1. はじめに
我が国は山地が国土の多くを占め、沖積平野に人口の多くが集中し、毎年台風や梅雨による水害が頻発している。近年でも豪雨による河川の氾濫等により毎年多くの被害者が発生している。また、日本では河川の延長が短く、また降雨の多い時期と少ない時期がはっきり分かれていることから水資源の確保が容易でなく、これまで渇水の被害も何度となく受けてきた。
このような自然状況の中、我が国は古くから様々な治水対策、利水対策を行ってきている。これら対策の推進にあたっては、過去の被害や河川の状況等を踏まえ適切に計画を策定し推進していく必要があるが、そのためには長期間にわたる定常的かつ継続した水文観測データの蓄積とその解析の重要性は高い。
ここでは、水文観測のうち流量の観測、特に洪水時における流量観測(高水流量観測という)について現状と近年の取り組みを紹介する。
2. これまでの流量観測
流量とは、1秒間に河川の断面を通過する水の量のことであり、流速と断面積の積で計算される。河川の断面積は水深を川幅で積分したものであり、水深は水位と河床高の差分であるから、基本的に流量観測は河川の水位と流速を計測することにより行われる。
水文観測のうち、雨量や水位についてはすでにその計測が自動化され、そのデータは瞬時に河川管理者等へ転送され、また川の防災情報等により住民に提供されている。一方、これまで、流量観測は平常時の流量観測には回転式流速計等の可搬式流速計、洪水時の高水流量観測は浮子(ふし)と呼ばれる細長い「浮き」を橋梁等から投下しその流下速度を計測することにより行われてきた。
しかしながら、浮子測法による高水流観では、観測員の安全確保等のためやむを得ず観測を中断せざるを得ない場合が発生するなど、安全・確実に観測を実施するための体制構築が急務の課題であった。また、観測には最低5名の人員を要し、洪水時には複数の観測所において同時に測定を行わなければならず、洪水の期間によっては1カ所で複数班を用意し交代制で観測を行わなければならないなど、測定期間における人員の確保も近年の技術者不足の下大きな懸案となっている。
3. 非接触型流速計
3.1 非接触型流速計の特長
このような状況の中、現在では各機関により機械での計測法の開発も進められてきている。
新たな計測方法は、電波や超音波を利用したドップラー式と、ビデオ画像の解析による画像式の2つに大別される。これらの計測機器は水中でなく河川の上部から計測することから非接触型流速計と呼ばれ、浮子等によるこれまでの観測と比較して以下のようなメリットがある。
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◯計測に要する時間が短く、安定的、連続的な計測が可能
浮子による観測の場合、1回の観測に数十分の時間を要するため、特に水位の上昇、低下の早い中小河川などではピーク時の流量をとらえられない場合がある。非接触型流速計では計測時間が数十秒程度であることから連続的、安定的な流速の計測が可能となる。
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◯橋梁などの浮子投下施設を必要としない
浮子で観測を行う場合、浮子を投下するために橋梁等の河川を横断する工作物が必要となる。画像解析による計測では、基本的に河川の流下方向に垂直となるよう河岸や堤防上にカメラを設置するため、横断構造物を必要としない。このため観測地点選択の際の自由度が大きい。
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◯大きな延長を必要としない
浮子による観測の場合、計測区間は最大流速×10~15秒程度の距離(概ね50m以上が目安)とされているが、ドップラー効果を用いた計測では点での流速が算出される。このため、観測地点の自由度が高いほか、複数の機器を用いて面的な流速分布を把握することも可能となる。
3.2 非接触型流速計の活用例
