3. ADCPの新技術とその応用
3.1 流向・流速の効率的な計測
水中のより遠い(深い)場所までの流速を一度に計測するためには、低周波の音波を使用する必要がある。近年完成したNortek社Signature55には、独自開発された直径25cmの大型ADCP用ピエゾコンポジット探触子が搭載され、ADCPとしては低周波となる55 kHzと75kHzの音波を発信できる(図2)。長い計測可能距離と計測効率の両立を実現した探触子により高い指向性を発揮し、1000m先までの流速検知能力を持つ。また特筆すべきは、2種類の周波数を交互に発信可能である点である。55kHzを用いて1000mレンジの長距離(高深度)の流速計測を行い、75kHzを用いてより短い計測レンジ内を詳細に計測することが可能で、異なる周波数のADCPを2台必要とする計測を1台で実現できる。Signature55は気候変動に関わる外洋の環境調査の他、近年ではガス・油田プラットフォーム周辺の流況を把握するためにも使用されている。
Nortek社のその他の機器においては、短距離計測用Aquadopp Profiler、係留索に固定して運用する1点計測式流速計Aquadopp、センサ直下のサンプリング領域における流速を最大64Hzで高速に計測可能なVector、多機能型ADCPであるSignatureシリーズがラインアップされている。また、これらの機種には、深海(深度4000mまたは6000m)にて運用を可能にする、専用の内部電子基板とチタン合金製耐圧容器を持つDeep Water(DW)シリーズがオプションとして用意されている。深海では海底直上領域を除いて音波を反射する粒子が少ないため、DWシリーズには粒子から反射される音波を探触子で十分に検知できる専用設計がなされている。本オプションは深層流や海底資源の調査に活用されている。
3.2 海洋乱流の計測への対応
水中における乱流は、構造物に負荷を与え、場合によっては損壊につながることもあるため、水中構造物の維持管理の際には注視すべき現象である。また、気候予測モデルに使用する場合等、水中の運動エネルギーや物質の混合をパラメータ化するためにも計測が必要である。しかしながら、乱流は複雑かつ短時間に変化するため、測定には技術的に多くの困難が伴う。光による可視化手法は有効であるが、光の減衰に伴い検知距離が短くなってしまう。一方で音波はより長い距離を減衰少なく伝搬するため、乱流の複雑な流れを捉えるための良いツールとなり得る。Signatureシリーズは空間・時間の分解能を飛躍的に向上させたことで、挑戦的な乱流研究にも利用されている。
海洋の乱流においては特に鉛直方向(深度方向)の微小な速度変化が重要である。これは、鉛直方向の速度変化によって、異なる性質の海水の混合、運動エネルギーや粒子の交換が行われるためである。鉛直方向流速を詳細に計測可能なSignature1000で可視化された海中の速度分布を図に示す(図3)。狭い領域内において短時間で流速が変化していることを明瞭に見ることができる。
この他、Signatureシリーズ洋上風力発電設備等の水中構造物周辺の流れの監視や防波堤など護岸設備の設計前調査などで使用されている。
3.3 エコーサウンダーの搭載によりバイオマスの把握も可能に
海洋中のバイオマスの分布やその移動を検知することは、持続的漁業をはじめ、海洋の生態系、海流パターン、気候変動の海洋と気象への影響を理解する上で重要である。Nortek社では市場で初めてとなるシングルビーム・広帯域エコーサウンダーを搭載したADCPであるSignature100を2018年に発表した。機器の中央にあるエコーサウンダー専用探触子から、モノクロマティック(70 kHz、90 kHz、120 kHz)または周波数チャープ(90 kHz、50% BW)の音波を発信し、データ間隔は0.375m~4mで設定可能となっている。Nortek独自の音響処理技術を採用しているが、処理前のデータも出力可能で個々の研究ニーズに対応できる。従来、バイオマスの計測や魚・プランクトン等の挙動を知るためには魚群探知機、流れなどの物理環境を調べるにはADCPと、専用の機器をそれぞれ用意する必要があったが、本機器により1台で観測を行うことが可能となった(図4)。
