感性アナライザによる感性計測(1)

(株)電通サイエンスジャム
太田 英作

1. はじめに

 人の気持ちの評価すなわち感性評価は消費者ニーズの吸い上げや製品の良し悪しを測るために従来から行われていた。しかし,その主流であるアンケートやインタビューの手法にはリアルタイム性に課題があった。例えば動画コンテンツのような被験者の気持ちが頻繁に変動する対象では,どの場面で面白く感じた,感じなかった等のシーン別の評価が重要となる。このシーン別の評価でアンケートやインタビューを逐次行うと被験者の負担が増えてしまい,本来の変化が取得できない可能性が高くなってしまう。逆に最後にまとめて行うと人間の記憶特性として後半のシーンに重みがかかることになる。
この問題に対して我々は脳波を用いた感性のリアルタイム評価を行い,1秒ごとに感情を数値化する方法を提案し,感性アナライザというシステムを作成した(感性アナライザ ©電通サイエンスジャム)。これにより,動画コンテンツをはじめとした様々な場面で応用している1)-3)。これらは,感性・感情という数値では評価しづらい指標の数値化を行うことができたことで,興味がある度合いやストレスが高い度合い,集中できる度合いや快適に感じる度合いなど被験者の個人的・意図的な主観の評価に縛られず,客観的な感性・感情評価を行うことができている。本稿ではこれらの指標の脳波からの計測方法と指標を使った活用事例について紹介する。

2. 脳波計測

2.1 脳波の利用

 脳波は脳の活動により生じる電気信号を脳波計で記録したものである。我々は人の感性・感情を感性評価として数値化する際に,この脳内の活動と関連した脳波を利用した。脳内の活動を計測する方法には,脳波以外にも磁気共鳴機能画像法(fMRI)・陽電子放出断層撮影法(PET)・近赤外分光法(NIRS)など様々な方法がある。また,脳の活動の他に,表情や行動,心拍・脈拍・呼吸などの生体信号から感性を評価しようとする研究も行われている。本節では感性評価を行う上で脳波の有用性について述べる。
 これらの計測方法の中で,脳波は非侵襲でありながら高い時間分解能にて時系列変化を計測できる優位性がある。脳活動を細かい時間変化の中で観察できると,その結果から実際に体験している状態の感性を導けることに繋がる。一方,脳波はノイズの干渉を受けやすいという欠点もある。しかし,近年では機器の小型化や計測技術の向上により,小型の脳波計(図1)でもノイズ混入を低減し,従来の大掛かりな装置や準備が必要であった脳波計に近いレベルでの計測が可能になっている。こうした小型脳波計の発展により,被験者の負担の低減と自然な環境に近い被験者の脳活動を計測することができる。これまで病院や研究室等でしか計測できなかった人の脳波が,定量的な感性として日常生活の中で観測可能になってきたのである。

図1 小型脳波計

2.2 ノイズ問題

 脳波を計測する際の非侵襲性には,被験者に対する負担が小さく安全性が高い反面,脳波以外の情報も混合されるという課題がある。具体的には,電極を頭皮上に設置した計測となるため,皮膚上を伝わってくる筋電や発汗の影響を受ける。例えば被験者が瞬きを行うと,脳波として計測している信号の中に瞬きの筋電による緩やかな低周波成分が混入してしまう。これを未処理で評価すると,感性に直接関与しない瞬きの有無によって評価が影響されるため,ノイズとして除外する必要がある。脳波には上記のような瞬きの筋電だけでなく,様々な要因でノイズが混入する。それらのノイズを除去することで脳波として必要な特徴量が抽出でき,感性と紐づけることが可能になる。これらのノイズに対処するために注意すべきことについて次節で説明する。


2.3 生体ノイズ

 脳波計測時に混入する生体現象に由来するノイズが生体ノイズである。内容として体動や発汗によって電極の接触状態が変化して発生するノイズと瞬き,眼球運動,筋電のような脳波以外の生体信号が重畳することによるノイズに大別される。前者はドリフト(基線変動)と呼ばれる低周波成分として現れることが多く,後者は要因にも依るが高い電位が発生して高振幅の波形が混入してしまう。これらの生体ノイズに関しては発生源を減らす事が重要であるため,被験者には計測したい対象以外のストレスが負荷されないよう十分なインフォームド・コンセントを行うように注意する。計測に際してどうしても発生する体動や発汗に対しては導電性のジェルを電極に塗布することでノイズを低減することが可能である。また,これらの注意を行った上でも混入してしまうノイズに関しては,バンドパスフィルタや独立成分分析等を用いて除去を行う。


