アーカイブ

ボッシュ、自動運転向けのセンサラインナップを拡充

ボッシュはこのたび、カメラとレーダーに続く第3のセンサ技術として、長距離LiDARを開発し、生産段階に入ったと発表した。

これは、車載用途に最適化されたボッシュ初となるLiDAR(Light Detection And Ranging)と言えるとのこと。自動運転(SAEレベル3~5)に対応した走行には、レーザー光による距離測定技術が必要不可欠だが、同社の新しいセンサは、高速道路でも市街地でも、長距離、近距離の検知が可能だという。ボッシュでは、規模の経済性を活かすことで高度な技術の価格を抑え、マスマーケットに対応したいと考えているとしている。

ニュースリリースサイト:https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000271.000005028.html

自動運転バスの実証実験で「オンデマンド交通サービス」を採用

PerceptIn Japan(同)(以下パーセプティン)は、現在行っている奈良県奈良市の平城宮跡歴史公園での自動運転バスの実証実験において、富士通(株)のオンデマンドでの配車を実現するクラウドサービス「FUJITSU Future Mobility Accelerator オンデマンド交通サービス」を採用し、1月18日より運用を開始した。

今回の実証実験では、パーセプティンが開発した自動運転技術と低速電動車両を活用した「マイクロ・ロボットタクシー」(注1)の現在位置や定員人数といった情報と、利用者の人数、時間、乗降する停留所といった予約情報を「オンデマンド交通サービス」上でマッチングさせることで、自動運転で周遊する車両と複数停留所での乗降ニーズに応じて効率的に配車することが可能となるかを検証するとのこと。

■実証実験の概要
1.期間
 2020年1月18日、19日、2月1日、2日、15日、16日、29日、3月1日

2.実施場所
 平城宮跡歴史公園(所在地:奈良県奈良市)

3.実証内容
 本実証実験では、停留所にいる予約受付担当が利用者の人数、時間、乗降する停留所といった予約情報を、運行車両内にいるセーフティードライバー(注2)が実際の乗降人数などの情報を専用のアプリケーションに入力します。それらの情報と運行車両の現在位置や定員人数などの情報を「オンデマンド交通サービス」上でリアルタイムに自動的にマッチングさせることで、自動運転バス利用者の需要に応える配車・運行を適正に行えるかを検証する。

パーセプティンは、自社開発した自動運転用のシステムとセンサを、最大速度20キロ/時程で走行可能な電気自動車に搭載し、セーフティードライバーを配備し、平城宮跡歴史公園を自動運転で周遊。また、場内に3つの停留所を設置し、予約受付担当を配備する。

富士通は、各停留所の予約受付担当が使用する、乗車定員に応じた予約受付、運行車両の予約情報管理や位置情報管理のためのオペレータアプリを提供する。また、セーフティードライバーが使用する、各停留所で乗降する予約情報閲覧、乗降者を管理するためのドライバーアプリを提供するとのこと。

(注1)マイクロ・ロボットタクシー:
 最寄り駅と自宅間のラストワンマイル、地域住民の生活の足、そして観光スポット間の移動など、公共交通や既存の交通手段を補完する、新しいコンセプトのマイクロモビリティ。
(注2)セーフティードライバー:
 自動運転車両に同乗し、タブレット端末操作によるスタート/ストップ指示、及び緊急時の対応を行う者。

ニュースリリースサイト(富士通):https://pr.fujitsu.com/jp/news/2020/01/9.html

500mの遠距離計測が可能な“次世代3D-LiDARセンサー”を開発

パイオニアスマートセンシングイノベーションズ(株)(以下、「PSSI」)は、キヤノン(株)と自動運転レベル3(条件付き自動運転)以上の自動運転の実現に不可欠とされる「3D-LiDAR センサー」を共同開発しており、パイオニアの MEMS ミラーを用いたスキャン技術とキヤノンの光学技術を用いた量産モデル(波長 905nm)を「CES2020」に出品している。量産モデルとともに出品した“次世代3D-LiDARセンサー”は、両社のコア技術をベースにSK Telecom社(韓国)の送・受信技術を加えることで計測距離を大幅に伸長させた波長1550nmのモデルで、500mの遠距離かつ高解像度な計測が可能という。 (画像:‟次世代3D-LiDARセンサー”〔「CES2020」出品試作機〕)

2020 年秋から量産を開始するモデル(準広角短距離用、中距離用、長距離用、広角タイプ)に、次世代の遠距離モデルを加えることで、セキュリティ、交通監視用途や、路側センサなどのモニタリング用途、自動運転車両における遠距離計測など、さまざまな市場、利用者のニーズに対応することが可能になる。また、各 LiDAR センサを使用して物体検知や自車位置推定などを高精度に行えるソフトウェアも開発、提供が可能。 PSSI は、パートナー企業と技術を持ち寄り、“次世代 3D-LiDAR センサー”のさらなる高性能化、小型化およびソフトウェアの開発を進め、2021年以降の実用・商用化を目指すとしている。

ニュースリリースサイト:
https://jpn.pioneer/ja/corp/news/press/2020/pdf/0108-1.pdf

高性能、低コストなL3/L4自動運転アプリケーション向け量販用LiDARセンサ

Livox Technology Company (Livox)は、高性能で大量生産可能のLiDAR センサである Horizon と Tele-15 を発表した。
(写真:497m離れた建物のTele-15点群サンプル)

HorizonとTele-15は、L3/L4自動運転に応用できるよう設計された高性能なLiDARセンサ。

Horizonは、最大260m※1の検知範囲と81.7°の水平方向FOV (HFOV)で、距離10mの4車線の範囲までカバーでき、積分時間0.1秒での FOVカバー率は、レーザー線数64本のメカニカルLiDARと同等。 5つのHorizonユニットを使用することで、360°すべての範囲をカバーでき、コストはレーザー線数64本のメカニカルLiDARの5%で済むとのこと。

高度長距離検知用に設計されたLivox Tele-15は、コンパクトかつ高精度で耐久性も備えている。また、リアルタイムでのマッピング範囲も大幅に拡張されてる。 Tele-15は、 15°の円形FOVで0.1秒に99.8%の領域をスキャンでき、これは現在市販されているレーザー線数128本のメカニカルLiDARセンサの性能よりも優れている。また、最大500m※2の検知が可能であるという。

注釈
※1 25°Cの環境下で、レーザーの照準を直接定めて測定 (反射率 80%)。
※2 25°Cの環境下で、レーザーの照準を直接定めて測定 (反射率 80%)。

ニュースリリースサイト:https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000177.000015765.html

感性をはかる(1)

信州大学 繊維学部 教授
上條 正義

1.はじめに 

人を取り巻く環境の中で人が感じる快適を他者に伝える情報とする計測評価技術を我々は感性計測と称して研究している。人は生活環境の中で多くの刺激を受容している。製品との関わりにおいても、製品の特性や性能由来の温熱、音・振動、光、接触・圧迫などの刺激を知覚することによって製品に対する心地良さや悪さを評価している。しかしながら、我々は、実際にどんな刺激をどの程度受けているのかを明確に把握できていない。そして、呈示された刺激による心理的および生理的な影響も定量的に十分に把握できていない。モノと人、環境と人、人と人との関係性を把握することができれば、人として充実した生活を快適に過ごすことができるのではないだろうか。時間の流れの中で、我々の周囲の環境は変化していく、この変化に対応するように我々の心も身体も変化していく。これらの変化は、人を取り巻くビッグデータであり、これを採取し、様相の変化をとらえることが「感性をはかる」ことにつながるのではないだろうか。