3.4 水中ナビゲーション用DVL(ドップラー速度ログ)
DVLとは、対地速度を計測する超音波センサである。長い波長のパルスを3本以上海底に向けて発信し、ADCPと同様に海底からの反射波のドップラーシフトを計測することで、機器自身の移動速度を算出する(ボトムトラックと呼ばれる)。
DVLが算出する対地速度にはバイアスが発生しないため、長期の水中航行を行う移動体にとって非常に重要なセンサである。長期精度が求められるミッションでは、INS(慣性航法システム)やコンパスなどと接続して運用される。
Nortek社ではADCPの開発で培った技術を応用し、対地速力、対水速力、流速計測を全て実行可能でコンパクトなDVL1000とDVL500を開発した(図5)。これらは沿岸域(水深300m以浅)から高深度(水深最大6000m)の海域で、AUVやROVそしてダイバー用ハンドヘルドナビゲーション機器にまで搭載され、運用されている。
3.5 船舶用スピードログ
スピードログとは、船舶の対水速力を計測するセンサである。得られた対水速力は、操船用の情報の他、運用効率や燃料消費率の計算に用いられる。近年は、EU MRVの新しい規則やIMOのDCS規則に対応することが求められており、対水速力を含めた船舶のパフォーマンスの計測が注目されている。
高精度なスピードログを実現するには、下記の点について計測してデータ補正を行う必要がある。
1) 船体周辺に、船速、喫水、トリムにより動的に変化する流れの場の発生
2) 船体の動揺(傾斜)に伴う計測への影響
3) 船体と同行する流れから対水速度の分離
超音波ドップラー式のNortek Speed Log 500 kHz(NSL500、図5)では、内蔵センサにより水温、センサ水深、傾斜を常時計測している。これらの情報をもとに専用アルゴリズムにより上記の3項目について自動補正を行うことで、対水速度計測の精度を高めている。波浪や気象の影響がある外洋を航行した際において、NSL500は±0.5%の計測精度を実現した。
NSL500は認証 IMO.96(72)/DNV を取得済みであり、DVLの技術を応用した水深200m以浅の対地速力の計測と、ADCPの技術を用いた船体下方向における三次元流速の計測も可能である。内蔵水温計とこの流速データを用いれば、船舶の最適な燃料効率となる航行ルート決定にも利用できる。さらにNSL500は海水中の塩分の影響を受けずに対水速度の計測を行うため、電磁式(EM)スピードログやその他ドップラー式スピードログで注意が必要な塩分に関する各種校正が不要である。DVL同様に出力値の経時変化が発生しないため、再校正の作業も不要となり、より簡便に測定ができる。
高精度な船速の計測と各種内蔵センサのデータを用いて、船舶の状況を船上および陸上から詳細に把握でき、今後は安全で効率的な運航の実現や自動航行船等に活用されることが期待される。
4. 終わりに
ここでは、海洋における流速計測で広く使用されている超音波式流向流速プロファイラー(ADCP)の基本原理とその計測技術を用いたNortek社の新しい種類の超音波ドップラー製品およびその具体的な利用シーンについて紹介した。水の動きを計測するという目的で、長い間地球水圏環境の調査に利用されてきたADCP技術が、近年ではナビゲーション用のセンサへ応用されてきた。今後ますます海洋関連機器の自動化が進む中、いかに精度よく包括的にデータを得られるかが機器開発を行う上での鍵となっていくことが考えられる。
Nortekグループサイト:https://www.nortekgroup.com/
【著者紹介】
國分 祐作(こくぶ ゆうさく)
Nortekジャパン合同会社 代表
■略歴
2011年 独Leibnitz Institute for Baltic Sea Research 招聘研究員
2012年 JFEアドバンテック株式会社 入社
2014年 東京海洋大学大学院 海洋科学技術研究科 修了 博士(海洋科学)
2017年 Nortekジャパン合同会社 入社
2018年より現職