4.洋上風力発電技術の進展
4.1 風車の大型化
陸上風車と洋上風車との最大の違いはその大きさである。発電量は風車ブレードの受風面積に比例するので、風車を大型化すると出力あたりの建設費用や発電コストを低減させることができる。
陸上では、道路や交差点などが輸送可能寸法の制限となるため、風車の大型化には限界があるが、洋上では、積出港から洋上建設サイトに海上輸送できるので風車を大型化できる。欧州で2011年頃に建設された洋上風車は定格出力3.6MW、ローター直径104m前後のサイズが主流であったが、2019年には定格出力12MW、ローター直径220mの洋上風車の実証機が建設された。2020年以降は定格出力10MW超の大型風車が建設され、50階建の高層ビルよりも高い風車が洋上に立ち並ぶ時代に入る。尚、現在、定格出力10MW以上の大型洋上風車が製造できる主なメーカーは、Siemens-Gamesa,MHI-Vestas,GEである。
4.2 風車技術の進展
風車技術では、ギアボックス(増速ギア)を使わずレアアース磁石等を利用したダイレクトドライブも登場し、ナセルの軽量化と故障率の低減が図られている。大型風車用のブレードは、従来の製造方法とは異なり、長大な鋳型を利用した2分割成型と中空構造が採用されている。LiDAR(Light Detection and Ranging)を利用したリアルタイム風況観測データとデジタル制御システムの統合による発電量の最大化やIoT技術を駆使したシステム監視の高度化などが図られている。台湾や日本などの落雷に耐えられるClass-T仕様の風車も開発されている。
4.3 着床式洋上風車
現在まで商業発電ファームの主流は着床式で、主に水深の浅い北海南部の海域を中心に多くの洋上風力発電ファームが建設されている。海底基礎は、水深2~10m程度の浅瀬で重量基礎が用いられた時代もあったが、現在は水深30m前後の海底にモノパイル鋼菅を打込む方式が主流である。水深45m程度の深い海域になると4脚式ジャケットなどが用いられ、砂地海底では設置コストが安価なサクションバケットが海底基礎部に用いられた事例もあるが、現在では、モノパイル鋼管も最大直径が約11mに拡大されたため適用水深が深くなっている。
着床式洋上風車の設置工法の特徴は、建設用クレーンを装備したSEP(Self Elevating Platform)を使用することであり、SEP船はダイナミックポジショニング(DP)と複数のスラスターを装備した自走式船舶が主流である。現在は洋上の建設時間を短縮するために、風車タワーは予め積出港の岸壁で1本に組み立てられSEP船で積出される工法が主流になっており、風車大型化等に伴いSEP船のエプロンサイズの拡大とクレーン能力の増強が図られている。
4.4 浮体式洋上風車
世界で初めて商業風車が実海域で運転されたのは2009年にEquinor(当時の社名はStatoil)がNorway沖に設置したHywind Demo (2.3MW風車)で、商業風車の浮体式利用の歴史は約10年に過ぎない。現在では様々な型式の浮体が世界の海域で実証開発されており、浮体に用いられる材料も鋼材のみならず、2018年にフランス沖で海域実証運転を開始したFLOATGEN(出力2MW)の様にIdeolが開発したコンクリ―ト製浮体も登場している。
係留方式はカテナリー係留が主流である。海底アンカリングは海底地質や潮流条件等に適したアンカー等が選定される。海底地質が砂地の場合にはサクションバケットが用いられた事例もある。
浮体式の魅力は水深が深くても風況の優れた海域に設置できることである。現在の発電コストは着床式より高額であるが、欧州では今後10年以内に浮体式風車の発電コストが着床式風車並みに低減されるかそれを凌ぐと予想されている。例えば、浮体式洋上風力発電の商業化で先行しているEquinorの開発目標は2030年までに浮体式の発電コストを40~60ユーロ/MWh (4.8 ~7.2円/kWh (1ユーロ=120円換算))に低減することである。
今後、浮体式の発電コスト大幅低減の鍵を握るのは出力10MW以上の大型風車の浮体式利用だと思われる。例えば、既存造船所のドックサイズを超えた浮体の製造技術、クレーン船を用いずにスパー型浮体と風車を接合する技術、キールがぶら下るテトラ型浮体、新たなセミサブ型浮体など各種のコンセプトの中から有望な技術が選定され、海域実証試験を経たのちに、今後10年以内に実用化される可能性が高い。
