走査型SQUID顕微鏡の開発と地質試料への応用(2)

産業技術総合研究所
地質調査総合センター
小田 啓邦

3.国産の走査型SQUID顕微鏡の開発

ヴァンダービルト大学での成功により、SQUID顕微鏡による鉄マンガンクラストのサブミリメータ古地磁気層序による年代推定の道が開けたが、米国での実験には制約条件や問題も多かった。十分なマシンタイムを確保し、自由な発想で様々な実験を行うには、自ら装置を持つ必要があると考え、日本でSQUID顕微鏡を準備することとなった。金沢工業大学の河合淳教授が脳磁計用のSQUID素子を開発していることを知り、連絡を取って事情を話したところ、「やってみましょう」との返答をいただき、科研費申請に協力いただくことになった。科研費は、最初の申請から5年目の2013年に「SQUID顕微鏡による惑星古磁場の先端的研究の開拓」として採択された。

4.走査型SQUID顕微鏡の詳細と初期成果

図2 (a) SQUID顕微鏡本体の模式図、(b)SQUIDチップ、中央がSQUID素子、(c) SQUID顕微鏡システムの全体像(Oda et al., 2016 6)のFig.1d)。

SQUID顕微鏡本体の初期動作は、プロジェクト2年目の2014年に確認された6)。図2aが模式図になるが、真空断熱層の距離(リフトオフ)調整のために、中空構造のクライオスタットを用いた。液体ヘリウムリザーバの中央は中空構造になっており、マイクロメータに接続されたシャフトが貫通している。シャフトはフレクシャー機構を介して冷却用の銅ブロックに接続され、銅ブロックにサファイアロッドが取り付けられている。SQUIDチップ(図2b)はサファイアロッド先端に実装され、メタライズ配線を通して外部と電気接続されている。SQUIDは1mm角のSi基板上にNb系の薄膜技術で作製され、200μm角のワッシャタイプの検出コイルにより磁場の垂直成分を検出する。室温で試料に接触するサファイア窓は直径3mmφ、厚さは40μmである。リフトオフはサファイア窓が取付けられたベローズの伸縮で粗調整し、マイクロメータの回転で微調整する。液体ヘリウムリザーバ容量は約10Lで、1日約3Lの液体ヘリウムが蒸発する。SQUID 素子の動作ノイズは1.1pT/√Hz@1Hzであった。温度変化によるドリフト低減のために、低ドリフトFlux-Locked Loop(FLL; SQUID素子磁場読み取りのための電子回路)を開発し、14μV/℃を実現した。直線電流が作る磁場で計測されるリフトオフの最小値は約120μmで、このときセンサと試料表面の距離は約200μmである。
図2cはSQUID顕微鏡システムの全体像である7)。SQUID 顕微鏡本体(D)はPCパーマロイ2重磁気シールド(E)の中で上部アルミフレームに保持される。磁気シールドは外部磁場変動を1/100程度に低減する。試料測定部の残留磁場は3nT程度以下である。磁気シールドは下部アルミフレーム(B)で支えられ、アルミフレームにはXYZステージ駆動部が配置される。試料は長い非磁性アクリルパイプ先端に装着して駆動部と距離を離し、磁気ノイズ低減を図っている。XYZステージは専用ソフトウェアでPCから制御され、FLLのアナログ出力はADコンバータでデジタル化してPCに入力される。後に、液体ヘリウムリザーバ内部に挿入したレファレンスセンサにより、地磁気の日変化に起因する変動磁場や実験室周辺のノイズの除去を可能とした8)。開発されたSQUID顕微鏡を用いて、コバルトリッチクラストが確認されている北西太平洋の拓洋第5海山の薄片試料を分析した。この結果、成長速度3.4mm/百万年のほぼ一定な成長を示す年代値が得られ、ベリリウム同位体による成長速度の推定値(2.9mm/百万年)とも一致することが確認された9)

5.野島断層の加熱履歴

図3 (a) 野島断層の岩石薄片写真。黄色矢印は断層の運動方向を示す。(b) 磁気画像を重ね合わせたもの。赤(青)は上向き(下向き)磁場を示す。Fukuzawa et al. (2016) 9)のFig.6を一部改変。

鉄マンガンクラストに続き、東北大学との共同研究として、1995年1月の兵庫県南部地震で大きな変位が確認された淡路島の野島断層から薄片試料を作成し、SQUID顕微鏡で分析を行った10)。断層運動にともなって流動化した岩石が波打った構造を示すが(図3a)、1995年以前の断層活動によると推定されている。磁気画像(図3b)で、流動化した部分を中心に帯状に強い磁場が確認できる。これは、断層運動で加熱されて磁性鉱物が生成され、地球磁場中で冷却する際に強く磁化したと考えられる。

6.42億年前の地球磁場

さらに、米国ロチェスター大学との共同研究として、ジルコン粒子の分析により、42臆年前に地球磁場が存在した可能性を示した11)。西オーストラリアのジャックヒルズには44億年前の最古のジルコン粒子を含む堆積岩が分布している。本研究では、40-41臆年前のジルコン粒子が現在と同程度の比較的強い地磁気強度を持つこと、40-42億年前の地球磁場強度が信頼できることを示した。ジルコン粒子中のウランは年代推定に用いるが、放射壊変に伴うアルファ粒子は結晶の破壊と変質を引き起こし、変質部に後から生成した磁性鉱物による偽の磁場強度を示す。このため、ジルコン粒子には厳しい選定基準(合格率2%)を課すとともに、信頼性を確認した。信頼性確認には同位体顕微鏡など様々な分析装置が使われたが、SQUID顕微鏡によって、ジルコン粒子に安定磁化を保持する磁鉄鉱が存在すること、周囲の石英には変質による磁性鉱物がないことが示された。本研究成果は、地球創世直後の地球磁場が太陽風荷電粒子を遮ることで、地球大気の宇宙空間への散逸を防いで保持し、生命の進化に貢献したことを示唆する。

7.今後の課題と展望

世界的な液体ヘリウム供給不足によってSQUID顕微鏡の運用が困難となっているため、液体ヘリウム液化循環装置の導入を検討中である。また、サファイアロッドへのSQUIDチップ装着・配線方法の改良による安定性と分解能の向上、ソフトウェアの改良などを計画している。これら改善を進めつつ、地質試料の磁気記録を高精度で読み取り、多くの謎に包まれた地球の歴史を紐解くことが目標である。

参考資料

6) Kawai et al. (2016) IEEE Trans. Appl. Supercond., 26, 1600905.

7) Oda et al. (2016) Earth Planets Space, 68, 179.

8) Oda et al. (2020) J. Phys. Conf. Ser., 1590, 012037.

9) https://www.aist.go.jp/aist_j/new_research/2017/nr20170626/nr20170626.html

10) Fukuzawa et al. (2016) Earth Planets Space, 69, 54.

11) https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2020/pr20200121/pr20200121.html



【著者紹介】
小田 啓邦(おだ ひろくに)
産業技術総合研究所
地質情報研究部門
上級主任研究員

■略歴
1995年 京都大学理学部地質学鉱物学専攻 博士課程修了
工業技術院地質調査所 ポスドク、職員を経て
2001年より産業技術総合研究所 職員
2016年より現職


2001年4月〜2002年3月 文部科学省研究開発局海洋地球課併任
2002年3月〜2004年3月 ユトレヒト大学地球科学部在外研究