株式会社KRI
近年の微細加工技術の進展により、マイクロエレクトロニクスやパワーデバイスなどが高性能化・高密度化・小型化が図られ、デバイスからの発熱は増加の一途にある。これまでは、熱対策としてヒートパイプなどが多く使用されて来ていたが、徐熱の問題は一段と深刻になってきており、新たな革新的な熱輸送・冷却技術の開発が待たれている。
弊社では、従来からマイクロポンプを用いた水冷の研究をおこなっていたが、冷却性能が追い付かないばかりか、ポンプを作動させる消費電力の問題があった。
これらの問題の解決策として、新規な磁性流体を用いた循環熱輸送デバイスの研究を進めている。磁性流体は粒子径10nm 程度の強磁性微粒子に界面活性剤を付着させ,水などの母液中に安定分散させたコロイド溶液である。磁性流体は液体状態で磁場に感応する性質を持った、黒色・不透明の液体である。この磁性流体の中でも、感温性磁性流体は,感温磁化特性(常温域において流体温度の上昇に伴い磁化が著しく減少する性質)を有するため,磁性流体の動力学的特性を磁場および温度により制御することが可能である。
本デバイスの原理・性能・応用
本デバイスの具体的な構成を図1に示す。テフロンやCuなどのチューブ状の流路の中に磁性流体を100%封入し閉ループ状に繋げ、排熱(図ではヒータ)を印加し、その近傍に永久磁石を配置するだけである。図2に示す通り、チューブの中の磁性流体が熱を吸収し動き出し、磁性流体がチューブを1周する間に熱を放熱し、また排熱を印可して駆動するという原理である。すなわち、熱だけを印加していれば永続的に駆動し続ける消費電力0の循環ポンプ型の熱輸送デバイスである。基本的には配置した磁石の前後の温度差に比例した駆動力が得られ、水系の磁性流体は低温排熱約30℃~約100℃範囲の印加であれば駆動が可能である。駆動能力としては、図1のφ3mmで長さ1mのチューブで約100℃印加により、原理的には40mm/秒程度の流速が得られる。
これまでの研究によりブレークスルーした点は、主に2つある。1つめは、ポンプとしての発生圧力つまり磁気体積力を向上させるために永久磁石磁気回路の工夫した点である。磁気体積力は磁性流体の磁化と磁場勾配の積で表され、f = M・∇H 磁性流体の磁化を上げるため高磁場で尚且つ流体進行方向の磁場勾配を高める適正な磁気回路をシミュレーションにより求めた結果、図3に示す様なネオジム磁石を用いた異極並列配置の磁気回路を考案した。
ちなみに磁気回路の中心部分は1Tの磁束密度となっている。2つめは、磁性流体の改良である。もともと磁性流体は油系のケロシンが一般的であったが、法規制に該当しない安全で熱物性の良い水を母液とし、磁性粒子を安定分散させ、感温磁化特性(磁化率)が高く、その上に粘度も約5cpsと低い磁性流体を開発できた点である。
本デバイスの熱輸送としての特性を見積ってみる。図4にチューブ径による熱輸送量を示した。熱輸送量=流体の比熱容量×流体の密度×体積流量×温度差(磁気回路前後)である。この値は、チューブ(流路)が1本で長さ1.2m磁気回路のギャップ=7mmの条件の場合である。チューブ径φ5mmの場合には、本開発品の水系磁性流体では約2kW~2.8kWもの熱輸送が達成される。これは、通常のヒートパイプと比較するとφ5mmと同サイズでは約100倍もの熱輸送量に当たる。さらにヒートパイプは熱輸送方向に重力依存性があるが本デバイスは重力依存性がない。
想定される応用例について図5に示す。電気・電子機器や通信機器、自動車分野などの冷却や熱輸送・熱制御、排熱回収など非常に多岐に渡る用途が考えられる。また、紙面の都合上説明は割愛したが、本デバイスは磁性流体が駆動している運動エネルギーを電磁誘導で外部に電気として取り出すことも可能である。これが実現できれば排熱を冷却・熱輸送しながら発電ができる夢のデバイスになり得る。
受託研究プロジェクト
弊社ではこれまで、図6の様な評価系を構築し、本熱輸送デバイスの基本的な熱輸送性能を評価し、応用の為のデーターを蓄積している。現在、「電源フリー磁性流体駆動デバイスの開発研究 Phase1」のマルチクライアントプロジェクトを募集しており、プロジェクトの成果として、下記の1)~3)を提供している。
1) 技術資料:理論検討結果、試作結果、評価結果、課題などのまとめ
2) 試作サンプル:磁性流体駆動デバイスの試作品を1台提供
3) 特許ライセンス:本技術に関するKRIの基本出願特許の有償での通常実施権の付与(一時金なしの通常より低率のランニングロイヤリティ)
また、Phase1プロジェクト終了のクライアント様を対象として、磁性流体駆動デバイスを各種用途に合わせた応用開発研究Phase2(シングルクライアントプロジェクト)も実施中である。一用途一クライアント様を基本とし、Phase2で得られた成果は全て個々のクライアント様に帰属する。
最後に、本磁性流体熱輸送デバイスの特徴を述べる。本技術は、ヒートパイプの同等サイズと比較して、①熱輸送量が2桁近く優れていること、②3m以上と長い距離の熱輸送も可能であること、③設置の制約がなく、フレキシブルな流路が使用できること、④将来的には熱輸送しながら発電も望めることなどが挙げられる。特に、入り組んだ筐体の中に3次元的に自由に流路を配置したい熱輸送・冷却などの用途がより好適であると思われる。
問い合わせ先
株式会社KRI フェロ&ピコシステム研究部
TEL: 075-322-6832 FAX:075-315-3095
藤井泰久
E-mail: ya-fujii(a)kri-inc.jp
http://www.kri-inc.jp/tech/dept/magnet.html
専門分野・研究テーマ
マイクロTAS、磁気応用、MEMSセンサ