2.感性工学

1998年9月に人の感性と科学技術で社会に資するモノをつくる工学とを融合した名称を持つ日本感性工学会が設立された。日本の経済産業省は2007年5月に感性価値創造イニシアティブを国家宣言した[1]。「性能や品質が良いだけではモノは売れない。」生活者に欲しいと思わせなければモノは売れない時代になっている。人は、自分が持つ感性によって、身の周りのモノやコトの本質を感じとり、それに感動や共感することによって納得感や満足感、充実感を想起することができる。この人としての能力を活かし、人の心を動かすには、従来の物質的な価値ではなく、モノコトを作り出すプロセスを価値対象とした感性価値が必要とされる時代になっている。感性価値創造イニシアティブでは、感性価値は、従来の価値軸(機能・品質・価格)を超えた「第四の価値軸」として人間の感性に働きかけ共感・感動を得ることで顕在化する価値であるとしている。これからの世界にとって、感性を活かしてモノコトを創る産業社会システムの構築が必要であることが広く認知され、各種産業において、感性価値を創造するための科学技術として感性工学が注目されるようになっている。

感性価値を創造するための方法として考えられているのが「共創」である。共創は、モノづくりのコミュニティを形成し、情報を共有し、相互理解しながら、共働しモノを作り上げる経験である。相互理解のためには対話を支援する技術が必要である。共創における相互理解は自分と他者とのより良い関係を築くための関係性形成プロセスである。人は、自らの感性で、自己と他者、社会、環境などと良い関係を得るための行為をとる。自分を取り巻くすべてのモノとの対話・やりとりが円滑に行え、関係性形成を支援する技術やしくみの総称が感性工学である。

感性価値の高い製品や商品などのモノづくりにおいて、使い手と作り手が一緒になってモノやコトを作製するコミュニティを形成して、使い手、作り手の共創によって創造するプロセスつくりができれば、この共創プロセスにおいて体験する情報の共有、共感、感動から作り手も使い手も充実感、納得感、やりがいを感じ、性能や品質というモノの基本価値に加えて、感性価値という付加価値をモノづくりに付与できる。

3.感性計測

共創のコミュニティにおいて、コミュニティに参加している人々が相互理解するために大切なことは、円滑な対話が行えるかどうかである。人と人とが相互の意図を理解し、自分の思いを伝えることは非常に難しい。伝わるように伝えることは、非常に高度なコミュニケーション技術である。新生児や脳機能障害者との対話は、言語による対話ではできない。対話する相手を理解するには、相手の状態の計測し、その状態を他者につたえる表現方法が必要である。発話による対話だけで良い関係性を構築することは難しく、そのため、多様な対話のあり方が必要である。健常な我々自身であっても、自己の健康は把握できておらず、自己の身体との対話はできていないことが多い。新しい対話を構築するための尺度とその表現の方法を検討するのが感性計測である。対話の方法が多様にあるほど、関係性形成は促進される。これをモノつくりにおいて考えてみると、人とモノとの関係性は、使い勝手、心地よさ、快適性、ユーザビリティ、ストレスなどの言葉で換言されるであろう。製品との関わり合いの中で製品に対してどのような印象を持つのか、製品が持つ材料特性由来の刺激によって、健康に対してどのような影響を受けているのかを把握し、それを自らと他者に伝えることが出来れば、モノづくりにおける対話支援になる。着心地評価を例にあげると、衣服が持つ材料特性由来の被服圧迫、被服内の温熱、被服材料の表面あらさなどの刺激の感覚統合が着心地の要因である。しかしながら、我々は、着衣時にどんな刺激をどの程度受けているかを定量的に明確には把握できていない。この刺激によってどんな印象を持つのかを何となく評価できたとしても、健康面に対して良い刺激なのか、悪い刺激なのかを把握できていないことが多い。着衣におけるストレスは、意識されない衣服からの刺激が身体に蓄積され、それがやがて、体調不良や疾病を誘発することによって認識する。製品から受ける刺激、それに伴う心理反応、生理反応をそれぞれ計測することによって何となく感じていることを明示化し、対話につなげることによって製品を評価することができる。

次回に続く-

参考文献
1) 経済産業省, 感性価値創造イニシアティブ―第四の価値軸の提案 感性☆21報告書, 経済産業調査会, (2007)

【著者略歴】
上條 正義(かみじょう まさよし)
博士(工学)
信州大学繊維学部、先進繊維・感性工学科、教授

■略歴
1989年 信州大学大学院繊維学研究科修了
1990年 東京理科大学諏訪短期大学 生産管理工学科 助手
1996年 信州大学 繊維学部 感性工学科 助手
2001年 信州大学 繊維学部 感性工学科 助教授
2009年 信州大学 繊維学部 感性工学科 教授
現在に至る
■専門分野
感性工学、感性計測、計測工学、繊維工学
■学会活動
日本感性工学会 理事・副会長 (2019-)
日本繊維製品消費科学会 理事 (2019-)

脳波解析に基づいた超可聴音源の感性計測(1)

長岡技術科学大学 大学院工学研究科
教授 中川 匡弘

1.はじめに 

20世紀末期の急速な産業構造のグローバル化に伴い、サプライチェーンを基軸とする垂直統合型からバリューチェーンを主体とする水平分業型のモノづくりに移行する中で、21世紀のモノづくりの基軸である価値創造に資する技術基盤の確立が急務とされている1)
上記のような観点から、最近では、音響機器におけるハイレゾ機器がグローバル化に埋没しないための新規付加価値として注目されている。一般的に人間の可聴帯域は20~20k[Hz]の周波数帯域に限定されると報告されており、CDのスペックの規格化の際に人間の可聴帯域以上の周波数帯域は不要として、CDの再生可能な周波数が規格化された2)。しかしながら近年、人間の可聴領域を超える周波数帯の音も含む「ハイレゾリューションサウンド」が普及しつつあり、脳波や脳血流の計測によって、意識的な認識なしで人間の脳活動に影響を及ぼす可能性が確認されている3)-7)。人間の可聴域の上限である20[kHz]以上の超高周波成分を含むことにより、超高周波成分を含まない音に比べ、0.5~2[dB]ほど大きな音量で聞こえることが明らかになっている8)-10)
従来、感性・感情を評価する際には、SD法(Semantic Differential Method)などによるアンケート評価法などが行われてきた。しかし、人間が抱く感性や感情は主観的なものであり、個人差が大きいため、客観的、定量的な評価が困難となる。これまでに感性を客観的に評価する取り組みとして、脳の活動状態を解析することにより、感性を定量化する試みが行われている11)-13)。佐藤らは2002年に、カオス・フラクタル性に基づき、脳波の複雑性を定量化するフラクタル次元値を特徴量とし、人間の感情を認識する手法、感性フラクタル次元解析手法(Emotion Fractal-dimension Analysis Method: EFAM)を提案した14),15)。実際にこの手法は、商品の感性評価手法や16)-21)、人間の脳波などの生体信号だけで機械を制御するBCI(Brain Computer Interface)にも用いられている13),22)

本稿では、従来の圧縮音源と比較して、ハイレゾ音源が人間の感じる感覚・認知に対して及ぼす影響を、脳の活動状態を通じて調査した。その一つの影響として、人間の感性に着目し、感性識別により快や喜び、落ち着きといった正の感情の喚起に加え、怒りや不安、ストレスといった負の感情を和らげる効果を確認した。