2.4 環境ノイズ

 生体現象に関係なく混入してしまうノイズが環境ノイズである。計測する環境に由来するノイズとなるが,交流の電源を持つ機器による干渉とカーテンの揺れなどで発生する静電気の干渉に大別される。前者はハム・ノイズとも呼ばれ商用交流の50/60Hz周期のスパイク状の波形として現れ,後者は静電界の変化により主にドリフトが観測される。環境ノイズの大部分はシールドルーム内で計測することで回避できるが,評価対象を実現するためシールドルーム外で計測することも多い。計測に際しては不要な電子機器は遠ざけコンセントは抜くことに注意する。対策を行った後に混入するノイズに関しては,ハムフィルタ等を用いて除去する。


3. 感性計測


3.1 感性アナライザ

 感性アナライザは,脳波からリアルタイムに感性を数値化するアプリケーションである。このアプリケーションはタブレット端末上で動作するよう設計されており,開発にあたっては慶應義塾大学満倉研究室で培ってきた技術に基づき,株式会社電通サイエンスジャムとの共同開発により完成した。これまでの脳波計測には,非常に高価な装置と大掛かりな準備が必要であり,取得した脳波に対しても測定者が周波数解析を都度実施して意味付けをする必要があった。周波数解析においては解析者がα波,β波,θ波の増減等を把握して,先行研究との比較から意味を見つけ出す手順が必要となり,時間やコストの課題があった。しかし,感性アナライザを利用すると1秒毎に脳波解析と意味付けが行われるため,リアルタイムに感性を数値として取得することが可能となる。
 感性アナライザの特徴であるリアルタイム性は時系列に感性の評価を行う際に,特に効果を発揮する。前述した動画コンテンツの評価を例に挙げてみる。一般的なアンケート用紙を用いた評価では,視聴者が最後まで覚えているシーンの感想しか得られずに後半に偏った結果となる可能性が高い。ここで感性アナライザを使用すると1秒毎に記録できているため,全ての区間に亘って評価可能となる。

3.2 感性指標推定

 脳波を用いて感性のリアルタイム推定を行う技術には,慶應義塾大学満倉研究室のデータベースが用いられている。データベースには約17年間に亘り特定の環境下で取得された脳波データが感性指標と1対1で対応づけられており,これを用いて感性を推定するアルゴリズムを構築している。
 感性アナライザには脳波から感性を推定する感性アルゴリズム(図2)が組み込まれている。感性アルゴリズムはフィルタリング手法,特徴抽出手法,パターン認識手法によって構成される。本アルゴリズムではまず,フィルタリングにより脳波データから先に示した体動や瞬き等のアーチファクトを除去し,その後フィルタリングされたデータをパワースペクトル等の特徴量に変換する。変換された特徴量はパターン認識手法により,脳波データベースで定義付けられた感性指標値へ変換される。
 パターン認識手法では,脳波データベースを用いて脳波データと感性指標値の関係性を解析しており,アルゴリズムの構築までは計算サーバー等を用いる。アルゴリズムの構築が完了した後,タブレット端末上に実装することでリアルタイム処理を可能にしている。

図2 感性アルゴリズムの概念図

次回に続く-

参考文献

1) 満倉,“脳波による感性アナライジング”,電気学会誌, 136巻10号,pp。687-690 (2016)

2) 満倉,“生体信号のユビキタスセンシングと意味抽出および実利用化“,計測と制御,Vol 53, No。7 (2014)

3) 満倉靖恵, 関研一, 井上全人, 森田小百合, 西村秀和, “感性をリアルタイムで測り製品に生かす試み(“デライト”を科学する)”, 設計工学, Vol。 52, No。 7, pp。 434-438, 2017年7月



【著者紹介】
太田 英作(おおた えいさく)
株式会社電通サイエンスジャム 主席研究員

■略歴
2002年4月~2017年3月 株式会社NTTデータMSE
2017年4月~現在    株式会社電通サイエンスジャム