ボールSAW水素センサの開発(2)

ボールウェーブ(株)
取締役事業本部長
竹田 宣生

3. 微量水素に対する応答時間

 次にボールSAW水素センサの微量水素応答の立ち上がり時間と立下り時間を評価した。代表的な水素に対する遅延時間変化の応答波形が図6である。水素濃度が高いほど立ち上がり、立ち下りとも応答が早いことがわかる。

図6 代表的な水素に対する応答波形
図6 代表的な水素に対する応答波形

Tips: 立ち上がり時定数の算出

 単一時定数τを有するステップ応答の立ち上がり波形は 1 – exp( -t/τ) と表すことができる。微量水素応答のようなガス混合においても、瞬時にガス導入を行うことができればきれいなステップ応答を示し、左図のような相対的な波形変化の立ち上がり部分を対数で表すと右図のような線形関係となるので、時定数τを算出することができる。ちなみに10%―90%立ち上がり時間は2.2τとなる。立下りについても同様にして算出できる。

 遅延時間の立ち上がり時間の水素濃度依存性とセンサ温度依存性を図7(a)及び(b)にそれぞれ示した。ただし、応答時間は応答の10%-90%の値とした。立ち上がり時間は、おおよそ水素濃度の1/2乗に反比例して小さくなり、また、センサ温度が高いほど小さくなる。
 前述図1においてのボールSAW水素センサの応答時間は減衰率による値であったが、より水素感度が高い遅延時間変化でも同様な応答速度が確認できた。ボールSAW水素センサは、より高感度な遅延時間応答においても従来の平面SAW水素センサや電気抵抗式水素センサと比べて約一桁高速であると言ってよい。

図7 立ち上がり時間
図7 立ち上がり時間

 同様にして、遅延時間の立ち下がり時間の水素濃度依存性とセンサ温度依存性を図8(a)及び(b)にそれぞれ示した。立ち下がり時定数も立ち上がり時間と同様に水素濃度が高く、センサ温度が高いほど小さい。

図8 立ち下がり時間
図8 立ち下がり時間

 このような応答時間は、感応膜中での水素拡散が律速していると考えられる。拡散係数は応答時間に逆比例すると考えられるので、応答時間τの逆数は次のように表すことができる。

 ここで、NH2は水素濃度(ppbv=nmol/mol)、Eaは活性化エネルギー(J・mol-1)、Rは気体状数(J・K-1・mol-1)、Tは絶対温度(K)である。
 前述図7および図8に示した応答時間の逆数をアレニウスプロットして、絶対温度の逆数に対する傾きから活性化エネルギーを求めると、立ち上がり時間に対して49.6kJ/mol、立下り時間に対して48.0kJ/molとほぼ同等の値となった。このことは、立ち上がり時間、立ち下がり時間ともに同じ物理現象(感応膜中の水素の拡散)に支配されていることを示唆している。

4. まとめ

 Pd-Pt合金を感応膜とする80MHz/240MHzの2周波ボールSAW水素センサで、遅延時間変化を測定することにより水素濃度約6ppbvの検出限界が得られた。この値は、前報のボールSAW水素センサより2桁以上高感度で、既存センサ中の最高感度と考えられる。また、その応答速度は、減衰率を測定した前報のボールSAW水素センサと遜色がなかった。今後は、水素を用いた漏洩検出等への応用展開を図る。




謝辞
この成果は、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の助成事業(JPNP14012)の結果得られたものである。



【著者紹介】
竹田 宣生(たけだ のぶお)
ボールウェーブ株式会社 取締役事業本部長

■略歴
1985年:東北大学大学院工学研究科修了、工学博士。(株)大日本科研技術顧問。
1985年-1986年:新技術開発事業団創造科学推進事業特別研究員で専門は半導体デバイス、プロセス。
1988年-1994年:東北インテリジェントコスモス構想(株)小電力高速通信研究所コミュニケーションデザイン研究室室長兼任
1986年-1997年:(財)半導体研究振興会研究員、
1997年:Ball Semiconductor社入社。
2000年-2010年:米国ベンチャーBall Semiconductor社上席副社長として一貫して微量水分センサをはじめとするBall SAW Sensorの開発に携わる。
2006年-2010年:Ball Semiconductor社と大日本科研(株)のジョイントベンチャーであるINDEXテクノロジーズ(株)執行役員としてマスクレス露光技術分野の開拓にも携わる。
2010年-2012年:東北大学未来科学技術共同研究センター客員教授、
2010年-2012年:カナダのベンチャーAiscent Technologies社CTO、
2012年-2014年:中国ベンチャーAMLI社技術顧問、
2012年-2014年:東北大学大学院工学研究科産学連携研究員
2014年-2016年:東北大学大学院工学研究科非常勤講師、
2014年-2016年:株式会社メムス・コア技師長としてMEMSセンサ受託開発に従事。
現在、ボールウェーブ株式会社 取締役事業本部長