2.解析手法

2.1 フラクタル次元推定手法
脳波信号のフラクタル性に着目し、複雑性の指標となるフラクタル次元値を算出する。ここでは、分散のスケーリング特性を用いたフラクタル次元推定手法を用いることにより、フラクタル次元値を算出する。
時系列データf(t)と時刻τだけ離れたデータf(t+τ)のq次モーメントは次式で与えられる。

ここで、 <●>は統計平均を意味する。この時系列データに定常性とエルゴード性を仮定することにより、時間平均に置き換えられ、式(2)より図1のスケーリング特性を得る。

図1 スケーリング特性( q=2)

このスケーリング特性から以下の式(3)よりHurst指数を求めることができる。

フラクタル次元はこのHurst指数を用いることによって算出でき、dを埋め込み次元とすると、一次元時系列信号を対象とする場合はd=1であるので、次式によりフラクタル次元が算出される14)-16)

2.2 時間依存型フラクタル次元推定手法
本稿で扱う脳波信号は1秒から2秒の間で定常性が成り立つとされている23)。そこで、2.1フラクタル次元推定手法で解析を行う場合においては、上記の範囲で解析を行う必要がある。したがって、解析窓幅Wsと推移幅Wmを導入することにより、脳波信号の時系列解析を行う。電極配置を国際10-20法(図2)に基づき24)、計測した脳波信号(図3(a))に解析窓幅Wsを設け、その幅内で2.1フラクタル次元推定手法を用いてフラクタル次元を算出し、次に推移幅Wmだけシフトし、解析窓幅内でフラクタル次元を算出する。同様な操作を繰り返し行い、時間に依存したフラクタル次元値(図3(b))を算出する。図3は図2のFp1での結果であり、0~30[s]間は画像注視し、その後30[s]の間は画像想起した際のフラクタル次元の時系列データである14)-16)

図2 電極配置図
(a) 脳波信号
(b) フラクタル次元

図3 時間依存型フラクタル次元推定解析

2.3 感性フラクタル次元解析
算出した脳波の特徴量であるフラクタル次元をパターン認識することにより、人の感性を分類する感性フラクタル次元解析手法(Emotion Fractal-dimension Analysis Method: EFAM)を用いて感性解析を行う。
分散のスケーリング特性に基づいたフラクタル次元解析から得られたフラクタル次元を入力ベクトルx(t)とし、感性出力をz(t)とすると、EFAMの関係式は式(5)、(6)で表される。

ここで、Mは電極のチャンネル数であり、Nは感性の数、Cは感性マトリクス、dは定数ベクトルである。感性マトリクスCと定数ベクトルdの決定は、教師信号と、基準となる脳波データをフラクタル次元解析で導出した入力ベクトルから算出される。例として3感性の識別をする際、「安静」の感情時の入力ベクトルを教師信号zt=(1,0,0)Tとする。
さらに他の感情でも同様に、「快」の感情時の入力ベクトルを教師信号zt=(0,1,0)T、「不快」の感情時はzt=(0,0,1)Tとなるように最小二乗法で感性マトリクスCと定数ベクトルdを決定する。これらを式(6)に用いることで、評価用データを入力することにより、感性出力z(t)を得る14)-16)

3.実験方法

3.1 プロトコル
ここでのプロトコルは基準測定1、課題測定、基準測定2の3つからなる。
まず、測定開始前に「快」、「不快」、「安心」、「不安」のそれぞれの感性を喚起する画像を被験者が選定する。測定者側が各々6枚の計24枚の画像を選び、被験者はそれぞれの感性の画像群から感性が最も想起しやすい画像を1枚ずつ選ぶ。画像は国際感情画像システム(IAPS:International Affective Picture System)から選定したものであり、ラッセルの円環モデルを適用した画像群から感性に当てはまる画像を選出した。
線形写像C、定数ベクトルdを決定するための測定とし、基準測定1、2を行う。この時のデータを以降リファレンスデータと呼ぶことにする。基準測定は、被験者に対して、開始前に被験者が選定した「快」、「不快」、「安心」、「不安」の画像をモニタ画面により提示する。「快」の時の測定の場合、30秒間前方のモニタに提示される画像を見ながら「快」を想起してもらい、その後、先ほど見た画像を閉眼で30秒間想起してもらう。この測定と同様に「不快」、「安心」、「不安」の測定を行う。また、課題測定後の基準測定2も基準測定1と同様の測定を行う。
次に、課題測定ではハイレゾ対応ウォークマン(SONY ZX-2)とハイレゾ未対応のウォークマン(SONY NW-S784)の2種類と、楽曲が異なる2種類の音源の計4通りで測定を行う。この際、時間依存による影響を考慮し、タスクの順番は被験者ごとに異なる。閉眼で2分間音楽を聴取し、その時の脳波データを計測する。このデータを以降評価データと呼ぶことにする。
また、タスクが1回ずつ終わる毎に、被験者は音色や音響の感性学25),26)に基づいた項目のSD法によるアンケート評価を行った。

3.2 被験者
音楽の聴取時の脳波を測定するにあたり、20代と30代、40代のそれぞれ4名(男性2名)、4名(男性2名)、2名(男性1名)を被験者とした。

3.3 使用機器
脳波計の測定装置は株式会社デジテックス研究所のPolymate(AP1532NS)を用い、サンプリング周波数は2[kHz]で測定を行った。またハード側のフィルタ処理として、LPF(ローパスフィルタ)を600[Hz]、HPF(ハイパスフィルタ)を0.5[Hz]とし、ソフト側のフィルタ処理としてノッチフィルタを50[Hz]とした。測定部位は、先ほど述べた国際10-20法に基づき、19chで測定を行った。ここで、右耳朶の電極をリファレンス電圧として、2点間の電位差を測定した。
課題測定で用いる音楽再生機器は、ハイレゾ対応機器としてSony社のNW-ZX2と、従来の圧縮音源の再生機器としてSony社のNW-S784を比較対照として用いた。また、今回はSony社のハイレゾ対応のヘッドフォンMDR-1A を再生機器に接続し、音楽聴取を行った。
本実験で使用した2種類の音源は、Miles Davisの”So What”と、Stevie Wonderの”You Are The Sunshine Of My Life”を用いた。”So What”は、24[bits]、192[kHz]のPCのサンプリング音源とし、”You Are The Sunshine Of My Life”のハイレゾ音源は24[bits]、96[kHz]のPCのサンプリング音源で演奏させた音源である。

