3.圃場でのセンシング
3.1 農作物の生育環境のセンシング 4)
露地農業での栽培管理においては,温度の影響が大きい「高位あるいは複雑な状態に向かう変化や進行の順序」を示す生育と,光合成の影響が大きく「植物体・組織の質量あるいは面積や容積の増加」を示す生長を分けて考えることが重要である。
圃場では,生育環境の大部分を構成する気象条件(温湿度,風向・風速,気圧,降雨,日射量)は農作物と無関係に地理的位相で定まるため,生物が四季の変化に応じて自身を制御していることを意味するフェノロジー2)からの視点が重要となる。このフェノロジーからは,毎日の平均気温の積算値(有効積算温度)や毎日の日射量の積算値(積算日射量)を指標とする考え方が産み出されており,これらが気候変動のモニタリングにおいても重要指標となっている。
農業向けの計測機器やセンサ開発,圃場センサネットワーク研究が過去10年間で飛躍的に進展し実用的利用が進み,生育環境のモニタリングとデータ蓄積が容易になると共に,有効積算温度と積算日射量も簡単に計算・出力できるようになった3)。近年気候変動の影響が増大し,「経験と勘」だけに頼る農業経営が難しくなる中で,圃場の生育環境データや近隣のアメダス気象データを活用し,生育作物との関係でデータ蓄積・解析を行う事で栽培における現状理解を深めつつ,近未来を予測し農作物の生産見通しを立てることに,圃場でのセンシングは大きく貢献し始めている。
3.2 圃場IoT(Internet of Things)4-5)
農業用WSNとして開発されたeKo (当時のCrossbow Technology社,2006年)で構成する国内初の圃場WSNを用いたワイン用ブドウ圃場(山梨県サントリー登美の丘ワイナリー)での実証実験が2008年から行われた。その結果判明した圃場WSNの最大の問題点は,電源確保と防水であり,その他にも,土壌水分センサ設置方法,通信の安定性の確立,システム再起動の問題,鳥獣害対策と異常監視機能の必要性,作業機による断線対策など,オフィスのWSNでは生じ得ない事象に対する調査と事前対策が必須となることが確認された。
上述の圃場WSNを更新し2015年にワイン用ブドウ圃場に構築された圃場IoTでは,垂直統合から水平統合システムへの進化が図られた。圃場IoTでは,生育環境などの情報が,高水分農作物による減衰が少なくセンサノード間の通信距離が飛躍的に伸びる920MHz帯のWSN(センシング層)により自動収集されてクラウド(基盤情報サービス層)に入る。続いて標準データとして変換された後,クラウド上で他の農業情報と組み合わされ,栽培管理作業や経営情報などのサービスが農家に提供される(サービス層)。サービスには生育環境データ表現と,生育ステージの予測に繋がる有効積算温度などのフェノロジー指標が必須である。
果樹栽培では,常緑樹(温州ミカンなど)と冬期は冬眠する落葉樹(ブドウなど)という違いにより,収穫後から翌年の春までの樹体の活動形態は異なるため,栽培管理にも違いが出る。植物生理を踏まえた栽培管理のためには,栽培ステージと関連する適切なフェノロジー指標は必須である。圃場IoTでは,対象農作物毎に用いるセンサ情報や提供する情報は異なるため,最終的なWebサービスの形態も異なる。また個別の情報更新や利用頻度も農作物や利用環境によって異なるため,これらに応じた直感的で使いやすいユーザーインタフェースの設計が重要となる。
次週に続く-
参考文献
2) Puppi, G. (2007): Italian Journal of Agro-meteorology (3), pp.24-29.
3) 亀岡孝治(2017):情報処理,Vol.58(9),pp.806-809.
4) Kameoka, T. et al. (2013):Smart Sensors, Measurement and Instrumentation, Vol.3, Springer, pp.217-246
5) Kameoka, T. et al. (2015): IEICE Trans. Commun., E98-B(9), pp.1741-1748.
【著者略歴】
亀岡 孝治(かめおか たかはる)
1978年,東京大学農学部農業工学科卒業
1980年,同大学院農学系研究科修士課程(農業工学専門課程)修了
1984年,同大学院農学系研究科博士課程修了(農学博士)
1984年,カナダ国サスカチュワン大学工学部農業工学科博士研究員を経て,
1985年,三重大学農学部助手
1988年,三重大学生物資源学部助教授,1998年,教授
研究テーマは、農業ITと農作物・農産物の品質同定のための色彩画像処理とFTIR/ATR法による分光解析
2001年 3月 スウェーデン王国ルンド大学 ケミカルセンター客員教授(10ヶ月)
2004年から2007年まで,理事・副学長(情報・国際交流担当)図書館長、国際交流センター長
2007年から現在,三重大学大学院生物資源学研究科教授
現在の研究テーマは、圃場における農業IoT、農産物・食品・調理におけるマルチ分光センシングの応用。デジタル農業を起点とする食・農エコシステムなど
現在、農業情報学会副会長、一般社団法人ALFAE代表理事
2005年に「農業情報学会顕彰学術賞」、2015年に「農業情報学会功績賞」
2018年に「農作物・農産物のマルチ分光計測」の功績に対して日本農業工学会賞