土木研究所(土研)は、メーカーや航測会社等との共同開発により、非接触型の電波式流速計を開発した(写真-1)。電波式流速計は、ドップラー効果を利用して河川の表面流速を計測する流速計である。その概要を図-1示す。流速計から発射された電波や超音波は河川表面で反射されるが、このとき表面流速の影響を受けドップラー効果により周波数が変化する。この周波数の変化および流速計の発射する送受信波と水面の角度より表面流速が算出される。なお、写真の流速計は受信した電波の位相差により水位も計測可能な仕様となっている。
現在、電波式流速計は複数のメーカーにより製品化されている。写真-2は携帯型の電波式流速計を用いて橋梁上から河川の流速を計測している様子である。
電波式、超音波式の非接触型流速計はほぼ水平に流れる河川の流速を上部から斜めに電波等を照射して計測するため、その照射角度が計測性能に影響を与える。水面に対し垂直に近くなれば誤差が大きくなり、平行に近くなれば照射した電波等が十分機器方向に乱反射せず、受信強度が低くなる。実際の測定にあたっては水面に45°程度の角度で照射することが推奨されている。
流速水位計と他の手法による流速を比較した結果を紹介する。調査は、Acoustic Doppler Current Profiler(ADCP)を搭載した橋上操作艇を有人船でで曳航することで複数の観測地点に移動して流量及び水位を計測し、それぞれの観測地点に照射した電波式水位流速計での計測結果と比較した。
ADCPは、主に海洋の計測技術として活用されてきた波多層型計測技術であり、かつては機器を載せたボートの跳躍、揺動、流木の接触により流速の大きな河川での計測が困難であったが、土研による橋上操作艇や流速算出アルゴリズムの改良により河川においても精度の高い計測が可能となり、近年では河川流速の調査研究の際にリファレンスとして使用されることも多い。なお、ADCPによる河川流速の計測手法は、日本(土研)を中心とした作業チームにより令和3年に国際規格化されている(ISO24578:2021)。
図-2に比較結果を示す。計測範囲全域にかけてADCPと電波式流速水位計の流速差は0.15m/s程度であった。また、この時の計測環境(晴天、河川の水面にある程度の波が発生)では約300m先まで計測が可能であった。1)
写真-3,4は平成28年の洪水時に北海道開発局が管理する空知川で画像処理による流量計測を行った様子である。
平成28年8月の台風10号により、空知川は計画規模を超える出水となり上流の2カ所で堤防が決壊し南富良野町市街地が約130ha浸水する大きな被害を受けた。この洪水では、幾寅水位流量観測所の施設が被災したため水位データが取得できなくなった。また観測所へのアクセス道路の冠水や空知川の水位上昇により浮子による流量観測を中止し、観測地点より下流の橋梁において急遽浮子観測をおこなったものの、その橋も写真のように被災し立ち入り禁止となったことから動画撮影カメラによって撮影を行い、後日STIV法(Space Time Image Velocimetery)による流速の算定等を行った。2)
参考文献
1) 萬矢敦啓、墳原学、工藤俊、小関博司、笛田俊治:電波式流速水位計の開発、土木学会論文集G(環境)、土木学会、Vol.72、I_305-I_311、2016
2) 佐藤匡、萬矢敦啓、橋場雅弘:平成28年台風10号空知川上流における画像処理型流量観測の適用性-大規模出水に対応した流量観測高度化(その2)-、国土交通省北海道開発局第60回(平成28年度)北海道技術開発研究発表会
3) 河川砂防技術基準 調査編、平成26年4月、国土交通省水管理・国土保全局
4) 平成14年度版水文観測、国土交通省河川局監修、独立行政法人土木研究所編著、社団法人全日本建設技術協会
次回に続く-
【著者紹介】
山本 晶(やまもと あきら)
国立研究開発法人 土木研究所 水工研究グループ 水文チーム
上席研究員
■略歴
東北大学工学部土木工学科卒業
1993年 建設省入省
2003年 国土交通省東北地方整備局河川部河川計画課長
2007年 国土技術政策総合研究所危機管理技術研究センター水害研究室主任研究員
2010年 東北地方整備局河川部水災害予報企画官
2011年 国土交通大学校建設部建設企画科長
2013年 国土技術政策総合研究所河川研究部水害研究室主任研究員
2016年 香川県土木部次長
2018年より現職