量子型赤外線センサの基礎と最近のトピックス(2)

(株) 富士通システム統合研究所
研究企画部 中里 英明

2. 量子型赤外線センサの最近のトピックス

量子型赤外線センサの最近のトピックスを以下に記す。

2.1. マルチスペクトル化
複数波長の赤外線を検知できるセンサにするマルチスペクトル化は、分光的な情報種が増えることで、取得可能な情報量の質・量両面での増大が期待されるため、古くから取り組まれて来たが、同一面に特性の異なる検知素子を形成する技術の進展により、時空アラインメントが取れた検知が可能なセンサが登場している。
特にMWIRとLWIRのデュアル・バンドは、前者が高温目標に対する適性が高く、散乱減衰に弱いが水蒸気吸収に強いのに対して、後者が低温目標対する適性が高く、水蒸気吸収に弱いが散乱減衰に強いことから運用条件を拡大する補完性や、両者の放射輝度比を取ることで絶対温度が分かることから温度情報に基づく物体識別能力の獲得が追求されている(図18)。

図18. 絶対温度放射計測

構造的には入射方向に積層するものと同一面内にモザイク配置するものがある。検知素子材料としては、組成や積層厚みで検知波長を制御できるHgCdTeや超格子(タイプⅠ、Ⅱ共に)での取組みが盛んである。

2.2. SWIR検知の進展/3-Dイメージング化
SWIRを検知するための検知素子材料としてはInGaAsが最も代表的なものだが、画素当たりコストが赤外線波長帯の中で最も高かったことが普及を抑制していた。近年、暗視能力の増強を追求している米軍の精力的な低コスト化への投資(図19)5)等により、広く使われ出している。一つ短所を挙げるとすれば、通常、カットオフ波長が1.7μmまでとなり、SWIRの大気の窓長波長端である2.4μmまでが利用できない点がある。これにはHgCdTeと超格子が対処可能であるが(図20)11)-14)、コストや3-Dイメージングに用いるアイセーフ・レーザとの整合等も含めて暫く模索が続きそうである(図21)15)

図19. 米軍のSWIR検知器開発プログラム5)
図20. SWIR検知波長延伸の取組み11)-14)
図21. SWIRレーザを用いた3-Dイメージング15)

2.3. 多画素・小画素ピッチ化
同じ角度分解能に対して視野角を広げる、あるいは同じ視野角に対して角度分解能を高めるのに画素数を増やすことが求められている。その際、検知素子サイズがそのままでは検知素子アレイ・チップが大きくなり、クーラへの負荷が増えたり、起動前の常温と動作時の極低温の間の冷却サイクルに伴う応力が大きくなったりするので、検知素子サイズを小さくする小画素ピッチ化が同時に取組まれる。
この時、回折限界分解能を考慮すると、波長10μmの赤外線の最小集光スポット径~λ/Fno、λ: 使用波長、Fno: 光学系F値、で光学系の明るさがF値>~1であることを踏まえて検知素子サイズ下限を10μmとして来た。これは検知素子サンプリング制限設計と呼ばれ、光学的な情報変化(明暗)に対して1サンプルしか配分されておらず、フェージング(信号の強弱とサンプリングの位相関係によって検出信号強度が変動する。強い部分と弱い部分を半分ずつ取り込む位相関係では信号強度が0になる)が起こる。この問題は古くは欧州で重視され、光学的に縦横半画素シーケンシャルにずらしながら繰返し撮像するマイクロスキャニング等が行われたりしたが、近年、米国でも回折限界設計と呼ぶ、光学系の最小スポット径に対して2サンプル、検知素子2つを配する設計を推奨し、LWIRで5μmピッチを目指す動きがある(図22)16)

図22. 米軍の多画素・小画素ピッチ化の目標16)