浮体式の発電コストが着床式並みに低減されれば、北海北部海域、英国西岸沖、地中海沖、米国西岸沖、韓国南岸沖、日本などの水深の深い海域で浮体式洋上発電が普及すると期待されている。
4.5 洋上風力発電ファームの沖合進出と保守管理体制
欧州の洋上風力発電ファームの離岸距離は年々遠くなり水深も深くなっている。欧州で2019年に建設された洋上ファームの平均離岸距離は35kmで平均でも領海(沿岸基線から12海里以内または約22.2km以内)外側のEEZ(排他的経済水域)に位置しており、平均水深は33mであった。この様に欧州では洋上風力発電ファームが領海を超えた沖合に展開されており、離岸距離が100kmを超える洋上風力発電ファームも建設されている。
洋上風力発電は沖合に展開すると風況の良い海域を利用できる。例えば、平均風速が15%速い沖合では同じ風車でも発電量が50%以上増加するので、発電量の増加率が沖合進出による費用の増加率を上回れば発電コストを低減させることができる。また、沖合の洋上風力発電ファームは、陸上の系統接続に有利な場所を海底送電線の陸揚げ地点に選定できる特徴がある。
沖合プロジェクトでは洋上の保守管理も従来と異なる体制で実施されている。従来、離岸距離が近い洋上風力発電ファームでは、小型高速船をCTV(Crew Transfer Vessel)として利用していたが、沖合プロジェクトでは大型船をSOV(Service Operation Vessel)として利用し、洋上で生活しながら保守管理作業を実施し、2週間に1回程度、沿岸の基地に戻って要員交代や部品積込み等を行っている。SOVにはインターネットを完備した個室が60室程度装備され、1日8時間労働が基本である。また、会議室、ジム、プレイルーム、図書室などが完備され、良好な職場環境と生活環境が整備されている。デッキには可動式のWalk In Bridgeが装備され、船上から水平に歩いて風車タワーのドアから風車内部に入ることができ、従来の様に小型船から風車下部に設置された梯子を登って風車に乗り移る必要がないので、落下などの事故率低減にも寄与している。今後、欧州や米国では、沖合の洋上風力発電ファームが増えるため、SOVが普及すると思われる。尚、現場が領海外に位置するため乗船要員はパスポートを携帯する義務がある。
5.日本における洋上風力発電の課題と長崎県の取り組み
5.1 日本における洋上風力発電の意義と課題
日本でも洋上風力発電の導入目標を英国並みの規模に設定できれば、例えば合計出力40GWの洋上風力発電設備から電力需要の約10%に相当する電力供給、エネルギー自給率の向上、年間1兆円規模の新たな海洋産業の創出、地方経済の活性化と雇用創出などが期待できる。
日本で洋上風力発電事業を普及させ発電コストを低減させるためには、大規模な導入目標、長期間に亘る導入政策、投資環境の整備が必要である。また、系統接続容量の拡大、洋上風力の沖合利用と漁業との共生、領海外進出に関する新たな法整備などの課題があるため、それらを解決するための方策の検討と実施に取り組むことが重要である。
5.2 洋上風力発電の沖合進出と漁業との共生
日本では、2019年8月末時点で合計12GWを超える洋上風力発電案件が環境アセスメント手続きを実施中であるが、計画は離岸距離数km以内の沿岸海域に留まっている。一方、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が公表した日本の洋上風況マップNeoWins9)によれば、多くの沿岸海域の年間平均風速が7.5m/秒前後であるのに対し、沖合には年間平均風速9.5m/秒前後の高速海域や8.5m/秒前後の中速海域が存在している。このため、日本でも、洋上風力発電の沖合進出を図ることが重要であり、そのためには漁業との共生が課題になる。
日本では2018年12月に70年ぶりに漁業法が改正され、2020年12月から施行されることになった10)。狙いは、水産資源の適切な管理と水産業の成長産業化の両立で、この改正により地域漁業者以外の民間企業も漁業権を得ることが可能になると期待されており、今後、洋上風力発電ファームを利用した水産資源保護区の設定や洋上風力発電と養殖との共生事業などが実現する可能性がある。
特に沖合養殖では、最新技術による大規模化、遠隔通信技術の導入、安定電源の確保等などが必要になるため、洋上風力発電と沖合養殖との共生事業に関する研究や実証が重要になると考えられる。また、世界では人口増加に伴う食料需要増大への対応策として養殖が拡大しているが、日本では人口減少等に伴い需要が減少しているため、養殖魚等の輸出産業化による水産業の再生復活も重要な課題である。
