3. 感性指標に基づくデザインのシミュレーション
3.1 シミュレーションを利用したデザイン支援
感性指標化技術とシミュレーション技術を組み合わせると、モノから感性,感性からモノへの双方向の変換が可能となる。これによりユーザが所望するデザインを個人差を考慮した上で生成・推薦したり、感性語でデザインを検索できたりというデザイン支援が行える。また様々な模擬サンプルを生成し印象との対応を調べることで感性指標の高精度化を図ることもできる。プロダクトデザインにおけるモノ側の要因としては色、質感、形、動き、触感、変形具合などが挙げられる。このうち色についてはカラーイメージスケール(色の印象の指標)が広く知られており、これをベースとした色の推薦システムなどが各方面で開発されている。しかし色以外の物理要因に関する感性指標は確立されていない。以下、視覚的・触覚的質感のシミュレーションによるデザイン支援について述べる。
3.2 視覚的質感のシミュレーション
質感は「高級感のある」とか「触りたくなる」といった感性的な価値に繋がるものとして、産業界で大きな注目が集まっている。学術的にも一般の「質感」の概念とは区別して、感性的な価値を持つ質感のことを「感性的質感」と定義し、工学、心理学、脳科学など学際的融合により重点的に取り組んでいる6)。
従来の質感研究では素材のテクスチャ(細かい模様や粗さなどの視覚的な表面性状であり、質感とほぼ同意語)の生成手法について多くの研究事例があるが、幾何学的テクスチャの生成の際には構造が崩れてしまうという弱点があった。
そこで最近の畳み込みニューラルネットワーク(CNN)によるテクスチャの数理表現と感性指標とを関連付け、所望の感性的質感を有するテクスチャ生成手法を提案した(図4) 7)。テクスチャ特徴量としてスタイル特徴と呼ばれる絵画の画風変換に用いられた特徴量を利用し、予め主観評価実験により構築した感性指標とスタイル特徴を対応付けたモデルを作っておく。次に所望の質感を感性指標によって指定すれば、モデルに基づいて質感を実現するスタイル特徴を推定する最適化問題を解くことで、ホワイトノイズ画像から所望の画像を生成できる。本手法を自動車内装用のシボ加工した樹脂板のテクスチャ生成に適用し、図中に示すようなデザイナーによって設計された幾何学的なテクスチャに対して、感性的質感の誇張(e.g.「はつらつ感」を+2高めたテクスチャ生成)を行ったところ、幾何学構造が完全に保存されたまま、コントラストが若干強められた緻密なテクスチャが生成された。検証実験で,生成画像が設計意図通り(「はつらつ感」が+2)の質感を持つことが主観評価実験により確認された。
以上により、CNNのスタイル特徴と感性指標がテクスチャ解析・生成問題において高い親和性を持つことが示された。そこでこの枠組みをテクスチャのイメージ検索問題に適用した(図5) 8)。衣服用生地の柄画像約1200枚を対象とし、うち網羅性と代表性を担保した75枚を選びだし教師データとする。教師データについてCNNのスタイル特徴と感性指標(主観評価により選定した「華やかな」「古風な」など約50の印象語と、心理統計分析により得られた「爽やか」「ポップ」など6因子)の関係をモデル化した。モデルに基づいた柄検索システムを実装し、検証実験としてテスト画像約1100枚で検索を行った結果、学習データが全画像数のわずか6%にもかかわらず感性的に違和感のないイメージ検索結果が示された。このイメージ検索機能はファッションデザインアプリへ実装されている。また紳士服オーダースーツの生地のレコメンドシステム「感性AIソムリエ」としても活用されている。このようにユーザがプロダクトデザインのプロセスの一部に関わることは、単なるカスタマイズの効果だけではなく、関与すること(engagement)そのものが最終製品への満足度を上げることに繋がり、感性価値向上に寄与していることが明らかになっている。
3.3 触覚的質感のシミュレーション
