エネルギーハーベスティングコンソーシアム(1)

(株)NTTデータ経営研究所
竹内 敬治

はじめに

 エネルギーハーベスティングコンソーシアム(EHC1)は、日本企業のエネルギーハーベスティング事業の早期立ち上げと国際競争力強化の支援を目的として、2010年5月に設立された任意団体である2。当時、我が国におけるエネルギーハーベスティング技術の事業化の取り組みは、欧米と比較して10年程度は遅れていた。現時点においては、我が国での取り組みは欧米にかなり追いついていると言えるが、そこに至るまでの道のりは決して平たんではなかった。本稿では、エネルギーハーベスティングを巡る国内外の動きと、その中でのEHCの歩みを紹介する。

1.2010年頃の国内外の状況とEHC設立の経緯

 2010年頃、エネルギーハーベスティングは世界的なブームを迎えていた。IoT(モノのインターネット)という言葉は、まだ日本国内ではほとんど知られていなかったが、欧州や中国では、積極的な政策支援が行われ、研究開発や実証プロジェクトも数多く実施されていた。特に欧州では、IoT向け電源技術としてのエネルギーハーベスティング研究への支援が数多くなされており、ベンチャー企業も生まれてきていた。米国では、IoTがテロに活用される危険が指摘され、欧州や中国でのようなブームにはなっていなかったが、エネルギーハーベスティング技術については、主に軍事技術としてDARPAやNASAによる支援が古くからなされ、ベンチャー企業も多数生まれていた。
 無線技術の低消費電力化が進展するに伴い、エネルギーハーベスティング技術をIoT電源に利用できる現実性が高まってきていた。欧米の展示会が、エネルギーハーベスティング技術をフィーチャーし始め、ベンチャー企業の出展で観客の注目を集めていた。例えば、米国シカゴ郊外で毎年開催されていたセンサ関連の大規模な展示会Sensors Expo & Conferenceでは、2010年に、初めてエネルギーハーベスティングがフィーチャーされ、十数社のベンチャー企業が並んだ。2009年に英国ケンブリッジで開催されたEnergy Harvesting & Storage Europeも好評で、翌年からは、欧州と米国で毎年展示会が開催されることとなった。日本では、2010年のテクノフロンティア展で、エネルギーハーベスティングゾーンが設けられ、多くの観客を集めた。
 欧米の展示会では、すぐに買って使える製品群が並んでいたことに対して、日本の展示会で見られたのは開発品の参考展示であり、事業化の面で欧米と日本の差は大きかった。当時は、日本政府の政策的支援もなく、差は開くばかりの状況であった。
 このようなタイミングで、エネルギーハーベスティングコンソーシアムは発足した。きっかけとなったのは、筆者が当時書いていたブログ「WBB最新情報3」である。WBBとはワイヤレスブロードバンドのことで、エネルギーハーベスティングとは関係がない。海外ではエネルギーハーベスティングの事業化が進んでいるのに、国内ではほとんど知られていない。そのような状況を打破するために、たまたま別テーマで書いていたブログに間借りをしてエネルギーハーベスティングの記事を書き始めた(図1)4。これが2008年のことである。
 その後、エネルギーハーベスティングのブログ記事へのアクセス数は増加を続け、Google検索でエネルギーハーベスティングの検索順位1位にもなった。それに連動するように、講演依頼も増えてきた(最盛期には、週1回のペースで講演をしていた)。講演では、日本はこんなに遅れているという話をしていたが、あるとき、知人から、コンソーシアムを作ってはどうかという意見をいただいた。そこで、講演の最後にコンソーシアムの話をするようにしたところ、講演の聴衆間でディスカッションが起きるなど、非常に関心が高いことが分かった。
 コンソーシアムに関心がある企業が50社を超え、本格的に設立を考え始めたのが2009年後半である。いろいろと経緯があり、筆者は2010年5月にエネルギーハーベスティングコンソーシアムを立ち上げた。

図1 最初のエネルギーハーベスティング関連ブログ記事
図1 最初のエネルギーハーベスティング関連ブログ記事

2.EHCの設立目的

 2010年時点では、環境発電に関して優れた要素技術を有している日本企業が多いにも関わらず、事業化では欧米に遅れていた。欧米では、政府支援プロジェクトを基に多くのベンチャー企業が誕生し、環境発電技術、蓄電技術、無線技術等を統合した完成度の高い製品が多数市販されていた。一方、日本では、大規模な政策的支援は行われず、材料や単体の発電デバイスの研究が主で、蓄電技術、無線技術等と統合した実用的なシステム製品の開発は遅れていた。いわば、我が国の事業化の取組状況は欧米に10年遅れていた。
 出遅れ感のある我が国企業が、先行する海外ライバル企業に伍していくためには、各社の有する強みを結集することによる研究開発の加速、商品開発の迅速化が不可欠であること、当時リーマンショック後で経済の見通しが明るくない中で、将来マーケットを開拓していくためには、1企業当たりの負担を軽減しつつ、戦略的に市場創出を具現化していくための仕掛けが重要であること、新たな産業の創出、特に、注目高まる環境産業・グリーン産業創出のためには、グリーンニューディールに象徴される政策・制度と産業界の活動を一体化した取組みが重要であることから、我が国企業の国際競争力の強化に向け、アライアンスの構築が重要と考えられた。
 このような状況で、個別要素技術ではポテンシャルを有している我が国のエネルギーハーベスティング技術を国際的に競争力のあるビジネスとするために、関係企業を中心とした情報共有、共同活動の推進等を行うプラットフォームとして、EHCが設立された。そして、会員各社の事業(競争領域)には立ち入らず、メンバー各社が個別で行う必要の無い活動、個別では実行しにくい活動(非競争領域)を連携して推進していく母体としての活動を目指した(図2)。
 当時のエネルギーハーベスティングの世界的なブームに加えて、「欧米に比べて10年遅れている」というキャッチーなフレーズで、メディアに好意的に取り上げられたこともあり、設立時点で12社だった会員企業は、年度末には30社を超えるまでに急増した。