次回に続く-

参考文献
1) 中川匡弘、カオス・フラクタル感性情報工学、日刊工業新聞社、東京、2010。
2) 八木玲子、仁科エミ、大橋力、”可聴域をこえる超高周波成分の信号構造が音の受容反応に及ぼす影響の複合評価指標による検討、”日本バーチャルリアリティ学会論文誌、vol.8, no.2, pp.213-220, Jun. 2003。
3) 山口政人、畠山英子、菊池光晃、森川岳、末吉修三、宮崎良文、”聴覚刺激が脳血液動態に及ぼす影響-NIRS計測を指標として-、”日本生理人類学会誌, vol.5特別号(2), pp.26-27, Nov. 2000。
4) 崔鍾仁、堀田健治、山崎憲、”超音波を含む波音の再生音が人間の生理・心理に及ぼす影響に関する研究-聴覚誘発電位の挙動・心理・性格検査を用いて その1-、”日本建築学会計画系論文集, vol.68, no.563, pp.327-333, Feb. 2003。
5) 索英海、石橋圭太、綿貫茂喜、”空気伝導による超音波がヒトの脳波に与える影響、”日本生理人類学会誌, vol.9, no.4, pp.157-161, Nov. 2004。
6) 大橋力、”可聴帯域外の音が聞こえるってほんと?、”映情学誌, vol.55, no.12, pp.1616-1618, Dec. 2001。
7) 大橋力、”インドネシアの打楽器オーケストラ”ガムラン”、”音響誌, vol.54, no.9, pp.664-670, Sep. 1998。
8) 大橋力、仁科エミ、不破本義孝、河合徳枝、森本雅子、”ハイパーソニック・エフェクトについて、”電子情報通信学会技術研究報告, vol.96, no.539, pp.29-34, Feb. 1997。
9) 小野寺英子、仁科エミ、中川剛志、八木玲子、福島亜理子、本田学、河合徳枝、大橋力、”ハイパーソニック・コンテンツを活用した駅ホーム音環境の快適化―高複雑性超高周波付加の心理的生理的効果について―、”日本バーチャルリアリティ学会論文誌, vol.18, no.3, pp.315-325, Sep. 2013。
10) 大橋力、仁科エミ、不破本義孝、”LPとCDとの音質のちがいについて:生理学的・感性科学的検討、” 電子情報通信学会技術研究報告, vol.94, no.89, pp.15-22, Jun. 1994。
11) 中川匡弘、”新商品開発における脳科学の活用~その進化と研究最前線~、” 研究開発リーダー、vol.13, no.7, pp.39-48, Oct. 2016.
12) 土生知恵美、”脳波診断を応用した商品開発~女性用の生理用品パンティライナーの香り開発~、” 顧客も気づいてない将来ニーズの発掘と新製品開発への活用, pp.138-141, 株式会社技術情報協会, 東京, 2013。
13) 中川匡弘、”脳波のフラクタル解析による咀嚼効果の評価、” 官能評価活用ノウハウ・感覚の定量化・数値化手法, pp.304-309, 株式会社技術情報協会, 東京, 2014。
14) 中川匡弘、”脳ダイナミズムのカオス・フラクタル性に基づいたBCI制御、”次世代ヒューマンインタフェース開発最前線, pp.355-382, 株式会社エヌ・ティー・エス, 東京, 2013。
15) 佐藤高弘、中川匡弘、”フラクタル次元解析を用いた感情の定量化手法、” 電子情報通信学会技術研究報告, HIP, ヒューマン情報処理, vol.102, no.534, pp.13-18, Dec. 2002。
16) 特許第3933568号, “脳機能計測装置”
17) 丸山貴司、橋本公男、中川匡弘、”脳波のフラクタル次元解析を用いた感性解析―爽快系シャンプー使用時の検討―、”日本知能情報ファジイ学会, vol.24, no.6, pp.1137-1153, Jun. 2012。
18) Herr Vaxeng、丸山貴司、中川匡弘、”脳波のフラクタル次元解析に基づいた衣服の新規着衣感性評価方法、”信学技報, vol.108, no.219, pp.47-52, Sep. 2008。
19) 丸山貴司、中川匡弘、”脳波のフラクタル解析によるテニスラケットの感性評価、” 信学技報, vol.108, no.442, pp.43-48, Feb. 2009。
20) 佐瀬巧、中川匡弘、”嗅覚と感性:脳波による感性フラクタル次元解析について、”Aroma research: Journal of aroma science and technology, vol.13, no.1, pp.16-20, Feb. 2012。
21) 佐久間平輝、中川匡弘、”可聴帯域を超えた聴覚刺激に対する感性計測、”第16回日本感性学会大会, B-15, Sep. 2014。
22) 松村浩昭、中川匡弘、”ヒューマノイドロボットの脳直結型制御に関する検討、” 信学技報, vol.106, no.345, pp.63-68, Nov. 2006。
23) 加藤比呂子、阿部一孝、寺門弘訓、今野紀雄、”脳波の時系列解析:定常性・フラクタル性・正規性、” 電子情報通信学会論文誌(D-II), vol.74, no.10, pp.1466-1471, Oct. 1991。
24) 大熊輝雄、臨床脳波学 第5版, 株式会社医学書院, 東京, 1999。
25) 岩宮眞一郎他、音色の感性学, 日本音響学会(編), 株式会社コロナ社, 東京, 2010。
26) 好美敏和、石光俊介、”時間周波数解析手法を用いた音響機器評価の基礎検討、”Pioneer R&D, vol.18, no.1, pp.1-18, Mar. 2008。

【著者略歴】
中川 匡弘(なかがわ まさひろ)
国立大学法人長岡技術科学大学・教授

■略歴
1982年3月 長岡技術科学大学大学院工学研究科 電子機器工学専攻修了
1982年4月 長岡技術科学大学工学部 助手
1988年2月 工学博士 (名古屋大学)
1988年3月-1989年1月 文部科学省甲種在外研究員(Strathclyde Univ. 数学科、連合王国)
1989年4月 長岡技術科学大学工学部 助教授
2001年6月 長岡技術科学大学工学部 教授
2004年4月 国立大学法人長岡技術科学大学 電気系 教授
2015年4月 国立大学法人長岡技術科学大学 技学研究院 教授
      兼 株式会社TOFFEE 代表取締役(2016年4月~)

フラクタル工学、カオスニューラルネットワーク、液晶の物理学に関する研究に従事。
著書に「Chaos and Fractals in Engineering」(World Scientific)、「カオス・フラクタル感性情報工学」(日刊工業新聞社)等がある。
2016年4月より、大学発ベンチャー企業である株式会社TOFFEEを設立し、代表取締役を兼務。
平成29年度科学技術分野の文部科学大臣表彰を受賞(科学技術振興部門)。

日常生活行動に関する感性工学的研究(1)

信州大学 繊維学部 教授
吉田 宏昭

1.感性工学とは?[1]

寝具の上で目覚め、朝食を摂り、着替えてから出勤する。毎日繰り返される出勤風景の中で、今日は良い朝だ、今日は寒いなど、色々なことを感じている。では、この思いは、何であり、どうやって生じているのだろうか?ヒトとモノ(環境)との関係の中で、ヒトという主体とモノ(環境)という対象との間でやりとりが行われ、そのやりとりから様々な思いが生じている。つまり、「やりとり」から始まっている。このやりとりの能力、あるいは、関係を作り出す能力を、感性と呼ぶ。

しかし、この感性は、個人個人によって感じ方や感じる程度が異なり、どうしても曖昧である。そこで登場するのが、感性工学である。感性工学では、この主観的な感性に対して工学的手法でアプローチし、客観的に評価しようとする。主観的で感覚的な側面と客観的で定量的な側面を結びつけるものが感性工学といえるだろう。少し大げさになるが、心に代表されるような無形なものを主に扱ってきた哲学や心理学などと、目に見える現象や物体を主に対象にしてきた自然科学とを包括できる学問であることが、感性工学の大きな魅力であると私は思っている。

このように感性は、日常生活の営みの中にいくらでも存在しているが、気づかない、あるいは、気づけないことが多い。昔あるテレビ番組で、ローソンの看板は何?という質問があり、おそらく何十回も見ているにもかかわらず、私は思い浮かべることができなかった。これではだめだと痛感し、それから日常生活におけるヒトの行動に対して関心を持ち、観察するようになった。これが私の研究の原点となっている。観察による気づきの中から仮説を立てて検証するというのが私の研究スタイルとなっている。本コラムでは、これまで行ってきた研究の中から、歩行と寝心地の2つの研究トピックスを紹介する。

2.女子大学生のグループ内における歩行はどのように同調しているのか?[2]

