1.はじめに
近年,人工知能 (artificial intelligence: AI) 技術は様々な場面で用いられ,われわれの生活の中で実用化されようとしている.そのような時代背景の中,AI を一般化する中で生じる種々の問題に対して,ガイドラインなどが発表されている.例えば,米国では AI 政策の整備に向けた動きを近年急速に進めている.また,欧州連合では法律と倫理を具体化させようとしている.具体的には,2020 年 2 月に欧州委員会が “AI 白書 1 ” と “AI・IoT・ロボット工学に関する安全・賠償責任レポート 2 ” を発表し,人間中心の AI ルールに向け,6 つの要件や認証制度,賠償責任について提案した.更に,2021 年 6 月には世界保健機関 (World Health Organization: WHO) が今後の WHO の活動指針となる “WHO issues first global report on Artificial Intelligence (AI) in health and six guiding principles for its design and use 3 ” を発表した.その中で WHO は,AI が人の自由や人権を侵害するものであってはならないことや,世界中のすべての人々が AI の恩恵を受けられるようにする必要性を訴えている.
2.医用画像領域の人工知能技術
医療領域での AI 技術に着目すると,近年 AI 技術が搭載されている医用機器が多く販売されている.これは,平成 30 年 12 月 19 日に出された “厚生労働省医政局医事課長通知文書 4 「人工知能 (AI) を用いた診断,治療等の支援を行うプログラムの利用と医師法第 17 条の規定との関係について」” が切っ掛けだと考える.
この通知文書には,”AI を用いた診断・治療支援を行うプログラムを利用して診療を行う場合についても,診断,治療等を行う主体は医師であり,医師はその最終的な判断の責任を負うこととなり,当該診療は医師法 第 17 条の医業として行われるものであるので,十分ご留意をいただきたい.” と記載されており AI を用いた技術を使った場合の責任の所在を医師と定義した.このように責任の所在が定義されたことより,企業による開発が活発になり,商品化が進んだ結果だと考える.
3.放射線画像
医用画像は,画像情報・検査情報およびそれらを通信・印刷・保存・検索するため digital imaging and communications in medicine (DICOM) 規格 5 によりの国際標準規格として定められている.DICOM 規格中でも放射線検査により得られる画像 (放射線画像) は,DICOM 規格では画像を生成した医用機器により computed radiography: CR, computed tomography: CT, magnetic resonance: MR, nuclear medicine: NM,positron emission tomography: PT, x-ray angiographic: XA など,大まかな検査種別の分類を行っている.
一般論になるが,所謂,通常の写真などの画像 (自然画像) に比べて放射線画像は,撮影装置の幾何学的制約や被ばく線量低減のため,低解像度かつ統計ノイズが多い画像となっている 6.放射線画像の画質を向上させるためには,自然画像と同じ様に検出器に入射される光子の数を増加させることで統計ノイズの影響を低減することができるが,入射される光子数の増加は被ばく線量が増加するため,診断可能な画質の画像を得るために必要な撮影線量を診断参考レベル (日本の診断参考レベル: Japan DRLs 7 ) として公表している.
近年,半導体技術の進歩により高性能な画像センサが登場している.こう言った画像センサを用い,画質は同等だがより被ばく線量を低減できる様に工夫されている.そのため,同一の医療機器による分類であっても,施設により画質が大きく異なる特性が放射線画像ある.少し古いデータになるが,放射線医療機器の更新サイクルは年を追うごとに遅くなる傾向があり,施設間格差を生む一因である 8-10.
4.人工知能技術を導入する場合の問題点
AI の基本的な問題点としてドメインシフトが挙げられる.これはモデルを構築したデータと実際に扱うデータが異なることで性能が発揮できない現象で,AI 技術は厳密解ではなく統計的に最適解を導く性質が原因である.AI モデルを実装する際に問題となる自施設で扱うデータを使用して,実用に適したAIモデルを構築できれば解決の可能性があるが,医薬品医療機器法上,施設毎にカスタマイズされたモデルを使用できない.“3.放射線画像” で触れたように,医用画像は施設間格差が大きく,他施設で作成した AI モデルを臨床適用させにくい理由の一つである.