図2 EHCの概要
図2 EHCの概要

3.その後の国内外の状況とEHCの活動

 エネルギーハーベスティング技術は発電技術であるが、単に発電しただけでは使えない。整流や電圧調整のための電源回路や、蓄電デバイス、低消費電力の無線やセンサも同時に必要であり、発電量が変動することへのソフトウェア的な対処も必要である。このような、エネルギーハーベスティング技術を利用しようとしたときの難しさが徐々に明らかになるにつれて、初期のブームは沈静化していった。
 特に、2013年のInfinite Power Solutions(IPS)社の撤退は、業界に衝撃を与えた。当時、エネルギーハーベスティングと組み合わせるのに適した蓄電デバイスの選択肢がほとんどない中で、IPS社の薄膜全固体リチウムポリマー電池は、業界のデファクトとなっていた。唯一使えるといってよい同社の製品が利用できなくなったことで、世界で多くの試みがとん挫したと思われる。日本でも、IPS社の電池を搭載していたアルティマ社と東京エレクトロンデバイス社の環境発電開発用キットの販売が中止された。その後、2015年には熱電発電のMicropelt社が倒産、2016年には振動発電のAdvanced Cerametrics社が倒産するなど、2010年頃に注目された多くのベンチャー企業が市場から消えていった。
 EHCでは、設立後すぐに、海外企業からの入会希望があり、受け入れるべきか会員企業内でも議論となった。シーズを持つ会員企業からは、我が国企業を支援するためのコンソーシアムで海外企業を利するのかという反対意見があった。また、ニーズを持つ会員企業からは、技術の選択肢が増えるので参加を歓迎する意見もあった。そして、日本に定住していない者が活動に参加する場合に、輸出管理規制に誰が責任を持つのかという指摘もあった。これらの意見を踏まえ、適正な情報管理のために、準会員というランクが作られることとなった(図3)。

図3 EHCの会員種別と機密情報の扱い
図3 EHCの会員種別と機密情報の扱い

 海外企業も含め、EHCの会員数は一時59社まで増加したが、世界的なブームの沈静化とともに会員数は減じ、その後、安定的な活動のフェーズに入る。
 EHC会員企業には、基礎研究段階から製品販売段階まで、いろいろなフェーズの会社が属しており、業種も多岐にわたる。それらの会員企業の活動を支援するため、EHCでは様々な活動を行っている。
その時々の状況に応じて活動内容は変化するが、構想は以下のとおりである。

① コンソーシアム共通活動

  • 関連最新情報(技術情報、特許情報、ビジネスモデル情報など)の収集
  • 海外技術の我が国への展開の支援
  • 会員への技術紹介と連携可能性の検討支援
  • 会員相互間の連携支援(シーズ・ニーズのマッチング)
  • 要素技術に関するニーズを有する企業と要素技術を保有する企業間での情報交換
  • マーケット情報を有する企業と要素技術保有企業・研究開発企業等との情報交換
  • 国際標準化に関する最新動向の把握、国際標準化に向けた戦略の検討と実施
  • エネルギーハーベスティング推進に向けた制度面での課題の検討と提言(必要に応じて)
  • 検討テーマを定めたWGの設置及び運営(WGテーマの設定、WGメンバーの募集方法、参加企業数等についてはWG毎に事務局を中心に定めるものとする)
  • 中立性を生かした情報発信と市場開拓

② SG(スピンオフグループ)活動

  • 有志企業によるアプリケーションの共同開発
  • 有志企業による各社のシーズの統合商品化
  • 有志企業による各社商品の共同販売の検討


次回に続く-





【著者紹介】
竹内 敬治(たけうち けいじ)
株式会社NTTデータ経営研究所
エネルギーハーベスティングコンソーシアム事務局

■著者略歴
1988年3月京都大学大学院工学研究科修士課程修了(工学修士)。大手シンクタンクなどを経て、2010年5月より株式会社NTTデータ経営研究所。
2010年5月、エネルギーハーベスティングコンソーシアムを設立し、事務局を務める。
JST CREST・さきがけ複合領域「微小エネルギーを利用した革新的な環境発電技術の創出」領域アドバイザー。
文科省地域イノベーション・エコシステム形成プログラム「磁歪式振動発電事業化プロジェクト」事業プロデューサ(金沢大学客員教授)。
JST未来社会創造事業大規模プロジェクト型「センサ用独立電源として活用可能な革新的熱電変換技術」採択課題「磁性を活用した革新的熱電材料・デバイスの開発」アドバイザー(NIMSリサーチアドバイザ)。 NEDO技術委員。(いずれも記事掲載時点)