2.1 はじめに
歩行動作は人間にとって必要不可欠な生理的活動である。しかし、これまで歩行動作に関する研究は臨床やリハビリに関するものが多く、日常生活における歩行動作はほとんど研究されていない。そこで本研究では、日常生活における歩行に注目することにした。
これまで、女子大学生を被験者とし、歩行動作について研究してきた [3]。この研究を始めたきっかけは、卒業式での気づきであった。卒業式において女子大学生は袴を着用するが、とても凜々しい。そこで、何が違うのだろうかと思い、卒業記念に歩行を計測していた。何年か計測している中で、被験者の属性と歩行動作の関係について検討したところ、所属する学部や学科によって歩行動作が異なり、女子大学生の歩行動作は所属するグループによって影響されることが示唆された。確かに、大学構内を眺めてみると、行動を共にしている女子大学生のグループに属する人はどことなく服装や雰囲気が似ており、女子大学生グループの歩行動作に同調現象が見受けられ、歩行ペースも一致しているように感じられる。そこで、同一グループに属する人が同時に歩くと歩行動作に同調現象が見られるのではないかと予想し、歩行動作を調査した。

2.2 方法
所属するグループ内で歩行に同調現象がみられるかを検証するために、1名で歩行した際の個人歩行動作とグループ内の3名同時に歩行した際の同時歩行動作を比較した。被験者は日頃共に行動しているところをよく見かける本学に所属する女子大学生のグループの3名とした。
歩行動作を解析するために、加速度センサとして8ch小型無線モーションレコーダMVP-RF8(マイクロストーン株式会社)を用いた。第三腰椎付近に装着すると重心加速度に近似したデータが得られる。被験者の第三腰椎付近にゴムバンドを用いて加速度センサを装着し、実験当日に着用していた自由着の状態で本学建物内の廊下を自由速度で約20m歩行してもらい、歩行時の加速度波形を取得した。
まず、1名ずつの歩行を2回計測し、その後3名同時の歩行を2回計測した。同時歩行の計測の際はスタートのタイミングを3名揃えることのみ指示した。なお、履物は歩行動作に影響を与えるため、履物は同一のパンプスに統一した。任意の連続した10歩を抽出し、上下-左右と前後-左右方向の加速度をリサージュ図形にて可視化した。また、任意の連続した10歩を抽出し、5歩周期に要した歩行時間も算出した。

2.3 結果と考察 (3人同時歩行による歩行動作の特徴)
個人歩行した場合と3名同時歩行した場合のリサージュ図形を比較したところ、上下-左右方向、前後-左右方向どちらにおいても違いはほぼ見られなかった。つまり、同時歩行をしても個人個人の歩行動作自体はほとんど変化していなかった。
5歩周期にかかる時間の平均を図1に示す。個人歩行の場合は歩行ペースにばらつきがみられるが、同時歩行の場合は個人歩行と比較して歩行ペースのばらつきが少なくなっており、同時歩行をすると、同じような歩行ペースになっている。個人歩行にかかる時間の被験者3名の平均は約4.9秒であり、同時歩行にかかる歩行時間の値に近い値となっている。よって、グループ内で歩行が似ていると感じられる同調現象は、個人個人の歩行自体が変化するのではなく、歩行ペースがグループ内の平均値へ回帰していると考えられる。日常から多くの時間を共に過ごす3名は、お互いの歩行ペースを習得しているため、3人の中で平均値的な歩行ペースの人にペースを合わすことができたと推測される。共に過ごす時間の中で仲良くなり、ヒトとヒトとのつながりが強化され、無意識的にお互いの歩行動作も体得していったと考えられる。学生という期間は人生の中では非常に短い期間であるが、一緒に学び一緒に遊ぶということを通して、ヒトとヒトとのつながりを深め、感性を豊かにしていくと考えられる。

図1 5歩周期にかかる時間(歩行ペース)の結果

2.4 検証実験 (仲の良いグループに他人が入ると、歩行動作はどう変化するのか?)
では、その仲の良いグループに日頃属していない他人が入り、一緒に歩くとどうなるのだろうか?同じグループに所属していない人と同時に歩行すると、お互いに歩行ペースが分からないので、同調現象が見られないのではないかと予想される。本検証実験では、そのグループに所属しない人を入れた場合の同時歩行の変化について調査した。
被験者は、日頃共に行動しているところを見かける本学に所属する女子大学生のグループに所属する3名(被験者1、2、3)と、そのグループには所属していない1名(被験者4)とした。ただし、前節のグループをこの検証実験に用いると、実験の趣旨が分かってしまう可能性があったので、前節とは異なる女子大学生グループを選択した。実験方法は前節の2.2と同様とした。ただ、同時歩行の手順のみ変更した。まず、1名ずつ個人歩行を2回計測し、次に同一グループに所属する3名(被験者1、2、3)で同時歩行を2回計測した。その後、被験者3と被験者4を入れ替え、グループ内に他人を入れた状態の3名(被験者1、2、4)にし、2度同時歩行を計測した。
歩行動作を解析したところ、3名での同時歩行と他人を含めた3名の同時歩行どちらでもリサージュ図形はほとんど変化していなかった。これは前節の結果と同様であった。5歩周期にかかる時間の平均について、同一グループ内に属する3名の結果を図2、他人を交えた3名の結果を図3に示す。図2をみると、前節の同時歩行の結果と同様に、歩行ペースにまとまりが見られた。しかし、図3の他人を交えた同時歩行では、同じグループに所属していない被験者4のみ歩行ペースが他の2名と異なり、同時歩行にまとまりが見られなかった。同じグループでないために、お互いの歩行ペースが分からず、他の2名の歩行ペースに無理に合わせようとして歩行ペースが大きく変化し、ばらついたと推測される。やはり、予想通りの結果となった。

図2 同一グループに所属する3名の歩行ペース
図3 他人を交えた際の3名の歩行ペース

次回に続く-

参考文献
1) 吉田宏昭、「特集「感性工学のすすめ」に寄せて」、バイオメカニズム学会誌、Vol.40(1)、pp.3-4、2017
2) 吉田宏昭、上條正義、「女子大学生のグループ内における歩行はどのように同調しているのか?」、第21回日本感性工学会大会予稿集、東京、2019
3) 吉田宏昭、大皿知可子、上條正義、「衣服着用時の意識が歩行動作に与える影響」、日本感性工学会論文誌、Vol.16(5)、pp.457-463、2017

【著者略歴】
吉田 宏昭(よしだ ひろあき)
信州大学 繊維学部 先進繊維・感性工学科 教授

■略歴
1995年3月  京都大学工学部卒
1997年3月  京都大学大学院工学研究科修士課程修了
2000年3月  京都大学大学院工学研究科博士後期課程研究指導認定退学
2000年4月  京都大学再生医科学研究所研修員
2001年3月  京都大学 博士(工学)
2001年9月  京都大学再生医科学研究所研究機関研究員(講師)
2003年4月  Johns Hopkins University ポスドク
2005年1月  産業技術総合研究所デジタルヒューマン研究センター研究員
2007年6月  信州大学繊維学部感性工学科助教
2010年12月 信州大学繊維学部先進繊維・感性工学科准教授
2019年4月  信州大学繊維学部先進繊維・感性工学科教授

■専門分野
感性工学、バイオメカニクス

テキスタイルの外観評価における感性計測の活用(1)