2.4. 変換効率/特性一様性 向上
センシング性能を高めるには、より短時間で多数の光励起電子を集め時間的ノイズを低減する変換効率の向上と、目標と背景の弁別性を高める(空間的ノイズ低減)検知素子間の一様性向上の両方が重要であるが、得てして両者は背反する傾向にある。
例えば変換効率の高いHgCdTeはⅡ-Ⅵ続化合物半導体の精密な組成制御が難しいために素子間の特性一様性を高めるのが難しく、軟らかく脆いためハイブリッド接続されるSi製ROIC(Read-Out Integrated Circuit、読出し集積回路)との熱膨張差応力で特性変動も起こし易い。他方QWIP(タイプⅠ超格子)は半導体製造技術の成熟度が高いⅢ-Ⅴ族化合物半導体を用いているため特性安定性が高いが、検知可能な赤外線の方向制約や基底状態電子供給経路の制約で変換効率が上げ難い。
これらを克服するためにMBE(Molecular Beam Epitaxy、分子線エピタキシ)等の製造技術改善、C-QWIP(Corrugated Quantum Well Infrared Photodetector、皴状量子井戸型赤外線検知器)やR-QWIP(Resonator Quantum Well Infrared Photodetector、共鳴体量子井戸型赤外線検知器)等の検知素子構造の工夫による変換効率改善が取り組まれて来ている(図23)17),18)

図23. C-QWIPとR-QWIP17),18)

現在、最も期待されている取組みの一つが、Ⅲ-Ⅴ族半導体の製造技術成熟度と基底状態電子供給経路の制約を排除した検知素子構造を併せ持つT2SL(Type II Super-Lattice、タイプⅡ超格子)である。

2.5. ROICの3次元化
センサの感度制約因子の一つに蓄積容量リミットがある。通常は、赤外線のフォトン・エネルギーを受け取って励起した光電子を蓄積すると、その一定割合が目標と背景のコントラストに対応する信号で、平方根が量子揺らぎに起因する理論的な時間的ノイズとなる。したがってS/Nは蓄積電子数の平方根に比例するので、なるべく多数の光電子を蓄積できることが望ましい。ところが一般的な検知素子アレイ・センサでは、各素子に対応する面積の一部しか蓄積容量に割り振れず、特に常温シーンからの赤外線フォトン・レートが大きいLWIRでは、例えば一般的なテレビのフレーム・レートに対応する33 msに対して1 ms程度以下で蓄積容量が光電子で一杯になってしまう。これを蓄積容量リミットといい、露光時間的には未だ感度を上げられるのに、ROICにおける制約でリミットがかかる状態が起こる。
これを解消する取組みの一つとして、蓄積容量形成を面内に止めず、それと垂直な方向にもMEMS技術を活用して形成するというものがある(図24)19)

図24. MEMS活用によるROICの3次元化19)

さらに最近では、パラレルA/Dの集積は困難だが、最少電子が蓄積する毎にカウント・アップして蓄積容量をリセットするタイプのA/D+カウンタを集積することでディジタル的に蓄積容量制限を解除したDROIC(Digital Read-Out Integrated Circuit、ディジタル読出し集積回路)の開発が進められている(図25)20)

図25. DROIC20)

2.6. HOT化
量子型の一般への普及を妨げる要因の一つとして極低温への冷却の必要性がある。クーラ分のSWaP(Size, Weight and Power、サイズ・重量・電力)の増大と、クーラMTTFに起因する保守とそれに伴うLCC(Life-Cycle Cost、ライフサイクル・コスト)の増大がネックとなる。
これを緩和する手段の一つとしてHOT(High Operating Temperature、高動作温度)化がある。検知素子温度を下げなければならない理由は検知素子自体の温度に応じて生ずる熱電子を抑圧する必要があるからであるが、それを検知素子構造で抑圧することが取り組まれている。熱電子が流れることを阻止する障壁層を組込む取組みである(図26)21)
液体窒素温度に冷却するもののMTTF(Mean Time To Failure、平均故障時間)が数千時間だったのが、クーラ自体の長寿命化と相俟って数万時間が比較的広く見られ、現在、25万時間を目指すプロジェクトが進められている。

図26. HOT化センサによって撮像した画像例21)

2.7. 低コスト化技術
最後に劇的な低コスト化を目指す取組みを紹介したい。此処で紹介するのは2つあり、化学的な製法で高額な設備や管理・操作人員を不要とするCQD(Colloidal Quantum Dots、コロイド状量子ドット)と、古のPbs、PbSeを復活させる取組みである。
CQDは溶液をSi-ROIC基板上に塗布、乾燥させることによってFPAが作れてしまう技術で、未だ初期段階であるが、爆発的な広がりにつながり得る技術である(図27)22)

図27. CQD22)