AI 技術のなかでも頻用されている深層学習の特徴として,End-to-End Training が挙げられる.End-to-End Training とは,今までは入力データが与えられてから結果を出力するまで多段の処理を必要としていた機械学習を,様々な処理を行う複数の層・モジュールを備えた一つの大きな Neural Network に置き換えて学習を行うことであり,医療画像の中でも放射線画像診断領域の AI で End-to-End Training を考えると各装置から出力された画像と確定診断となる.確定診断を可能とする AI モデルを考えた時,ドメインシフトは非常に大きな問題となる.放射線画像診断領域で用いられている AI 技術の中には画像処理なども含まれるが,画像処理の目的は診断を行いやすい画像の生成であり,診断医による診断の補助や AI を用いた確定診断の前処理に用いられている.
以上より,AI モデルの臨床への商用利用や将来的に確定診断を可能とする AI モデルの実現を考えた時,ドメインシフトを改善する必要がある.ドメインシフトを改善するには “学習データを増加させる” や “課題に応じたネットワークに変更する” ことで実現可能であるが,バリエーションの範囲が不明確であり,すべての施設で普遍的に扱える AI モデルの作成は困難である.実際に AI を応用できるのは,一貫した基準で継続的に大量の学習用データを集めることができる施設でのみ実現できる.ドメインシフトを低減する研究 11 や少数の教師データから AI モデルを作成する手法 12 も考案されているが,医療画像領域での検証報告は少なく,医療画像領域の AI 技術を実現させるためには大量の教師データが必要である.
次回に続く-
引用文献
- https://ec.europa.eu/info/publications/white-paper-artificial-intelligence-european-approach-excellence-and-trust_en
- https://eur-lex.europa.eu/legal-content/en/TXT/?qid=1593079180383&uri=CELEX%3A52020DC0064
- https://www.who.int/news/item/28-06-2021-who-issues-first-global-report-on-ai-in-health-and-six
-guiding-principles-for-its-design-and-use - https://www.pmda.go.jp/files/000227450.pdf
- MILDENBERGER, Peter; EICHELBERG, Marco; MARTIN, Eric. Introduction to the DICOM standard. European radiology, 2002, 12.4: 920-927.
- https://thegradient.pub/why-skin-lesions-are-peanuts-and-brain-tumors-harder-nuts/
- http://www.radher.jp/J-RIME/report/JapanDRL2020_jp.pdf
- 井上清. 「平成 20 年度画像医療システム等の導入状況と安全確保状況に関する調査」 について-その 1. 日本放射線技術学会雑誌, 2009, 65.12: 1702-1705.
- 井上清. 「平成 20 年度画像医療システム等の導入状況と安全確保状況に関する調査」 について-その 2. 日本放射線技術学会雑誌, 2010, 66.1: 120-123.
- 中島渉. 「平成 25 年度画像医療システム等の導入状況と 安全確保状況に関する調査」 について. 日本放射線技術学会雑誌, 2014, 70.6: 602-606.
- XU, Qinwei, et al. A Fourier-based Framework for Domain Generalization. In: Proceedings of the IEEE/CVF Conference on Computer Vision and Pattern Recognition. 2021. p. 14383-14392.
- DEITSCH, Sergiu, et al. Automatic classification of defective photovoltaic module cells in electroluminescence images. Solar Energy, 2019, 185: 455-468.
【著者紹介】
片山 豊(かたやま ゆたか)
大阪市立大学医学部附属病院 中央放射線部
■著者略歴
2003 年 大阪大学医学部附属病院,
2004 年 りんくう総合医療センター,
2006 年 北摂総合病院,
2007 年 大阪市立大学医学部附属病院に勤務.放射線技術学会,核医学技術学会に所属.スパースコーディングを用いた医用画像処理の研究開発を 2014年頃より始め,その後,深層学習を用いた医用画像処理の研究開発に 2017 年頃より従事.