信州大学 繊維学部
先進繊維・感性工学科
准教授 金井 博幸
栃木県産業技術センター
繊維技術支援センター
技師 丸 弘樹

1.テキスタイル分野における感性計測の役割

テキスタイルは実に多様である。綿、麻、羊毛、絹などの天然繊維、ナイロンやポリエステルなどの化学繊維の中から用途や目的に応じて、単一、またはこれらを組み合わせて作られる。繊維の形状を観察すると、天然繊維は不揃いであるし、化学繊維は円形、楕円形、三角形、星形など、太さも形状もユニークである(図1(a)-(c))。糸の構造も様々で、フィラメントと呼ばれる連続した繊維を同じ方向に引きそろえて使う場合や、ステープルと呼ばれる短い繊維を撚り合わせて、紡績糸を作った後、これを素材として布を作ることもある。布の構造も多様で、平行にそろった糸(たて糸)に対して垂直方向から別の糸(よこ糸)を交絡させる’織物’や、1本の糸でループを作り、ループ同士を絡めながら編みあげる’編物’がある。たとえ織物であっても、交絡のさせ方によって外観や手触りが全く異なってくる。図1(d)-(f)は、婦人服用の織物で、梨の皮にみられるようなきめの細かい凹凸模様に似た’梨地織’やはっきりとしたうね模様が特徴の’グログラン織’など趣向を凝らした素材が作られている。染色も様々な材料と方法がある。織物を黒色に染める場合は、青味のある黒や赤味のある黒など、使用する染料によって仕上がりが異なる。このように、材料、糸構造、布構造、染色工程、加工技術を巧みに組み合わせることによって、多様なテキスタイル製品を提供することができる。

図1 繊維製品の素材となる織物の外観

一方、テキスタイル製品を使用する消費者側の目線に立つと、素材には高級感や上品さなどの付加価値が求められる。また、季節に応じた触感も重要である。すなわち、夏用衣服の素材には、清涼感やサラッとした感覚が求められ、冬用衣服の素材には、柔らかさやふくらみのある素材が求められる。
これまでの購買パターンでは、消費者が店頭に出かけて、テキスタイル製品を直に見て、触れて、気に入ったものを購入するのが一般的であった。しかし、最近では、従来とは異なる購買パターンとしてインターネットを通じた電子商取り引き(E-comas)が急速に普及してきており、インターネット人口一人あたりの年間利用額は、平均15万円に相当する。E-comasにおける消費者の購買行動は、タブレット端末やスマートフォンを通じて商品取引運営サイトに掲載された商品画像や説明を確認し、気に入った物があれば購入するというものである。この場合、消費者は、直に商品を見たり、触れたりして確認することができないため、手元に届いたときに、商品がイメージと異なってがっかりした経験をもつ消費者も少なくないのではないだろうか。

このような商品取引運営サイト側(もしくは、生産者側)と消費者側の間に齟齬が生じる原因の一つは、情報伝達手段となる商品説明の表現が主観的であること、写真表現の加工技術が容易であること、伝達手段も限られることが挙げられる。従って、商品取引運営サイト側と消費者側の間で齟齬が生じないE-comasの実現のためには、客観的な科学データに基づく格付けシステムの導入などが必要ではないかと考える。この意味から、消費者が製品を見て、触った時の ‘外観の印象’や’触り心地’、すなわち、’風合いの計量化技術’への需要が高まっていると言える。
人が布を見て、触れたときに感じる感覚は’風合い’と呼ばれる。この風合いは、正確には人の感覚ではなく、布の性質のひとつであるから、先に述べた設計の各要素を様々に組み合わせることでコントロールすることができる。問題は、それを感じ取る側の人間の感覚、特に消費者の感覚が、主観的であり、曖昧で、状況依存性があり、なによりも非常に多様性があることである。従って、過去に行われてきた風合いの研究の多くは、十分に訓練された熟練技術者やデザイナーを対象としている。なぜなら、彼らは、「好ましい風合いとはなにか」という点について、比較的一致した価値観を共有しているからである。しかし、あくまで購買者は消費者であるから、たとえものづくり側が、自信をもって好ましい風合いの織物を提供したとしても、消費者がそれに共感するとは限らない。従って最終的な目標としては、消費者が感じる風合いを計測・評価する技術の開発が目標となる。
私たちの研究室では、紳士・婦人フォーマル素材の織物を対象として、見た目の風合いを計測・評価する方法に取り組んだので、その成果の一部を本誌で紹介する。

2.布の見た目の風合いを計測・評価する取り組み

2.1 見た目と触覚の風合いの違い[1]
同じ布を見たときと触れたときでは、人が感じ取る風合いが異なるかというテーマで実験を行った。
実験に用いた布は、市場に流通するブラックフォーマル用の黒色織物20種類である。
実験1では、評価者に目隠しさせて視覚情報を遮断し、触知覚で風合いを評価させた(図2 ( a ))。実験2では、布に触れないようにさせて触知覚情報を遮断し、視覚で風合いを評価させた(図2 ( b ))。
評価者は、消費者を想定して、性別が偏らず、幅広い年齢層となるように大学生9名(年齢≦23),大学院生11名(23≦年齢≦26),大学事務職員10名(年齢<63)の計30名(男女各15名)の協力を得て実施した。

(a)触ったときの評価評価(実験1)
(b) 見た目の風合い評価(実験2)

図2 風合い評価の様子

風合い評価に用いた形容語は、様々な材質感の評価で用いられる4つの感覚(a.温冷感,b.硬軟感,c.粗滑感,d.乾湿感)とした。つまり、温冷感は「つめたい-あたたかい」,硬軟感は「かたい-やわらかい」,粗滑感は「滑らかな-粗い」,乾湿感は「乾いた-湿った」である。
実験1および実験2の結果、a.温冷感(図3 ( a )参照)、b.硬軟感については、見た目と触れたときに感じる風合いの評価が一致した(r=0.869、r=0.661)。つまり、見た目で「あたたかい」と感じられる織物は、実際に触ったときも「あたたかい」と評価されたことを意味しており、「やわらかさ」についても同様であった。ここで,「あたたかい」と評価された布は、羊毛繊維でつくられた織物であり、「やわらかい」と評価された布は、「細い糸」で作られた織物であった。
一方、c.粗滑感(図3 ( b )参照)、d.乾湿感については、見た目と触れたときに感じる風合いの評価が一致しなかった(r=0.220、r=0.003)。つまり、見た目で「粗い」と感じられる織物が、触ったときに「粗い」と評価されるわけではなかったことを意味しており、「湿った」についても同様であった。ここで,触ったときは、たて糸とよこ糸の交絡数が多い織物が「粗い」と評価されたが、見た目では、太い糸で作られた織物が「粗い」と評価された。
この実験を通じて、温冷感や硬軟感を判断する手掛かり(評価基準)は、見た目と触ったときで一致するが、粗滑感や乾湿感では異なっていることが分かった。

(a)温冷感(あたたかい‐つめたい)
(b)粗滑感(粗い‐滑らか)

図3 触ったときと見た目の風合い評価の結果

2.2 布を見て高級と感じる仕組みを探る[2‐3]
小林[4]は、私たちが風合いを感じる仕組み(評価構造)は3階層(第1層:上位層、第2層:中位層、第3層:下位層)に区分され、このとき、より上位層に含まれる概念はそれよりも下位層に含まれる概念を含んでいると説明している。たとえば、上位層に区分される’高級感’は、中位層に区分される’こし’や’ぬめり’などの概念を含むし、中位層に区分される’こし’は、下位層に区分される’しなやかさ’や’まげやすさ’などの概念を含むというわけである。この考え方に基づけば、見た目の風合いも3層(上位層、中位層、下位層)に区分され、各階層にどのような概念が当てはまるのか、そして上位層と下位層の概念間のつながりの強さが分かれば見た目の風合いを感じる仕組み(評価構造)が明らかになったといえる。ここでの我々の最大の関心事は、見た目の風合いについて、生産者側と消費者側の評価者の評価構造が一致するのか、しないのかを知ることである。

