説明できる。一方、SAWの減衰係数は露点−70 ℃以下では感度が低いが、全水分濃度領域で単調増加である。減衰係数はメカニズムの違いにより周波数依存が異なるため、大きな利点がある8)
 図2に示す温度変化を補償する際に、温度そのものも同時に算出される。露点が−60 ℃から−10℃の範囲では、飽和して2値化するSAWの遅延時間変化ではなく、水分量の測定に減衰係数を利用することができる。しかし、減衰係数はバックグランドガスに影響されるため、バックグランドガスの組成を決定し、組成変動を補正する必要がある。
 SAWの減衰係数は周波数の2乗の関数である粘弾性減衰と1乗の関数である漏洩減衰の和で表わされる。ここでも温度変化の補償と同様にボールSAWセンサに2つの周波数を同時励振させることで減衰係数から粘弾性因子と漏洩因子を分離して計算した8,10)。ここで粘弾性因子は水分濃度、漏洩係数は比熱比と分子量からなるガスパラメータの関数となる。
 SAWの気体への漏洩減衰は

 で与えられる9)。ここでMは分子量、Pは圧力、は定圧定積比熱比である。
2つの周波数12におけるSAWセンサの減衰 α1α2を測定し漏洩因子

を測ると、これを用いて、水分濃度に依存せずガスの組成を反映するガスパラメータ

が求められる。ただし、

で、α は電極散乱などの素子減衰、yはその周波数依存性の指数、lは伝搬距離である。
 図4にバックグラウンドガスを窒素として露点を変化させ、設定露点と粘弾性因子の関係をプロットした。これを粘弾性因子から露点を求める校正曲線とする。

図4 粘弾性因子の検量線
図4 粘弾性因子の検量線

 天然ガスパイプラインにおけるバックグランドガスの濃度変化を模擬するため,発生露点を−60 ℃に設定し,空気 → 窒素 → メタン → 80 %メタン/20 %エタン → 50 %メタン/50 %エタン → メタン → 窒素 →空気の順序でバックグランドガスを切り替えた。この間、ボールSAWセンサの減衰係数を80 MHzと240 MHzの周波数を用いて12秒間隔で測定した。図5に、粘弾性因子と漏洩因子を示す。図5(a)では、粘弾性因子はほぼ一定であった。図 5(b)では、バックグラウンドガスの含有量の変化に伴い、漏洩因子が明確に変化していることがわかる。漏洩係数からバックグランドガスのガスパラメータを推定することができるため、この測定はパイプラインの状態監視に有用である7)

図6 粘弾性係数(a)と漏洩係数(b)の変化
図6 粘弾性係数(a)と漏洩係数(b)の変化

 水分発生器を用い同じ手順を繰り返し、露点を10 ℃間隔で−70 ℃から−30 ℃まで発生させた。次に、この検量線を様々なバックグラウンドガス適用し、得られた微量水分の露点を設定した露点と比較した。図5.13 に様々なバックグランドガスについて、基準露点からの測定誤差を示す。この実験において、露点の誤差は1 ℃ FP以内であった。
 この結果は、バックグラウンドのガス成分の組み合わせが変わっても、バックグラウンドガス毎に校正の必要がないことを検証したことを示す。また、例えば天然ガス中のメタン、エタン、二酸化炭素、窒素などのバックグラウンドガス成分の組み合わせが変化しても、ボールSAW TMAは窒素バックグラウンドガスに対して1回の校正で正しい微量水分濃度を得られることを明確に示したといえる。

