4.複合臭測定ににおい識別装置を利用した事例
3項で記載したように、電子鼻が複合臭分析に不可欠であれば、複合臭の象徴であるマスキング効果を評価できるはずである。
そこで、実際に弊社の電子鼻(におい識別装置FF-2020シリーズ3))を用いてマスキング効果の評価に適応した例を図3に示す。
FF-2020シリーズにおいては、種類の異なる酸化物半導体センサ10種を内蔵し、そのセンサに、直接においガスを当てる測定(ダイレクトモード)と、においを一旦捕集管に集めて濃縮し、水蒸気を除去してからセンサににおいを供給する捕集管モードの測定モードがあり、一つのサンプルに対して両方の信号を得ている。いずれにせよ、その信号解析方法は、図4に示すように、10個のセンサ出力でできるセンサ出力ベクトルを考えたときに、そのベクトルの方向がにおい質を表し、ベクトル長がにおいの強さを表すとしている。ただし、ベクトル長とにおいの強さの関数は、におい質方向ごとには異なったものになるという前提としている。
ここでは、マスキングの評価に絞って説明するが、マスキングをされるにおい(元悪臭)だけが存在したときには、図3(b)のように、マスキングされるにおい(複合臭を想定して雲のようなイメージで記載している)がレセプター群のある位置に収まっていて、そこにマスキングをするにおいが混合されることにより、その雲の形が変形して、その収まりの位置からずれていくものと考えている。
このとき、雲の形が変わればマスキングされるので、マスキングするにおいは、においが強くなくても機能するものと考えている。
におい識別装置の出力としては、マスキングされるにおいを測定したときにあるベクトル方向を示し、またそのにおいの強さに応じてあるベクトル長になる。そこに、マスキングするにおいが加わると、雲の形が変わることにより、ベクトルの方向が少し変化する。 少ししか加えていないにも関わらず、ベクトルの方向が大きく変わるものがマスキング剤としては好ましいということになる。
また、ベクトルの方向が変わったときに、人の鼻の感じるもとの悪臭の強さは、図3(b)左型の三角形の内側であると計算をしている。これにより、模擬汗臭(臭気指数30)に、わさび臭を加えていくことにより、FFで求めた元の悪臭の臭気指数を記載しているが、わさび臭を50μL加えることによりにおいが消えた結果になっているが、実際に官能でもその濃度でにおいが消失した。
この正しさを確認するため、元の悪臭を臭気指数20にして追加試験をしたところ、5μLでにおいが消え、これも官能と一致した。
5.センサ方式が陥りやすい誤測定例
現在、自動車の室内臭及び部品臭の評価方法ついて、ISO化が進んでおり、その機器分析法を担当されている、いすゞ自動車の達様にご検討内容の一部をにおいかおり環境学会誌4)にご紹介いただいた。それによると、新車の室内大気をGC/MS分析すると図5となり、このピーク面積をすべて加算したTVOC量と官能評価による臭気強度は図6のように相関はしない。その理由も説明されていて、自動車室内に青葉アルコールの香気を漂わせたときの大気分析の結果(図7)のようになっていると説明されている。具体的には、TVOCの中には、青葉アルコールの測定のトルエン溶媒のように、量は多いけれども検知閾値濃度が高くそれほどにおわないものが多数あり、実際ににおいを出しているのは、青葉アルコールのように、検知閾値濃度が低い物質で、ピークとしては観測されないぐらい小さいのだが、嗅覚からすると強いにおいということになる。
このことをより明確に記載したものが図8であり、左上の図が通常のGC/MSのピークでそのピーク面積は、通常濃度に比例する。
匂いの強さは、下記の臭気指数の式にあるように、物質濃度を検知閾値濃度で除したものである
臭気指数=log(物質濃度/検知閾値濃度)
「臭気濃度」の対数になるので、右上の図には、臭気濃度に対応した図を(物質濃度を検知閾値濃度で除したもの)、右下の図には、臭気指数に相当したもの、すなわち通常アロマクロマトグラムと呼ばれるものを記載した。以上より嗅覚からみると右下の図となるが、GC/MSでみれば左上に図のようになっているということになる。
ここで、通常の電子鼻も、センサがそれほど成分によって感度が違わない場合には、GC/MSと同様の結果になってしまう。
弊社のFF-2020の場合では、センサに酸化物半導体を用いており、その出力は物質濃度の対数に比例しており、センサによっては閾値の低いものに対応しているので、GC/MSほど極端ではないものの、例えば、通常測定したい悪臭のイソ吉草酸と通常悪臭検出の妨害になってしまうトルエンの閾値を比較すると、1000倍以上の差があり、これだけ差が大きいとベクトルの方向だけで分けるのは厳しい場合がある。
次週に続く-
参考文献
(3)J. Kita et.al. Sensors and Materials, Vol. 26, No. 3 (2014) 149–161
(4)達晃一:においかおり環境学会誌 Vol.50 no.1 (2019) 9
【著者略歴】
喜多 純一(きた じゅんいち)
(株)島津製作所 分析機器事業部
1.最終学歴
1981年3月 京都大学 工学部 化学工学科卒業
2014年3月 九州大学大学院システム情報科学府電気電子工学専攻博士課程卒業
2.受賞歴、表彰歴
平成13年 におい識別装置FF-1 第4回日食優秀食品機械資材賞受賞
平成19年 におい識別装置FF-2A (社)においかおり環境協会 平成18年度 技術賞
平成23年 電気学会進歩賞受賞
平成26年 希釈混合装置FDL-1を用いた簡易官能評価装置
(社)においかおり環境協会 平成26年度 技術賞
同年 長年におけるにおい識別装置の開発研究
(社)においかおり環境協会 平成26年度 学術賞
○主な研究論文及び著書(レビュー)
J.Kita, etal :Quantification of the MOS sensor based Electronic nose utilizing trap tube,
Technical Digest of the 17th Sensor Symposium,m301 (2000)
島津評論第59巻第1・2号 p.77~85 (2002)
島津評論第64巻第1・2号 p.63~79 (2007)
アロマサイエンスシリーズ21〔6〕におい物質の特性と分析・評価 5章3 半導体センサ(2)
におい香り情報通信 第3章 12.におい測定装置 p.177~p.187
超五感センサの開発最前線 2.3.7 におい識別装置の開発 p.197~p.205
Sensor and Materials vol.26 no.3 2014 149-161
味嗅覚の化学 においセンサおよびにおい識別装置を用いた臭気対策 p.207。
※現在ゴルフにはまってます。