センサを利用したスマート農業の現状と今後の動向(3)

三重大学
大学院生物資源学研究科
教授 亀岡 孝治

4. 農作物の健康診断技術 4)

4.1 農作物の光センシング

近年,可視(RGB),遠赤色(FR),近赤外(NIR)の5バンドを用いるマルチスペクトルカメラやハイパースペクトルカメラを搭載したUAV(ドローン)がリモートセンシングで広く用いられ,主に植生の分布状況や活性度を示すNDVI(植生指標,Normalized Difference Vegetation Index)の取得に用いられている。圃場レベルでは,農産物の外観品質計測に色彩計測と紫外・可視・近赤外分光計測が用いられる。
また,FTIR(フーリエ変換赤外分光光度計)とATR法(全反射測定法),いわゆるFTIR/ATR法は,農産物や農作物中の有機物の非破壊定量に広く用いられ,この応用として,簡易に植物体内の様態の異なる窒素含量が計測出来る葉柄切断面のスペクトル測定法5)が提案されている。

4.2 マルチ分光センシングとその特徴

圃場IoTによる生育環境計測の進展と,高速な遺伝子解析が可能になる中で,農作物の情報,特に表現型の取得方法の確立が急務となっている。可視・赤外画像・分光計測に蛍光X線分光と蛍光分光を加えたマルチ分光センシングは圃場での農作物の表現型計測に最適である(図1)。

図1 マルチ分光計測と農作物表現型モデル

携帯型の蛍光X線分析計により,圃場で農作物体内のCa,K,P,Sなどの多量元素といくつかの微量元素の非破壊同時計測が可能となった。また,クロロフィル,フラボノール,アントシアニン蛍光などの代謝二次産物の同時測定が,携帯型の色素蛍光測定装置を用いて簡易に出来るようになり,圃場レベルでの農作物の健康診断が現実味を帯びてきている6)。従来困難であった自然環境下での農作物の正確な色彩情報取得も,MEMS可視分光器を用いた色補正技術により可能となってきた,7)。農作物の計測に多用される分光分析では,対象物のスペクトルを取得し,そのスペクト情報から目的化学種を分離しスペクトル的に定量するが,この解析にはケモメトリックス・ケモインフォマティックス分野の理解が不可欠である。
土中から植物中への水・ミネラル・共生微生物の移動状況,植物の状態計測は依然として極めて難しく,今後さらに様々な戦略的作物センサの開発が必要である。また,農作物栽培モデルと気象ジェネレータを用いて,不確実性を予測に反映させる栽培のリスク管理も不可欠である。センシングデータ,確率モデルと機械学習,ビッグデータと深層学習,などに基づく栽培管理や経営支援サービスのためにも,圃場IoTと光センシングを用いる新たな栽培技術体系の構築が急務である。

4.2 デジタル農業と食・農エコシステム

100ha規模の農業(主に北海道)では,農業IoTで取得される気象情報と自走農業機械から得られる土壌情報などの生育環境データと,UAVや光センシングから得られる農作物情報が蓄積され,ビッグデータ化された後,画像データなどが人工知能(AI)で処理され,作物モデルなどを援用して各種二次データが生成され,自走農業機械の作業を支援する情報としてクラウド上の圃場マップに「見える化」される「デジタル農業」(図2)が実現されつつある。

図2 「スマート農業(精密農業)」から「デジタル農業」へ

また,データ連係や提携機能を持つ「データ連係基盤(WAGRI:https://wagri.net/)」が構築され,WAGRIに1km×1km(基準地域メッシュ)のメッシュ農業気象データシステム(https://amu.rd.naro.go.jp/)が搭載されると共に,データ充実とデータ連係のための各種APIが開発されつつある。
「食・農エコシステム」8-9)は今準備が整いつつあるデータ駆動型の「デジタル農業」を起点とする,地域を豊かにする持続可能性を有する産業システムである。この「食・農エコシステム」では,食・農分野の関係者,複数の企業,モノが有機的に結びつき,循環しながら広く共存共栄していく「協力しつつ競争する仕組み」とともに,「儲かる農業」を起点に品質で「おいしい食」をつなぎ消費者に届ける「フードシステム」の実現が求められている。

5.おわりに

農作物の植物生理,栄養と病理に関わる「光合成産物の動き」や「共生微生物+根系」など,「スマートな農業」に資する農作物の栽培管理技術の今後の飛躍的な展開に期待したい。「農業は人が主体で行うもの」という事実が重要で有り,人の関与の重要性は今後も不変である。圃場IoTや農作物の健康診断技術の実現により「人の関わり方の変化」を意識した「標準化・共通化活動」と「技術と標準を意識した体系化」など,時代に即した人材育成と共に技術の普及体制の確立が求められる。なお,全般的な「スマート農業」の詳細に関しては,「農業情報学会編(2019):新スマート農業」1)を参照されたい。

参考文献

1)農業情報学会編(2019):新スマート農業 -進化する農業情報利用-,農林統計出版.

4)Kameoka, T. et al. (2013):Smart Sensors, Measurement and Instrumentation, Vol.3, Springer, pp.217-246.

5)Kameoka, T. et al. (2015): IEICE Trans. Commun., E98-B(9), pp.1741-1748.

6)Kameoka, S. et al. (2017): Sensors 17.5.966: 1-21.

7)Hashimoto, A. et al. (2017): Food Packaging and Shelf Life 14(A): pp.26-33.

8)【農業ICT・農業データ】食・農エコシステムに向けて①

9)【農業ICT・農業データ】食・農エコシステムに向けて②

【著者略歴】
亀岡 孝治(かめおか たかはる)
1978年,東京大学農学部農業工学科卒業
1980年,同大学院農学系研究科修士課程(農業工学専門課程)修了
1984年,同大学院農学系研究科博士課程修了(農学博士)
1984年,カナダ国サスカチュワン大学工学部農業工学科博士研究員を経て,
1985年,三重大学農学部助手
1988年,三重大学生物資源学部助教授,1998年,教授
研究テーマは、農業ITと農作物・農産物の品質同定のための色彩画像処理とFTIR/ATR法による分光解析
2001年 3月 スウェーデン王国ルンド大学 ケミカルセンター客員教授(10ヶ月)
2004年から2007年まで,理事・副学長(情報・国際交流担当)図書館長、国際交流センター長
2007年から現在,三重大学大学院生物資源学研究科教授
現在の研究テーマは、圃場における農業IoT、農産物・食品・調理におけるマルチ分光センシングの応用。デジタル農業を起点とする食・農エコシステムなど
現在、農業情報学会副会長、一般社団法人ALFAE代表理事
2005年に「農業情報学会顕彰学術賞」、2015年に「農業情報学会功績賞」
2018年に「農作物・農産物のマルチ分光計測」の功績に対して日本農業工学会賞