PbSやPbSeは赤外線センサ黎明期に肩撃ち式ミサイルのシーカに使われていた検知素子材料である。当時は単素子センサに光学的な目標方向検出手段を組合せて使っていたが、高性能の凝視型センサとして復活させようというものである。PbSやPbSeは極低温冷却が不要という大きな利点を持っており、DARPA(Defense Advanced Research Projects Agency、国防高等研究計画局)のWIREDプログラムの下で開発が進められている(図28)23)

図28. WIREDプログラムの下で開発されたPbSe23)

3. まとめ

以上、量子型赤外線センサの基礎と最近のトピックスを紹介した。近年、非冷却(熱型)センサが一般にも宣伝されるようになり、赤外線画像に対する認知が高まって来ているように思う。そうした赤外線イメージング・センサ技術の最先端は量子型が牽引しており、様々な信号処理による有用情報取得の進化が大いに期待されると共に、新規アルゴリズムに必要とされる撮像レート、ダイナミック・レンジ、波長選択性、レーザ等とのマルチモード動作等に応えられるセンサの高機能化、高性能化の重要性の一端を感じ取っていただければ幸いである。

参考文献
5) D. Acton et al., “Large Format Short Wave Infrared (SWIR) Focal Plane Array (FPA) With Extremely Low Noise and High Dynamic Range,” Proc. of SPIE Vol. 72983E (2009)
11) https://axiomoptics.com/llc/c-red-2-high-speed-cooled-swir-ingaas-camera/
12) https://www.aim-ir.com/en/applications-products/security/modules/eswir-idca/eswir-64015.html
13) http://phasicscorp.com/product/lens-testing-sid4-eswir/
14) https://www.xenics.com/products/xeva-eswir-series/
15) Y. Reibel et al., “Small pixel pitch solutions for active and passive imaging,” Proc. of SPIE Vol. 83532G (2012)
16) R. Driggers et al., “Infrared Detector Size – How Low Should You Go?” Proc. of SPIE Vol. 83550O (2012)
17) D.P. Forrai et al., “Corrugated QWIP Developments for Tactical Infrared Imaging,” Proc. of SPIE Vol. 666010 (2007)
18) J.N. Sun & K-K. Choi, “Fabrication of resonator-quantum well infrared photodetector focal plane array by inductively coupled plasma etching,” Opt. Eng. 55 (2), 026119 (2017)
19) N.K. Dhar & R. Dat, “Advanced Imaging Research and Development at DARPA,” Proc of SPIE Vol. 835302 (2012)
20) M. Balckwell et al., “Digital ROIC developments,” Proc. of SPIE Vol. 10170Z (2017)
21) M. Razeghi & S.A. Pour, “Revolutionary development of Type-II GaSb/InAs superlattices for third generation of IR imaging,” Proc. of SPIE Vol. 835310 (2012)
22) A.J. Ciani et al., “Colloidal quantum dots for low-cost MWIR imaging,” Proc. of SPIE Vol. 981919 (2016)
23) T. Pace, “Overview of ICAMR – International Consortium for Advanced Manufacturing Research,” Florida Photonics Cluster Meeting, Dec. 8, 2016

【著者紹介】
中里 英明(なかざと ひであき)
株式会社 富士通システム統合研究所 研究企画部

■略歴
1980年03月 東北大学理学部天文および地球物理学科第1(天文)卒
1980年04月 富士通(株)入社。無線事業部・特機技術部に配属。宇宙・防衛用赤外線機器開発に従事
1981年01月 (株)富士通システム統合研究所に出向。防衛用赤外機器研究・開発に特化。以来、防衛用光波システムの研究・開発に従事。
2011年度~ 防衛装備庁電子装備研究所研究試作「遠距離探知センサシステム」に参画。
2012年度~ 「戦闘機の概念設計および3次元デジタル・モックアップ」等将来戦闘機関連事業に参画。
2004年06月~(一財)防衛技術協会「防衛用赤外・ミリ波技術研究部会」および後継の「赤外・ミリ波センシング研究部会」幹事。
2016年06月~(一社)日本赤外線学会執行役員。
2016年12月 富士通(株)退職、(株)富士通システム統合研究所に再雇用。継続して光波センシング・システムの研究・開発に従事。
2019年05月 (一社)日本赤外線学会理事副会長。