4. 小型OPMモジュールの開発とMEG計測
我々は、これまで多チャネルMEG計測に向けた小型OPMモジュールの開発を行ってきており、2012年に最初のOPMモジュールを報告した。その後、小型・高感度化を進め2015年に報告した10)第二世代のOPMモジュールを(図5)に示す。このOPMモジュールでは、底面積64cm2、高さ19cm程度の円筒型であり、内部にセンサ本体となるカリウムを封入した一辺2cmの立方体ガラスセルを有している。
図6に、この小型OPMモジュールを用いた視覚誘発脳磁界(VEF)の計測例を示す。この例では、上部に示したチェッカーボードパターン用い、左右視野に分けてパターンリバーサル刺激を呈示した際の結果を示している。上段がOPM、下段が全頭型SQUID-MEGシステム(Neuromag社製)を用いたVEFである。両者は共通の応答と捉えていることが分かる。また、このOPMモジュールを用いて、自発律動の計測にも成功している10)。なお、小型OPMモジュールについては、実用化を目指した産学共同研究を現在も継続している。
5. OPMを用いたULF-MRI
我々はOPMモジュールをセンサとし、前節で紹介したMEGなどの生体磁気信号の同時計測も可能なマルチモーダルな超低磁場MRIシステムの実現を目指して研究・開発を進めてきた。OPMのように低周波数帯域で超高感度な磁気センサを用いれば静磁場強度が1μT〜10mTでMRIを撮像可能な超低磁場MRIの実現も可能であり、形態と機能の同時計測可能な高次生体磁気イメージングシステムの実現へと繋がる基盤技術としてその開発・実用化に大きな期待が集まっている。
我々は、小型のOPMモジュールをMR信号の受信に用いる超低磁場MRIに関して、水冷型のpre-polarizedコイル、2次微分型の入力側コイルを備えたフラックストランスフォーマ、OPMモジュールを組み合わせて遠隔計測するシステムのプロトタイプを設計・試作し、合わせてこのMRIシステム用のパルスシーケンスの開発を行った。本マルチモダリティULF-MRIのプロトタイプでは、フラックストランスフォーマの入力コイルを2次微分型とすることによりS/Nを向上させ、さらに独自の水冷のプリポーラライズ磁場コイルを製作し、2016年にはラーモア周波数が5kHzという低周波数において初めてOPMによる磁気共鳴信号ならびにMRIの撮像に成功した11)。OPMをセンサとする超低磁場MRIは、装置の小型・低価格が図れるメリットがあることから、近所のクリニックなどへの普及が容易で、さらに検診車に搭載することも可能であり、その実用化によって各種疾患のスクリーニングや早期発見に寄与することが期待される。
さらに、我々はこのMRI撮像に用いたものと同一のOPMモジュールを用いた磁気粒子イメージング(MPI)に向けて、超常磁性酸化鉄ナノ粒子を対象とした微弱磁気信号の遠隔計測を試み、0.01μmolの磁気粒子(Resovist)からの磁気信号の検出にも成功した12)。
6. まとめと展望
我々は、上記のULF-MRIにより解剖画像だけではなく機能的MRI計測を行うことを目指している。そこで、神経活動の直接計測が期待されているスピンロック撮像法に着目した基礎実験を行なってきた13-15)。スピンロック撮像シーケンスはスピンロックとそれに引き続く撮像シーケンスであり、磁化が計測対象となる振動磁場と2次回転座標系において核磁気共鳴を起こし、MR信号強度が減衰することを利用している。この新たなfMRIの原理はULF-MRIにも適用可能であることから、OPMを共通のセンサとしたMEGとfMRIを融合した次世代の脳機能計測の実現が期待でき、多くの謎に包まれているヒトの高次脳機能のメカニズム解明と臨床応用に繋がるものである。
OPMは、その感度の高さから脳機能計測に留まらず磁気計測に関連する様々な分野にイノベーションやパラダイムシフトを起こす大きな可能性を有している。今後、OPMのさらなる高感度化・小型化・低価格化により、OPMをコア技術とする次世代の脳機能計測の実用化が早期に実現し、脳機能の謎の解明と医療分野への応用が進むことが期待される。
参考資料
(9)伊藤,西,小林, 日本生体磁気学会誌,Vol.31, No.1, pp.178-179 (2018)
(10)K. Kamada, T. Kobayashi, et al., JJAP, Vol.54, 026601 (2015)
(11)I. Hilschenz, T. Kobayashi, et al., J. of Magnetic Resonance, Vol.274, pp.89-94 (2017)
(12)T. Oida, T. Kobayashi, et al., Inter. Jour. on Magnetic Particle Imaging, Vol.5, No.1, Article ID 1906001, 7 pages (2019)
(13)H. Ueda, T. Kobayashi, et al., J. of Magnetic Resonance, Vol.295, pp.38-44 (2018)
(14)T. Sogabe, T. Kobayashi, et al., J. of Magnetic Resonance, 106849 (7 pages)(2020)
(15)Y. Ito, M. Ueno, T. Kobayashi, Scientific Reports, Vol.10, 5463 (2020)
【著者紹介】
小林 哲生(こばやし てつお)
京都大学大学院工学研究科
電気工学専攻 生体医工学講座 教授
■略歴
1984年 北海道大学大学院工学研究科 電子工学専攻 博士後期課程修了(工学博士)
1984年〜1992年 北海道科学大学講師・助教授
1987年〜1992年 University of Rochester, USA, Visiting Scholar
1992年〜2004年 北海道大学電子科学研究所講師・助教授
1996年〜1997年 Simon Fraser University, Canada, Visiting Associate Professor
2004年3月より現職
専門分野は、脳計測科学、電気電子工学、認知神経科学、ニューロイメージングなど。現在、国際複合医工学会副理事長,国際磁気共鳴医学会日本支部 (ISMRM-JPC) Past-Chair, 国際脳電磁図トポググラフィ学会 (ISBET) 理事,日本生体磁気学会理事・監事・第36回大会長、International Journal of Magnetic Particle ImagingのEditorなどを務めている。医用生体工学分野の国際賞James Zimmerman Prize (IFMBE, 2018年)などを受賞。