嗅覚センサとロボット(2)

東京農工大学
生物システム応用科学府
教授 石田 寛

3.匂い・ガス源を探索するロボットの研究動向

匂いやガスの発生源を探索するロボットの開発は、1990年頃に始まった。理論的にはガス濃度勾配をたどれば、ガス濃度が最大となるガス源の位置に到達できるはずである。そのため初期の研究では、複数のガスセンサをロボットに搭載して応答を比較し、ガス濃度が高くなる方向へロボットを誘導することを試みた例が多い。しかし、実際に実験をしてみると、ロボットがガス源に到達できないことが多い。ガス源から風下に帯状に延びるプルームの中心軸上では、ガス濃度がガス源からの距離におおよそ反比例する6)。ガス源の近傍では距離の増加と共に急激にガス濃度が低下するが、ガス源から離れるとガス濃度はゼロに漸近し、ロボットの前後や左右に取り付けたガスセンサの応答差は非常に小さくなる。その上、プルームが不規則に蛇行するため、ガス源に近い側にあるセンサが常に大きな応答を示すとは限らない。

そこで、前節の図2に示したように、ガスセンサに加えて風向風速計をロボットに搭載する。図4に示すように、ガスや匂いのプルームを風上にたどるようにロボットを動かして発生源位置を突き止めるアルゴリズムが提案された2,7)。この手法は、性フェロモンのプルームをたどるオスの蛾の行動8)を模倣している。オス蛾は、メスの蛾が空気中に放出した性フェロモンの分布をたどって飛行し、メスの場所を突き止める。まず、性フェロモンを感知すると、オス蛾は風上に向かう。フェロモンは風に運ばれて広がるため、風上に向かえばフェロモンの発生源であるメス蛾へと近づくことができる。そこでロボットも、図4に示すようにガスを検知したら風上の方向に移動するようにプログラムする。この時に、ガスの濃度勾配も検出し、なるべくプルームの中心軸付近をたどるように、風上から少し斜めに傾いた方向に移動するようにする。しかし、風向が変動してフェロモンのプルームが蛇行すると、たどっていたプルームが別の場所に移動してしまうことがある。このような場合にオス蛾は、風を横切る方向に振幅を広げながら左右を行き来し、プルームを探す。この行動は、キャスティングと呼ばれる8)。ロボットも、ガスが検出されなくなったら、風を横切る方向に左右を行き来するようにする。プルームに入ってガスが検出されたら、再び風上に移動する。

図4 ガスのプルームを風上にたどるロボットの移動アルゴリズム
(IEEEの許諾を得て文献7)より転載)

ガス源の探索結果の一例を図5に示す。屋内のホールに4 m四方の実験領域を用意し、その中央にガス源を設置して、エタノール飽和蒸気を500 mL/minの流量で放出した。図中の太い線はロボットが風上に向かっていた際の移動軌跡を表し、細い線はキャスティングを行っていた際の軌跡を表す。この実験環境における気流の速度は5 cm/s程度であり、人間には感じられないほど微弱であるが、超音波風向風速計を用いれば気流の方向を正確に計測することができる。図5に示したロボットの移動軌跡を見ると、ロボットがプルームをたどっている際に何度か風向が変わっていたことが分かる。ロボットがキャスティングを行った結果、風向の変動によって移動したプルームの新たな位置を探し出すことができ、再びプルームをたどってガス源に到達することに成功した。

図5 ガス源を探索するロボットの移動軌跡(IEEEの許諾を得て文献7)より転載)

しかし、風向が大きく変化してしまうと、キャスティングを行ってもプルームを探し出すことができず、ガス源の探索に失敗してしまう。風向が安定した環境では100%近い探索成功率が得られるが、図5の実験を繰り返した際の探索成功率は50%ほどの低い値となった。ロボットは、蛾のように機敏にキャスティングを行うことができない。そこで最近では、ガスの空間分布をたどってロボットを実際に移動させるのではなく、ロボットが得たセンサデータを使い、離れた位置から信号処理によりガス源位置を推定する試みが行われている。例えば、ロボット上のガスセンサが反応を示した際に、風速計の時系列応答を用いれば、ガスがどのような経路をたどってロボットの位置まで運ばれてきたか、その軌跡を逆算することができる。ロボットを移動して、別の場所でガスが検出されたら、その位置から再び、ガスが運ばれてきた経路を逆算する。複数の地点から逆算した経路はどこか1点で交わるはずであり、その場所がガス源であると推定することができる。この手法により、Liらは、屋外環境に用意した10 m四方の領域において、79%の成功率でガス源を探索することに成功した9)。Neumannらは同様のアルゴリズムをドローンに搭載し、ガス源の17 m風下から飛行させ、83.3%の確率でガス源位置を推定することに成功した10)