表1 視覚的風合いの評価項目

そこで実験では、生産者側の評価者として、ブラックフォーマル織物の開発、または、設計、製造、流通、販売のいずれかの業務に8年間以上従事した経験をもつことを条件に13名(以下、専門評価者)の協力を得た。一方、消費者側の評価者として、専門的な知識を有しない大学生10名(以下、一般評価者)の協力を得た。
評価に用いた織物は、市場で流通する婦人用ブラックフォーマル織物の中から、繊維素材(絹繊維、トリアセテート繊維、ポリエステル繊維)と組織(梨地織、二重織)が異なる6種類を選定し、これらの試料を統一した光源環境で観察し、外観の印象を主観評価した。
専門評価者、および一般評価者における視覚的風合いの評価構造を図4 ( a )、および( b )に示す。専門評価者の評価構造は、中位層に4つの概念(「巨視的な明るさ感」、「硬軟感」、「微視的な明るさ感」、「粗滑感」)が区分された。また、4つの概念のうち3つ(「巨視的な明るさ感」、「硬軟感」、「微視的な明るさ感」)が見た目の風合いの善し悪しに影響を与え、「巨視的な明るさ感」を強く感じる織物では「高級感」を感じにくいが、「硬軟感」や「微視的な明るさ感」を強く感じる織物では「高級感」を感じやすいことがわかった。これは、使い込んだ学生服の織物に鏡面的な光反射(テカリ)が観察されると低級に感じるが、深みのある黒色の中にきらめくような輝きをもつ布には高級感を感じるという我々の経験則と一致する。

図4 視覚的風合いの評価構造

一方、一般評価者の評価構造は、中位層に3つの概念(「明るさ感」、「硬軟感」、「粗滑感」)が区分された。また、3つの概念のうち「巨視的な明るさ感」だけが見た目の風合いの善し悪しに影響を与え、「明るさ感」を強く感じる織物では「高級感」を感じにくいことがわかった。これは、深みを強く感じる低反射率の織物には高級感を感じるという我々の経験則と一致する。
それぞれの評価構造を比較すると、専門評価者は一般評価者と比較して、より多くの観点から見た目の風合いを評価しており、このようなものづくりに対するこだわりが今日の黒色織物の品質維持・向上につながっていると考えられる。その反面、生産者側と消費者側の見た目の風合いに関する評価には多少なりとも違いがあるといえる。この点は、我々が別途実施した紳士用ブラックフォーマル用織物の視覚的風合い評価においても同様の傾向が伺えた[5]。すなわち、一般評価者では、「明るさ感」に対する評価が「高級感」の評価基準と一致していたが、専門評価者では、「明るさ感」の評価に加えて、「赤みのある黒色」や「青みのある黒色」の評価が「高級感」に強く影響しており、より多くの観点から外観の印象を評価していることがわかった。以上のように、ものづくり側や消費者側という立場の違いで外観の印象の評価構造や価値基準が異なることが示唆された。

次回に続く-

参考文献
1) 丸弘樹,長島有一,金井博幸,西松豊典,視覚・触知覚的風合い評価を誘引する織物の性質に関する基礎的研究,Journal of Textile Engineering,63(5),2017
2) 丸弘樹,齋藤奨司,金井博幸,西松豊典,黒色織物における視覚的風合い評価プロセスの客観的表現,Journal of Textile Engineering,63(5),2017
3) 丸弘樹,齋藤奨司,金井博幸,西松豊典,専門家および非専門家における黒色織物の視覚的風合い評価構造モデル,Journal of Textile Engineering,62(6),2016
4) 小林茂雄,風合いの評価法,繊維工学,26 ( 2 ), 16-22, 1973
5) Hiroyuki Kanai, Mika Morishima, Kentaro Nasu, Toyonori Nishimatsu, Kiyohiro Shibata, Toshio Matsuoka, Identification of principal factors of fabric aesthetics by the evaluation from experts on textiles and from untrained consumers, Textile Research Journal, 81 ( 12 ), 1216-1225, 2011

【著者略歴】
金井 博幸(かない ひろゆき)
信州大学 繊維学部 先進繊維・感性工学科 准教授

■略歴
2003年4月より信州大学繊維学部助手
2005年博士(工学)
2007年4月助教
2009年4月講師を経て,
2011年12月より准教授となり現在に至る。
感覚計測工学に基づく繊維製品設計法に関する研究に従事。
繊維学会、日本繊維機械学会、日本繊維製品消費科学会、日本感性工学会の会員

丸 弘樹(まる ひろき)
栃木県産業技術センター 繊維技術支援センター 技師

■略歴
2017年3月信州大学大学院総合工学系研究科修了 博士(工学)
2017年4月より栃木県産業技術センター繊維技術支援センター技師となり現在に至る。
繊維に関する試験研究業務および中小企業等の新技術・新製品開発を支援する業務に従事。
繊維学会、日本繊維機械学会、日本繊維製品消費科学会、日本人間工学会の会員

風合い計測技術の紹介(1)

カトーテック(株)技術顧問
松平 光男

1.緒言

布の風合いが客観評価されるようになってから、既に40年が経過している1)。布の手触り、肌触りとしての風合いを計測する場合、従来の計測機器にみられるような荷重の大きな領域では不可能であり、荷重の微小な領域での高精度で再現性の高い計測技術が必要である。川端季雄教授と弊社が共同で開発したKES(Kawabata Evaluation System)2)は、風合いの客観評価には必要不可欠の計測技術であり、正に風合い客観評価を可能とした。布の破断時の強度や伸度に関しては昔から計測されてきたが、その荷重のレベルは風合い計測の10倍以上もあり、風合い評価とはかけ離れたものであった。図13)に典型的なスーツ地用羊毛織物の一軸拘束二軸引っ張り試験結果の一例を示すが、布が破断するときの強度(FB)、伸度(εB)は、風合い評価に重要なKES標準条件の最大値に比べて、荷重のレベルが桁違いに大きい。風合い計測には微小な荷重レベルでの計測技術が極めて重要であり、KESはそれを実現したのである。以下、KESの計測技術について紹介する。

2.KESによる布の基本力学特性

図1 羊毛織物の一軸拘束二軸引っ張り試験3)

布の基本力学特性としては、引っ張り特性、曲げ特性、せん断特性、及び圧縮特性が考えられるが、特に荷重が微小な領域の初期力学特性を考える。また、通常の力と変形との関係とは異なるが、布の表面摩擦特性も便宜的に基本力学特性に含める。引っ張り特性とせん断特性はKES-FB1-Aで計測され、曲げ特性はKES-FB2-Aで計測され、圧縮特性はKES-FB3-Aで計測される。表面特性はKES-FB4-Aで計測される。以下にこれらの特性の詳細を紹介する。

2.1 引っ張り特性(Tensile Property)

