味覚センサで世界をむすぶ(3)

(株)インテリジェントセンサーテクノロジー
代表取締役社長
池崎 秀和

4 今後の激動の30年で味覚センサに期待されること

今後、従来の官能検査だけでは対応ができなくなることが予想される。それは、世界中が豊かな世界と世界中が超高齢化社会という人類史上初の出来事が2つ同時並行で進んでいることと密接につながる。それについて下記に概要を述べる。

農林水産省の予測では、現在世界の食品市場は、340兆円であるが、この10年間に、東南アジアを中心に倍の680兆円となるそうである。その後、南アメリカやアフリカも豊になると予想されている。世界中が豊になると、宗教や価値観が全く違うように、味の好みも違うことに対応しなくてはならない。

図5は、味覚センサで測定したベトナムと日本のカップラーメンのスープの結果である。両者は全く別物であることが分かる。特に塩味は日本の方が3目盛りほど濃く、塩分濃度的には2倍近く濃い。日本食は今、世界中でブームであり、ベトナムに売り込む際も、日本食の特長である「うま味」や「うま味の後味のコク感」は残しながら、塩味はベトナムに合わせたような開発が必要となってくる(図5中のNew zone)。ただし、これを日本人が食しても、塩味が足らないので、全くおいしく感じられない。従来は、開発者が美味しいと感じる物を作るのが鉄則であったが、相手の好みが極端に違うと、この従来の開発手法が使えなくなるのである。食品開発のパラダイムシフトである。

図5:こんなに違う!カップラ-メンス-プの差

日本国内は既に超少子高齢化社会になってきているが、10年後には世界中が超少子高齢化社会に突入する。従来は美味しいが一番で、それに高機能化があると高付加価値と言われていた。ところが超少子高齢化社会になると、体に良いことが一番になり、次に美味しさが求めらる。糖尿病や高血圧等の成人病のための食事、病院食や介護食の需要はますます増えてくる。このような需要の中では開発の仕方が従来とは全く異なる(図6)。

図6:体に良くて美味しい新たな食品設計

シャトレーゼ社では、味覚センサを活用して、重度の糖尿病患者用の糖質約90%オフの「どらやき」を開発されている。糖分はもちろん、小麦粉や小豆等も材料として使えない。糖質がほとんど含まれない材料で作ったところ、味が通常の「どらやき」と全く違い、どうしてよいか分からなかった。味覚センサのデータも同様に全く違った。それで材料を替えたり足したりして、味覚センサの通常のどらやきの数値に近づくようにすると4~5回のトライアルで非常においしい「どらやき」が完成した。

プロフェッショナルは、通常の材料では、おいしい「どらやき」はもちろん作れるが、このような通常と全く違うきびしい制限下ではどうやっていいのかが分からない。これまでの経験が使えないのである。これも食品開発のパラダイムシフトである。
国内海外ともに激動の時代になるなかで、美味しいものを食べて笑顔の世界になるように貢献していく。そのために今は、お役にたてる社員の育成とお役にたてる会社を目指している。

【著者略歴】
池崎 秀和(いけざき ひでかず)
(株)インテリジェントセンサーテクノロジー 代表取締役社長

1986年 早稲田大学大学院電気工学専攻 修士修了
 同年 アンリツ(株)入社、味覚センサの研究開発に従事
2002年 アンリツ㈱退社
 (株)インテリジェントセンサーテクノロジーを設立
現在 同社代表取締役社長、九州大学客員教授、博士(工学)

受賞歴 :
山崎貞一賞、井上春成賞(いのうえはるしげしょう)、
ものづくり日本大賞特別賞、
飯島記念食品科学振興財団技術賞