2.3 布の外観の印象を決める織物の特徴は何か[6-7]
小林[4]は、風合い評価結果をものづくりにフィードバックするためには、織物のもつ物理的性質を何らかの方法で計量して、特徴化し、主観的な風合いと対応づけることが必要であると述べている。
織物の表面はたて糸とよこ糸の交絡による微細な凹凸があり、複雑な光反射分布を有している。このため、空間反射光分布(特定の角度から見た場合に強い光反射が生じる等の特徴)や異方性反射光分布(回転させた場合にある方向で強い光反射が生じる等の特徴)が重要とされており、3次元変角測光・測色法が研究されてきた。これらの測光・測色法は、いずれも変角に伴う反射光強度の変化を精度よく測定することを目的としているため、一定範囲の平均値を計測する、いわば巨視的な測光・測色法である。しかし、先の専門評価者が見た目の風合いを評価する場合に微視的な明るさ感が価値判断において重要な要因になっていることからしても、人間の視覚機能に備わる微視的な空間分解能を備えた微視的測光法が有効ではないかと考えた。そこで本研究では、図5に示すように3次元変角機構を実現し、かつ視覚的な弁別距離と同程度の空間分解能で反射光強度分布を計測できる方法(以下、変角輝度分布計測法)を提案した。
図6に3原組織(平織、綾織、朱子織)で試作した紳士用ブラックフォーマル織物の計測例を示す。織組織によって輝度変動の様子が異なっている。これは,たて糸とよこ糸の交絡パターンによって生じる微小な凹凸が反射光強度(輝度)の空間的な変動を生じさせた結果である(以下、輝度分布曲面)。また、この輝度分布曲面には、素材の反射率、染色・仕上げの状態、糸の撚りや織組織の構造要因の影響が反映されていると考えられるので、見た目の風合いと対応付けるには重要な情報であると考える。
そこで、この輝度分布曲面から織物の光反射特性を示す特徴量を定義することにした。すなわち、輝度分布曲面を構成する谷-山-谷からなる円錐形状を構成要素として抽出し、その形態的特徴を図7に示す山高さ[Zp]、谷高さ[Zv]、深さ[Zd]、平均高さ[Zt]、長さ[w]、エネルギー[e]、傾き[s]、単位面積当たりの構成要素の数,すなわち密度[D]と定義して導出した。
これらの特徴量を用いて、視覚的風合いの影響要因である「明るさ感」との関係を検討した。その結果、既存の測光法を用いた場合と比較して、「明るさ感」を高精度に推定し得ることがわかった。このことから提案した変角輝度分布計測法が見た目の風合いを数値化する際の有効な計量法になることが期待できる。
3.展望
経済産業省の我が国におけるデータ駆動型社会に係る基盤整備 (電子商取引に関する市場調査)に関する報告書[8]によれば、将来の国際的なE-comas市場のポテンシャルは、対米国、対中国で右肩上がりの成長が見込まれる。最も大きな売り上げが見込める分野は、アパレル、靴、アクセサリーであると予想され、対米国市場では全体の48%、対中国市場では全体の55%を占めると予測されている。この予測を踏まえると、見た目の風合いの計測・評価についても、国際市場に対応できる技術でなければならない。しかし、風合いに対する市場の要求や価値基準は、必ずしも市場間で共通したものとは言い難い。そこで、各市場における見た目の風合いの評価構造を明確にするための調査・研究を進め、市場の要求の違いを正確に理解する必要があると考える。その上で市場に共通する評価項目については、計量化法の国際標準化に向けた努力も必要になるだろう。
また、優れた視覚的風合いをもつ布を効率的に開発することを目指せば、繊維素材、糸構造、織物構造、染色・仕上げ工程などの個別の設計要因を原因、つくられた布の光反射特性や視覚的風合いの評価を結果とみて、データを蓄積し、ビックデータを構成することで、視覚的風合いの要求を満たす布の製造レシピともいえる設計指針を得ることが可能性になると期待される。さらにデータベースや人工知能技術を活用して、生産工程の最適化を図ることができれば、製造に要する時間の短縮化や過剰生産、在庫管理のリスクを低減するオンデマンド生産体制の実現にも近づけるのではないかと考える。
4.謝辞
本研究の実施にあたり試料の提供を頂いた三菱ケミカル株式会社、ならびに株式会社AOKIホールディングスの関係各位に深謝する。また,本研究の一部は独立行政法人日本学術振興会(JSPS)「科研費 16700203」、ならびに、独立行政法人科学技術振興機構(JST)「平成 20 年度シーズ発掘試験(06-026)」の助成を受けて実施したものである。
参考文献
4) 小林茂雄,風合いの評価法,繊維工学,26 ( 2 ), 16-22, 1973
5) Hiroyuki Kanai, Mika Morishima, Kentaro Nasu, Toyonori Nishimatsu, Kiyohiro Shibata, Toshio Matsuoka, Identification of principal factors of fabric aesthetics by the evaluation from experts on textiles and from untrained consumers, Textile Research Journal, 81 ( 12 ), 1216-1225, 2011
6) Hiroyuki Kanai, Hirokazu Kimura, Mika Morishima, Uesaka Shouji, Toyonori Nishimatsu, Kiyohiro Shibata, Takanori Yamamoto, Microscopic photometry and its parameterization for objective evaluation of aesthetics of woven fabrics, Textile Research Journal, 82 ( 19 ), 1982-1995, 2012
7) 丸弘樹 , 齋藤奨司 , 金井博幸 , 西松豊典,黒色織物の明るさ感評価を代替する計量法ならびに特徴化法の提案,Journal of Textile Engineering,63(2), 2017
8) 経済産業省,我が国におけるデータ駆動型社会に係る基盤整備 (電子商取引に関する市場調査),2018
【著者略歴】
金井 博幸(かない ひろゆき)
信州大学 繊維学部 先進繊維・感性工学科 准教授
■略歴
2003年4月より信州大学繊維学部助手
2005年博士(工学)
2007年4月助教
2009年4月講師を経て,
2011年12月より准教授となり現在に至る。
感覚計測工学に基づく繊維製品設計法に関する研究に従事。
繊維学会、日本繊維機械学会、日本繊維製品消費科学会、日本感性工学会の会員
丸 弘樹(まる ひろき)
栃木県産業技術センター 繊維技術支援センター 技師
■略歴
2017年3月信州大学大学院総合工学系研究科修了 博士(工学)
2017年4月より栃木県産業技術センター繊維技術支援センター技師となり現在に至る。
繊維に関する試験研究業務および中小企業等の新技術・新製品開発を支援する業務に従事。
繊維学会、日本繊維機械学会、日本繊維製品消費科学会、日本人間工学会の会員