布の引っ張り特性とは、布を引っ張った時の力と歪み(伸び率)との関係をいう。人体を覆っている布が身体を動かしたときに受ける変形様式は、一軸拘束二軸伸長様式に相当する場合が多く、KESでは、伸長方向の布幅をそれに直交方向の布幅に比べて大きく(4倍)することにより、近似的に一軸拘束二軸伸長試験を可能としている。KESによる典型的な引っ張り特性図を図22)に示す。たて糸方向の引っ張り(添え字の1)と、よこ糸方向の引っ張り(添え字の2)を別々に計測する。特に断らない限り、圧縮特性以外は、たてよこ両者を測定して平均値を求める。
非線形的な引っ張り特性を可能な限り忠実に表現するための特性値(パラメータ)化も確立しており、図2に示すように、3つの力学特性値が定義されている。ここで、LTは力と歪みの関係が直線にどの程度近いかを示しており、この値が小さいほど布は初期に伸び柔らかい。WTは最大伸張力までの仕事量であり、一般にこの値が大きいほど布はよく伸びる場合が多い。RTは伸張時のエネルギーに対する回復されるエネルギーの割合を示しており、この値が大きいほど布は回復性(レジリエンス)が高い。

2.2 曲げ特性(Bending Property)

布の曲げ特性とは曲げ変形時の曲げモーメントと曲率の関係をいう。布を円弧状に曲げることを仮定した、純曲げ方式(曲げモーメント:一定、せん断力:ゼロ)による曲げモーメント対曲率の関係を図32)に示す。これはKESで計測される等速曲率増加及び減少時の布の典型的な曲げ特性図であり、曲線の勾配から曲げ剛性Bを、変形過程と回復過程の曲げモーメントの差からヒステレシス(変形過程と回復過程のエネルギーの差)2HBを求めることができる。これらの値は曲げ特性に関する特性値と定義されており、Bの値が大きいほど布は曲げ剛く、2HBの値が大きいほど布は曲げ変形からの回復性が悪く、布は弾力感がないことを意味している。

図2 布の引っ張り特性と特性値2)
図3 布の曲げ特性と特性値2)

2.3 せん断特性(Shearing Property)

布のせん断特性とは、布をせん断変形させた時のせん断力とせん断角(せん断歪み)との関係をいう。せん断変形とは、元来すべりに抵抗する応力が働く変形であるが、布の場合、厚み方向を無視した二次元平面の、いわゆる面内せん断変形特性を考える。たて糸とよこ糸とが交差することにより構成されている織布が容易に受ける変形様式である。二次元の布が三次元の曲面を容易にカバーすることが出来るのは、このせん断変形に大きく依存し、せん断柔らかい布の方が人体のような曲面に容易にフィットする。KESで得られる布の典型的なせん断特性図を図42)に示す。布のせん断特性の特性値としては曲線の勾配より、せん断剛さG、変形過程と回復過程のエネルギーの差からヒステレシス2HG、2HG5を求めることが出来る。Gの値が大きいほど布はせん断変形しにくく、2HGの値が大きいほど布はわずかなせん断変形での回復性が悪く、2HG5が大きいほど布は大きなせん断変形での回復性が悪いことを示している。

次回に続く-

参考文献
1) 川端季雄:「風合い評価の標準化と解析、第2版”」、日本繊維機械学会、風合い計量と規格化研究委員会、大阪、(1980).
2) 川端季雄:風合い計量のための、布の力学特性のキャラクタリゼーション、及びその計測システムについて、繊維機械学会誌(繊維工学), 26(10), P721-P728 (1973).
3) 川端季雄:繊維集合体と最終製品性能設計、繊維学会誌(繊維と工業)、42(3), P82-P89 (1986).
4) テキスタイル科学研究会:「KES特性値(パラメータ)を用いるテキスタイルの風合い・外観・快適性客観評価式」、日本繊維機械学会、大阪、(2015).

【著者略歴】
松平 光男(まつだいら みつお)
カトーテック(株)技術顧問(元金沢大学教授)

■略歴
1972年京都大学工学部高分子化学科卒業
1974年同大学院(修士)工学研究科高分子化学専攻修了
1988年同工学博士(繊維工学)
1974年東芝総合研究所化学材料研究所
1980年大阪信愛女学院短期大学を経て
1986年から金沢大学助教授教育学部
1995年同教授。被服科学、テキスタイル科学担当。ニュージーランド羊毛研究所(WRONZ)、ニューサウスウェールズ大学、アグリサーチ社客員研究員を経験。
日本繊維製品消費科学会論文賞(2001)、日本繊維機械学会論文賞(2002)、Holden Medal for Education (The Textile Institute, UK, 2019)を受賞。日本繊維機械学会フェロー(2010-)。
2015年3月金沢大学定年退職。
同年4月からカトーテック(株)技術顧問、現在に至る。

「計測工学(センシング技術)を駆使した感性の定量化技術の活用事例」 ―デザインと機能を融合させたFlotation tub―(1)

TOTO(株)
加藤 智久

1.はじめに

TOTOは、1964年の東京オリンピック開催で湧くホテル建築現場に日本初のユニットバスルーム工法を提案して以来、新しい提案をし続けている。現在国内の浴室には、大別して三つの基本機能が備わっている。一つ目は保温性能を高めた”魔法びん浴槽”、二つ目は速乾性と触感(やわらかさ・あたたかさ)を向上させた”ほっカラリ床”、そして三つ目にヒトの感性(入浴感)を追求した”クレイドル浴槽1)、ファーストクラス浴槽”となっている。加えて近年では心地よさを追求した楽湯機能(ブロー機能)、使用シーンに応じて明るさ変えることが出来る照明技術、さらには、浴室の床を洗浄・除菌するクリーン技術など次々と新しい機能が搭載されている。TOTOの浴室事業は、先人たちから引き継がれた知恵をさらに進化させ、今も浴室の新たな快適さを提案し続け、お客様より好評を頂いている。

本報告では、海外向けに発売された”Flotation tub”(図1)に焦点を当て、研究・開発に活用された、ヒトの感性を可視化する取り組みと湯・水中でヒトを捉えるセンシング技術について紹介する。加えて、なぜ世界に向け湯につかり、心身を休ませる”日本の入浴文化”を発信する必要があったのか?といったところについても、脳血流動態を探る取り組みと合わせて補足・説明する。*同商品は2019年世界最大級の家電見本市(International Consumer Electronics Show:CES)でイノベーションアワード、同年3月にエジソン財団よりエジソンアワード(銅賞)を得ている。

図1 Flotation tub

2.ヒトの運動制御と浴槽形状の関係について

ヒトは静かに立っている時でさえ、意識しないレベルで体を調整していることが知られている2)。湯の張られた浴槽内でヒトは、浮力によって体重が免荷された状態となる。そのため、陸上で姿勢を保つ時と同じように、もしくはそれ以上に複雑な姿勢制御を行っていると予想した。そこで、研究当初は、湯水中で静かに姿勢を保つときの浴槽とヒトの接触面を広くすることで姿勢保持のし易さを狙った。結果、従来に比べて接触面を約30%拡大させ、しっかり支える”ゆりかごに包まれたような入浴感”を謳った浴槽を2012年に世に出している1)

次回に続く-

参考文献
1) 加藤智久., デザインと機能を融合させた浴槽とハンドグリップ, 日本機械学会誌, 116(1135), 374-375, (2013).
2) Kato T, Yamamoto S, Miyoshi T, Nakazawa K, Masani K, Nozaki D.: Anti-phase action between the angular accelerations of trunk and leg is reduced in the elderly, Gait Posture, 40(1), 107-112, (2014)

【著者略歴】
加藤 智久(かとう ともひさ)
TOTO(株)ビジネスイノベーション推進部

■略歴
2005年 TOTO株式会社へ入社
同社総合研究所の主席研究員を経て
2019年10月から、同社ビジネスイノベーション推進部
ビジネスイノベーション推進グループに在籍

■専門分野
制御工学、生体工学、神経生理学
生体医工学会、人間工学会の各会員
現在、米国シリコンバレーにて新技術・新事業の探索活動に従事
博士(工学)