最近では,視覚的質感とともに触覚的質感(触感)に関する産業界からのニーズが急増している。著者らは所望の触感を実現する枠組みとして、触感計測、シミュレーション、ディスプレイ技術に関する基盤技術と応用研究を進めている(図6)。触感を構成する低次の要因としては指先が触れる表面性状(ハイトマップ)と接触時に生じる相互作用力の周波数空間における特徴量の違い(指がどのように変形するか)が挙げられ、高次の要因としては、それら特徴量から脳内でどのような触覚的質感が構成されるかの個人差や時間的・空間的変化を含む触覚的質感予測モデルの違いが挙げられる。著者らは指先の相互作用力の振動を周波数空間において特徴量化し、人が感じる4つの材質感指標であるミクロ粗さ、マクロ粗さ、硬軟感、摩擦感と対応付ける触感計測装置を実現した。
この触感計測装置を視覚的質感と同じように、自動車内装の樹脂板の触感的質感の設計に応用した。まず触感の感性指標を心理統計手法によって作り、次に指標に基づいて触感を誇張した樹脂板のハイトマップをリバースエンジニアリングの流れで作成した。実際に効果検証実験を行ったところ、作成した樹脂板が設計意図(e.g. 「スマートさ」を+2上げる)通りの印象変化を持つことが、主観(触感)評価実験により確かめられた。
この触感計測技術は他にも、素材の触感定量化や化粧水の処方設計9)など幅広い分野で活用されている。化粧水の処方設計では、「ふきとり感触」の感性価値が「肌摩擦感」と「ふきとれた実感」の2要素からなることを明らかにし、それぞれに影響を及ぼす振動周波数帯を求め、感性価値を最大にする処方設計を実現した(図7)。
4. まとめ
感性の計測技術や指標化技術について述べ、とくにAI/機械学習/データマイニング技術の活用の可能性について紹介した。今後の展開として、現場の良質なビッグデータから新たな感性価値を創出し、社会の価値観そのものを転換していくことが期待される。一人ひとりの感性を尊重しつつ地球規模で繋がることで,個人の満足を高め、全体としても大きな価値が創出される。それが豊かで持続可能な社会の実現であり、すなわちSDGsへの貢献であると考えている。
参考文献
6) 新学術領域研究,質感脳情報学,2010-2014
7) A. Takemoto, K. Tobitani, Y. Tani, T. Fujiwara, and N. Nagata, Texture synthesis with desired visual impressions using deep correlation feature, IEEE Int. Conf. Consumer Electronics (ICCE), pp.739-740 (2019)
8) N. Sunda, K. Tobitani, A. Takemoto, I. Tani, Y. Tani,T. Fujiwara, N. Nagata, & N. Morita,Impression estimation model and pattern search system based on style features and Kansei metric, 24th ACM Symp. Virtual Reality Software and Technology (VRST’18),
9) T. Asai,Y. Yamazaki, Y. Tani, K. Tobitani, H. Yamamoto, N. Nagata, Sensibility evaluation of an exfoliating lotion with supreme tactile impression during wiping, IFSCC 2018 CONGRESS, P-S5-373 (2018)
【著者紹介】
長田 典子(ながた のりこ)
関西学院大学 理工学部 教授 / 感性価値創造インスティテュート 所長
■略歴
1983年京都大学理学部数学系卒業,同年三菱電機(株)入社,
産業システム研究所においてマシンビジョンの研究開発に従事
1996年大阪大学大学院基礎工学研究科博士後期課程修了
2003年より関西学院大学理工学部情報科学科助教授
2007年同教授
2009年米国パデュー大学客員研究員
2013年感性価値創造研究センター長
2015年革新的イノベーション創出プログラム
「感性とデジタル製造を直結し、生活者の創造性を拡張するファブ地球社会創造拠点」サテライトリーダー
2020年感性価値創造インスティテュート所長。博士(工学)。専門は感性工学、メディア工学等。
著書「感性情報処理」(共著)他
2013年文部科学大臣表彰科学技術賞(科学技術振興部門)、2014年グッドデザイン賞受賞