3.記憶を手がかりにした感動指数の提案
人がものやことと接したときに、心が動き感動することがある。感動すれば、その物事は自分との何らかの関わりを持つことになる。これは自我関与と呼ばれており、長期記憶で保持されるための重要な要因である。例えば、歴史の年号を覚えることを考えてみる。「鳴くよ (794) うぐいす平安京」、平安京へ都を移した年号を覚えるときの語呂合わせである。無意味な数字の794を語呂合わせで意味のあるものにする、つまり自分との関わりをつけて、長期記憶に保持することになる。
心の動きを何らかの生理指標の数値化で表現できれば、感動の指数化が可能になる。この指数化が適切かどうかを確認する手立てとして、記憶との関わりを明らかにすることとなる2)(図3)。
感動することでそのことが記憶に残りやすくなるとなれば、記憶に残るイベントのプロデュースにつなげることができる。記憶に残るイベントにするにはまず、鑑賞者に強い印象を与える必要がある。芸術祭を例にすると、訪れた鑑賞者の心を動かし、記憶に残すことができれば、「もう1度行きたい、他の人にも感じてもらいたい」など前向きな印象を与えることができ、その後記憶に残っていくと考えられる。このようにプロデュースの場で応用することで、集客率やリピート率も上がるであろう。
以下では芸術祭の作品を刺激とした実験結果を紹介する。記憶に残っている作品を鑑賞している時と、記憶に残っていない作品を鑑賞している時の生理指標の結果を比べることで、記憶に残った作品を鑑賞している時の心の動きが明らかになる。
また、鑑賞する上で鑑賞者の目線も記憶に関係してくると考えられる。学習などで事前に予習したことは、当日の学習で理解が深まり記憶に残りやすいと考えられる。よって、事前の学習の有無によって感動の大きさ、記憶の残りやすさに違いが出ると考えられる。今回は実験を行う上で実験参加者を2つのチームに分けた。1つ目のチームは作品の誘致や企画を行う、ディレクターの視点を事前に学習し、当日学習したことを意識しながら鑑賞を行ってもらった。以後Aチームとする。もう1つのチームは事前に学習はなく、作品だけでなく風景も対象とし、鑑賞者の目線を意識しながら鑑賞を行ってもらった。以後Bチームとする。AチームとBチームを比べた場合、学習を行ったAチームの方が作品を鑑賞した際、理解が深く心の動きも大きいと考えられる。
実験参加者は美術系大学の女子学生7名であった。Aチーム、Bチームそれぞれのチーム2名に、簡易型の心電計を装着してもらい芸術祭を2日間チームごとに見学してもらった。鑑賞後、7名全員にアンケートを行い、印象に残った作品を記入してもらった。1週間後、1か月後に再びアンケートを記入してもらった。
鑑賞時の2秒ごとのHF(0.15~0.40Hz)値を実験参加者ごとに、それぞれ鑑賞した作品について算出した。
両チームの4名ともアンケートで印象に残っていると答えた作品は、心の動きが大きく、感動していると考えられる。なので、心の動きの振れ幅が大きいと、HF値の分散が大きくなる。実験参加者ごとに、当日記憶に残っている作品全てのHF値の分散、当日記憶に残っていない作品全てのHF値の分散、1週間後記憶に残っている作品全てのHF値の分散を算出した。その結果を図4に示す。Aチームの2人は当日印象に残っていない作品全てのHF値の分散が最も大きく、Bチームの2人は当日印象に残っていない作品全てのHF値の分散が最も小さいという結果になった。
AチームとBチームの分散を比べた時、真逆の結果が得られた。理由は鑑賞を行った目線が違ったことが考えられる。Bチームは自分達の好きなように鑑賞者の目線で作品を鑑賞した。なので、純粋に楽しむことで感動し、心の動きの振れ幅が大きい作品が記憶に残っていたと推測される。一方Aチームはディレクター目線で鑑賞を行った。事前に学習したことがあるので、作品を鑑賞すると、純粋に楽しむのではなく、学習したことを思い出しながら鑑賞していたのではないかと推測される。学習したことを理解しようと観察していたので、心の動きが小さくなったと考えられる。なので、記憶に残ってはいるが感動はあまりしていない可能性がある。
このように、記憶を手がかりとすることで、HFの変動が、「感動指数」を表す可能性を持っていることが明らかになった。今後は、記憶以外の手がかりや他の生理指標から、「感動指数」を提案していこうと考えている。
4.感動指数の役割
大きな感動は、言葉によるいわゆる官能評価などで捕捉でき、その指数化の可能性は高い。しかし、小さな感動は、言葉で捕捉できる可能性は非常に低く、“何となく”感じている心の動きである。この“何となく”は、生理・脳機能測定結果を踏まえて指数化を工夫することで、見える化することができる。さらに、主観的な言葉による結果からの指数化よりも、生理・脳機能測定に対する客観性という点から信頼が高い。
今回のような、人が物事に対して感じている“何となく”を指数化することは、ものづくりやことづくりの方向性を大きく変えるきっかけになる。
試作品のどれを発売するかを決定する際に、官能評価を実施して、統計検定の結果からこの試作品をということで発売したとする。当然結果からは、予想通りの売れ方をすると期待することになるが、現実は思ったほど売れないという事態が多々生じる。この最大の原因は、その製品に対してユーザーが感じている“何となく”を正確に把握できていないためであろう。今回のような“何となく”を見える化した感動指数は、このような齟齬を避ける大きな武器になるであろう。
今後も「感動の指数化」について、他の生理・脳機能測定結果、多様な生体情報の混合による指数化など、研究を積み重ねていく予定である。最終的には、言葉による評価と感動の指数化との関係を明らかにして、言葉による結果からでも正確な感動指数が得られることを企図している。
参考文献
2) 市川航暉・神宮英夫 感動の指数化の提案ー芸術祭での記憶を手がかりにー, 2019年度日本人間工学会関西支部大会講演論文集,p.97 – 98,2019.
【著者紹介】
神宮 英夫(じんぐう ひでお)
金沢工業大学 情報フロンティア学部心理科学科
教授・文学博士
■略歴
1977年 東京都立大学人文学部心理学教室助手
1980年 東京学芸大学教育学部教育心理学教室助手
同専任講師、同助教授
1998年 明星大学人文学部心理・教育学科心理学専修教授
2000年 金沢工業大学教授
2012年〜2015年 金沢工業大学情報フロンティア学部学部長
2016年〜2019年 副学長
2007年より 金沢工業大学感動デザイン工学研究所長. 文学博士