筆者らは、機械学習を用いてガス源位置を推定することを試みている11)。図6では、緑色の紐の交点の位置に合計30個のガスセンサを並べ、その領域の中央に超音波風向風速計を設置している。ガスセンサと風向風速計の時系列応答を使い、どのガスセンサの近くにガス源があるか、深層学習ニューラルネットワークを使って判定した。前節の図3に示したように、ガス源に最も近いガスセンサが最も大きな応答を示すとは限らない。ガス源の位置を様々に変えて実験を行った結果、応答が最大のガスセンサの位置にガス源があると単純に判定した場合は、45.6%の正解率しか得られなかった。しかし、センサの応答パターンを深層学習ニューラルネットワークに学習させると、95%の正解率でガス源の位置を判定することができた。今回は多数のガスセンサをフィールドに配置した。ガスセンサを搭載したロボットを動かしてセンサデータを収集した場合にも、同様の手法を適用できるものと期待される。

図6 ガスセンサを屋外に並べてガス濃度分布を計測した様子(文献11)より転載)

4.おわりに

嗅覚を備えたロボットの研究開発は、その実現可能性を探る基礎的な段階から、具体的な応用先を見据え、現実に近い環境で実験が行う段階へと移行しつつある。情報工学や信号処理工学の各種技法を駆使し、現実の複雑な環境でも確実に匂い・ガスの発生源を探索できるアルゴリズムの開発が模索されている。地雷探知犬の代わりとなるロボットを実現するためには、爆薬の匂いを高感度に検知するセンサの開発を待つ必要がある。ガス源探知ロボットの現実的な応用先として、埋立地においてゴミの生物分解により発生するメタンの計測が注目されている12)。メタンは強い温室効果を持ち、埋立地を適切に管理するためにもメタンの発生量をモニタリングすることが求められているが、広大な埋立地のどこかでメタンが発生しているか分からない。メタンであれば既存のセンサで高感度に検出できるので、ロボットを使いメタン発生箇所を特定することができると期待されている。他にも工場において一酸化炭素濃度の分布を測定するなど、作業環境測定への応用も試みられており、近い将来の実用化が期待されている。

参考文献
6) 日野幹雄, 流体力学, 朝倉書店 (1992)
7) A. Murai, K. Yoshimoto, R. Takemura, H. Matsukura, and H. Ishida, Proc. IEEE Sensors, 1746–1749 (2015)
8) A. Mafra-Neto and R. T. Cardé, Nature, 369, 142–144 (1994)
9) J. G. Li, Q. H. Meng, Y. Wang, and M. Zeng, Auton. Robot., 30, 281–292 (2011)
10) P. P. Neumann, V. Hernandez Bennetts, A. J. Lilienthal, M. Bartholmai, and J. H. Schiller, Adv. Robot., 27, 725–738 (2013)
11) C. Bilgera, A. Yamamoto, M. Sawano, H. Matsukura, and H. Ishida, Sensors, 18, 4484 (2018)
12) V. Hernandez Bennetts, A. J. Lilienthal, P. P. Neumann, and M. Trincavelli, Front. Neuroeng., 4, 20 (2012)

【著者略歴】
石田 寛(いしだ ひろし)
東京農工大学/生物システム応用科学府
教授 博士(工学)

■略歴
1997年 東京工業大学大学院理工学研究科 博士後期課程修了
   同年 東京工業大学 工学部電気・電子工学科 助手
1998年 ジョージア工科大学 ポスドク
2000年 東京工業大学 大学院理工学研究科電子物理工学専攻 助手
2004年 東京農工大学 大学院工学教育部機械システム工学専攻 助教授
2017年 東京農工大学 大学院生物システム応用科学府 教授 現在に至る