図7 様々なバックグランドガスによる露点誤差
図7 様々なバックグランドガスによる露点誤差

 ボールSAW 微量水分計の応答速度を評価するために、飽和水蒸気を注入した後のFPを測定した11)。図8(a)に実験のセットアップとボール SAW 微量水分計のディスプレイを示す。注入量は 1 mL、バックグランドガスの流量は100 mL/minである。図 8(b)は飽和水蒸気を注入した後の露点の時間変化を示している。露点は1 秒以内に−70 ℃ から5 ℃ へとすぐに上昇し、その後 10 分で徐々に減少した。緩やかに減少しているのは、パイプ内面に吸着していた水が徐々に脱着したためである。ピークの拡大図を図 8(c)に示す露点10 %から90 % (−70 ℃から−10 ℃)に変化するのに要した応答時間はわずか0.64 秒であり、これまで報告された微量水分計の中で最も短い応答時間であった。

図8 ボール SAW 微量水分計の高速応答性。(a)実験セットアップと装置ディスプレイ (b)露点の時間的変化、(c)ピークの拡大図。
図8 ボール SAW 微量水分計の高速応答性。
(a)実験セットアップと装置ディスプレイ
(b)露点の時間的変化、(c)ピークの拡大図。
ボールSAW微量水分計 FalconTrace シリーズ

ボールウェーブでは、これまで紹介したボールSAWセンサおよび補償技術を用いた微量水分計の商品群としてFalconTracdeを販売している。

FT-700WT:「超」微量水分計測を実現したシリーズ最上位機種 露点−110 ℃から−20 ℃までのワイドレンジを計測
露点計測に加え、バックグラウンドガス※の組成(平均分子量相当)も%レベルで検出
※バックグラウンドガス:水分量の計測対象となるガス
天然ガスから高純度ガスまで、この1台でカバー

FT-700WT

FT-400WT: ミドルレンジでのリアルタイム計測を可能にした中位機種 露点−90 ℃からの変化を1秒以内で計測、リアルタイム制御系の計測に最適
装置組み込み型への変更も可能※

FT-400WT

FT-300WT: 高速応答性はそのままに可搬性を重視した小型汎用機種 露点−70 ℃からの変化を1秒以内で計測、リアルタイムな計測システムにも対応
重量2 kgと軽量・小型、対象エリアへの持ち運びが容易

FT-300WT

まとめ

 本稿では、ボールSAW素子表面に微量水分に応答するシリカ感応膜を設桁微量水分計の原理を補償技術に重点を絞り報告した。最初に半導体製造等の最先端プロセスで求められる超微量水分領域でのセンサ応答について述べた。次に、遅延時間変化の周波数差分を用いた温度補償技術と振幅変化の周波数差分を用いたバックグランドガスの補正法を説明した。最後にこれらのアルゴリズムを実装したボールSAW微量水分計であるFalconTracesシリーズを紹介した。このような高度な水分計は先端半導体製造では歩留まりやスループットの改善に、また、天然ガスのパイプラインシステムの品質管理では天然ガス混合物中の微量水分の測定に寄与することが期待できる。



参考文献

  • 2) S. Hagihara, et. al :Jpn. J. Appl. Phys.57 (2014) 07KD08.
  • 7) A. Witkowski, et al: J. Press. Vessels Pip. 166 24 -34 (2018)
  • 8) K. Yamanaka, et al: Jpn. J. Appl. Phys. 58 (2019) SGGB04
  • 9) A. J. Slobodnik, Jr., J. Appl. Phys., 43, 2565 (1972).
  • 10) N. Takeda, et al: Meas. Sci. Technol. 31 (2020) 104007.
  • 11) T. Iwaya, et al: Meas. Sci. Technol. 31 (2020) 094003.


【著者紹介】
赤尾 慎吾(あかお しんご)
ボールウェーブ株式会社 代表取締役社長

■略歴
1997年 東邦大学理学部物理学科卒業
1999年 筑波大学大学院理工学研究科修了
凸版印刷株式会社入社総合研究所配属。
2009年 東北大学大学院工学研究科材料システム工学専攻博士課程後期終了
東北大学未来科学共同研究センター客員准教授
2014年 東北大学未来科学共同研究センター特任准教授として参画
2015年 ボールウェーブ株式会社設立、代表取締役社長
現在に至る