5.3 長崎県における洋上風力発電と漁業との共生に関する取り組み
長崎県五島列島で最大の島である福江島では、沖合約5㎞の海域で出力2MWの浮体式洋上風車が2016年3月から商業運転を行っており、地元漁業者と洋上風力発電が共生している点でも大きな意味がある。
長崎大学海洋未来イノベーション機構では、バイオロギング技術を利用した洋上風車周辺海域における魚類の個体生態行動に関する調査研究、先端技術を導入した新たな養殖の開発、洋上風力発電と沖合養殖との共生に関する研究(三井物産環境基金助成研究)、潮流発電の海域実証開発などに取組んでいる。
我が国では、エネルギー政策の一環として、再生可能エネルギーの主力電源化、発送電分離、系統接続容量の増強検討等が推進されているが、地方でも、新たな養殖技術の開発や洋上風力発電との共生事例の創出などに向けた努力を続け、新たな海洋産業としての洋上風力発電の普及拡大と水産業の再生復活を目指すことが重要である。
参考文献
5) EWEA:”The European offshore wind industry ? key trends and statistics 2015(表紙)”
https://www.ewea.org/fileadmin/files/library/publications/statistics/EWEA-European-Offshore-Statistics-2015.pdf
6) Equinor : Hywind Scotland
https://www.equinor.com/en/news/hywindscotland.html
7) CTV (Crew Transfer Vessel) : Forbes
https://www.forbes.com/sites/jaredanderson/2017/03/01/you-cant-have-offshore-wind-power-without-petroleum/#6a31c2b44f2f
8) SOV (Service Operation Vessel):Esvagat homepage
https://www.esvagt.com/fleet/wind-service-operations-vessels/esvagt-faraday/
9) NEDO:NeoWinds
http://app10.infoc.nedo.go.jp/Nedo_Webgis/top.html
10) 水産庁:水産政策の改革について(漁業法等改正関係)
https://www.jfa.maff.go.jp/j/kikaku/kaikaku/attach/pdf/suisankaikaku-18.pdf
11) 崎山沖2MW浮体式洋上風力発電所について
https://haenkaze.com/about/about-facility/
12) 筆者撮影: 五島沖に浮かぶ崎山風力発電所の浮体式風車「はえんがぜ」の外観写真
13) 五島市提供: 「はえんかぜ」下部の浮体と周辺に集まる魚類の海中写真
【著者紹介】
織田 洋一(おだ よういち)
1952年9月10日生まれ
国立大学法人長崎大学 海洋未来イノベーション機構 コーディネーター
■略歴
1977年 4月 三井物産株式会社入社
金属資源本部(新規事業開発、リサイクル事業推進などを担当)
2008年 4月~ 三井物産戦略研究所
(洋上風力発電、海流・潮流発電、海底資源開発などを担当)
2017年10月~ 国立大学法人長崎大学 海洋未来イノベーション機構
■社会における活動
2013年10月~2015年3月 名古屋大学客員教授
2015年11月~2016年3月 内閣官房 総合海洋政策本部 参与会議
新海洋産業振興・創出PT
洋上風力発電・海洋再生可能エネルギーWG
2016年 1月~2017年3月 文部科学省科 科学技術・学術審議会
海洋開発分科会 次世代深海探査システム委員会
2016年 3月~2018年3月 国立研究開発法人 海洋研究開発機構
イノベーション促進プログラム選考メンバー
2019年10月~2020年3月 内閣府 総合海洋政策本部 参与会議
科学技術・イノベーション スタディグループ
2019年12月~2020年3月 戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)第2期
革新的深海資源調査技術 ピアレビュー会議 など