4.液晶レンズ
現在主にディプレイ用途として使われる液晶によって超薄型の可変焦点レンズを実現できる.よく知られる様に,液晶デバイスでは外力を加え,その分子配向を制御することによって光学的屈折率を変化することが可能であり,主に透明電極(酸化インジウムすず(ITO))による電界制御型が採用されている.しかしながらITOはレアメタルであるインジウムを含むため,代替材料の開発が急務とされている.一方著者らのグループはこれまでにITOを用いることなく,超音波の放射力によって直接的に液晶分子配向を制御する手法を開発した10,11).ここでは本技術を用いた超音波液晶レンズについて紹介する12-15).
図6は超音波液晶レンズの構造であり,直径の異なる2枚の円形ガラス基板内側に液晶分子の初期配向が基板に対して垂直に並ぶ様に配向膜を塗布し,レンズ中心部に液晶層(厚さ50 µm)を設け,ガラス基板の外周にリング型圧電振動子を接着している.振動子に連続正弦波信号を入力すると,レンズ全体にたわみ振動が発生し,液晶層,ガラス,周囲空気の各界面に音響放射力が作用し,液晶の分子配向が変化する.液晶分子は光学的一軸異方性を示すため,分子配向が変化すると実効的な光学屈折率分布も変化し,その結果透過光は偏向・屈折する.よって,液体レンズ,ゲルレンズと同様に,入力電圧によって屈折率空間分布の制御が可能となり,焦点距離を変化することができる.
図7はレンズ中心部分におけるガラス基板表面に発生する超音波振動(63.6 kHz)の分布(コンター図)と液晶分子の配向方向(黒棒)を表している.超音波非駆動時は垂直方向(紙面奥行き方向)に配向していた液晶配向は,超音波駆動によって,超音波たわみ定在波の腹の位置(振動振幅が大きい位置)であるレンズ中心付近から湧きだす方向に配向する.すなわち,超音波振動によって液晶分子の配向が軸対称に変化し,液晶分子配向に沿って入射光が屈折する光偏向効果によって焦点は変化する(図8).
5.おわりに
本稿では,これまでに著者らのグループが開発した超音波を用いた可変焦点レンズを紹介した.液体レンズ,ゲルレンズ,液晶レンズの3種はいずれも音響放射力を用いた同じ動作原理に基づく超音波光デバイスであるものの,構造,時間応答性,耐震性,製品寿命,光学性能などの点において一長一短が存在することから,産業応用を考えた場合はこれらの特性を考慮する必要がある.しかしながら,言うまでも無くここで示した各実験結果はいずれも研究室レベルの域を超えないものであるため,今後具体的な産業用途に合わせた設計開発が必要であろう.
参考文献
- S. Taniguchi, D. Koyama, Y. Shimizu, A. Emoto, K. Nakamura, M. Matsukawa, Control of liquid crystal molecular orientation using ultrasound vibration, Appl. Phys. Lett., Vol. 108, No.10, p. 101103 (2016)
- Y. Shimizu, D. Koyama, S. Taniguchi, A. Emoto, K. Nakamura, M. Matsukawa, Periodic pattern of liquid crystal molecular orientation induced by ultrasound vibrations, Appl. Phys. Lett., Vol.111, No. 23, p. 231101 (2017)
- Y. Shimizu, D. Koyama, M. Fukui, A. Emoto, K. Nakamura, M. Matsukawa, Ultrasound liquid crystal lens, Appl. Phys. Lett., Vol.112, No. 16, p.161104 (2018)
- Y. Harada, D. Koyama, M. Fukui, A. Emoto, K. Nakamura, M. Matsukawa, Molecular orientation in a variable-focus liquid crystal lens induced by ultrasound vibration, Sci. Rep., Vol. 10, p. 6168 (2020)
- J. Onaka, T. Iwase, M. Fukui, D. Koyama, M. Matsukawa, Ultrasound liquid crystal lens with enlarged aperture using traveling waves, Opt. Lett., Vol. 46, No. 5, pp. 1169-1172 (2021)
- J. Onaka, T. Iwase, A. Emoto, D. Koyama, M. Matsukawa, Ultrasound liquid crystal lens with a variable focus in the radial direction for image stabilization, Appl. Opt. 60(33), 10365-10371 (2021)
【著者紹介】
小山 大介(こやま だいすけ)
同志社大学 理工学部 教授
■略歴
2005年同志社大学大学院工学研究科博士後期課程修了(博士(工学)).同年東京工業大学精密工学研究所助手,2011年同准教授.2012年同志社大学理工学部准教授,2018年同教授,現在に至る.
これまで超音波と光を用いた波動応用デバイス,特に超音波アクチュエータや医用デバイスに関する研究に従事.2008年日本音響学会粟屋潔学術奨励賞,2013年エヌエフ基金研究開発奨励賞優秀賞,コニカミノルタ画像科学奨励賞(優秀賞),2016年文部科学大臣表彰若手科学者賞など各賞を受賞.IEEE,日本音響学会,応用物理学会,電子情報通信学会会員.現在Nature Publishing GroupのScientific Reports誌編集委員を務める.