3. 国際整合性の確認
世界各国には、国家の決定で指名され、国際度量衡局(BIPM)に登録された国家計量標準機関(NMI)がある。例えば、アメリカ国立標準技術研究所(NIST)、 ドイツ物理工学研究所(PTB)、中国計量科学研究院(NIM)、韓国標準科学研究院(KRISS)などがあり、日本では産総研がNMIとして登録されている。産総研を含む先進各国のNMIでは、前述のような方法で圧力真空計測の国家標準を整備している。そして、それぞれの国家標準同士を比較することで、計測の国際整合性を確保している。国際比較の結果は、BIPMのホームページや学術誌で公開される 18)。各国の国家標準の値が、それぞれが主張する不確かさ(エラーバー)の範囲内で一致した時、国際同等性が確保されたことが確認できたと同時に、参加したNMIは、不確かさの範囲内で圧力の絶対値の測定ができたと結論される。産総研は、これまで22回の国際比較に参加しており、いずれも良好な国際整合性が確認されている。
4. 計量法校正事業者登録制度(JCSS制度)19) と圧力真空クラブ 20)
産総研が保有する圧力真空標準装置は、世界最高レベルの校正精度(世界最小の不確かさ)を目指した装置であるため、複雑で大がかりな装置構成になっている。したがって、圧力真空標準装置は、主に、圧力計・真空計のメーカや校正事業者が保有する社内標準器を校正するために利用される。一般で使用される圧力計や真空計は、これら社内標準器との比較によって校正される。こうした校正(比較)の連鎖によって国家標準へ繋がることを、「計測のトレーサビリティが確保されている」と言う。
近年、計測の信頼性が強く求められる分野では、「ISO/IEC 17025試験所及び校正機関の能力に関する一般要求事項」に基づく、より確実なトレーサビリティの確保が求められるようになってきている 21)。(独)製品評価技術基盤機構によって運営される計量法校正事業者登録制度 (JCSS)19) は、計量法関係法規及びISO/IEC 17025に基づく審査を経て登録された校正事業者が、特別な標章(ロゴ)の入った校正証明書を発行できる制度である。JCSSに基づく標準供給体系を図5に示す。2019年度には、圧力計、真空計、標準リークを併せて、5,507件のJCSS校正証明書が発行されている。
また産総研では、圧力真空クラブを運営し、整備している圧力、真空、リークの標準及び校正サービスや、国内標準供給体系の整備、標準の国際同等性の確保、関連規格の整備等の状況について、JCSS校正事業者や、一般の圧力計・真空計ユーザと情報交換を行っている 20)。興味のある読者は、ぜひご一報いただきたい。
5. おわりに
本稿では、圧力や真空の計測における基準について、その概略を説明した。紙面の都合上、詳しい説明は省略したが、近年では、光の屈折率の変化を利用した新しい圧力真空標準の開発なども進めている 22)。
圧力や真空の計測は、幅広い科学技術分野における基盤技術であり、科学技術の進歩に対応して、圧力真空標準も発展してきた。エネルギー、環境、少子高齢化、防災など、現代が直面する多くの社会問題を解決する手段として、科学技術に対して強い期待が向けられ、その中で、圧力や真空の計測に対して、より高度な要求が出てくる場面もあろう。産総研の圧力真空標準やその応用技術が、その時に一助になると幸いである。
発表文献
18) BIPM, Key Comparison Database, https://www.bipm.org/kcdb/
19) 独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)ホームページ、https://www.nite.go.jp/iajapan/jcss/index.html
20) 圧力真空クラブホームページ、https://unit.aist.go.jp/nmij/nmijclub/pres-vac/pres-vac.html
21) 片桐 拓朗, “ISO/IEC 17025に基づく認定校正とは(1)”, センサイトホームページ, https://sensait.jp/17049/
22) Yoshinori Takei, Souichi Telada, Hajime Yoshida, Kenta Arai, Youichi Bitou, Tokihiko Kobata, Measurement 173 (2021) 108496.
【著者紹介】
吉田 肇(よしだ はじめ)
国立研究開発法人 産業技術総合研究所・計量標準総合センター
工学計測標準研究部門 圧力真空標準研究グループ・主任研究員
■略歴
2004年 北海道大学工学研究科博士後期課程修了、博士(工学)
2004年 (独)日本原子力研究所那珂研究所 博士研究員
2005年より現職、2020年より、産業技術総合研究所 イノベーション推進本部 連携企画部企業・大学室 を併任