2. 味覚センサ
味覚センサは脂質と可塑剤、高分子をブレンドした膜(脂質/高分子膜)を味物質の受容部分とし、この複数の受容膜からなる応答電位出力から味を数値化(デジタル化)する。センサの応答強度がヒトと同じく対数(log)的に変化するため、単純な比例計算による変換で、基本味の数値化に成功している。味覚の世界に初めて「味の物差し」が提供されたのである。
(株)インテリジェントセンサーテクノロジー(略称、インセント)から味認識装置TS-5000Zが開発・販売されており、これまでに500台を超える味認識装置が世界各国で利活用されている(図2)。その用途は新食品開発ならびに食品の品質確保であることは当然であるが、味の数値化・可視化を利用したマーケティングにも威力を発揮している。
味覚センサの各受容膜は各味質に固有に選択的に応答する。この性質は「広域選択性(global selectivity)」と呼ばれる。従来の化学・バイオセンサの化学物質への高い選択性と比して、味覚センサは個々の化学物質ではなく、化学物質を味質に分類し、酸味や甘味といった味質に選択性を有する。従来の化学・バイオセンサは「化学物質に選択性」を示す。また生体内における抗原抗体反応も抗原に高い選択特異性を有する。酵素反応もそうである。つまり、化学物質(基質)と受容体(レセプター)は1対1結合である。
それを利用したのが、血糖値センサに代表されるグルコースセンサである。他方、味覚センサは「化学物質ではなく味質に選択性」を示すのである。この性質は味覚機構を再現したものであり、生体におけるレセプターも同じ味質の化学物質を同時に受容できることが知られている。
味覚センサは、コーヒー、緑茶、紅茶、ビール、発泡酒、ワイン、日本酒、焼酎、ウィスキー、お米、牛乳、肉類、餃子、魚介類、チョコレート、ポテトチップス、クッキー、どら焼き、ミネラルウォーター、だし、スープ、味噌、醤油、カボスやミカンなどの果物、野菜などへ適用され、その味の定量化に成功している。なお、肉や野菜、果物といった固形物も水と混ぜ、ミキサーで液状にすることで測定が行える。
図3にビール、発泡酒、新ジャンル、ノンアルコールビールの味を苦味(モルト感)と酸味(キレ・ドライ感)の軸で示す。なお、図中の目盛は、大きさ”1″が人にとり識別のつくギリギリの味の差であり、”5″だと容易に識別可能、”10″だと大きく味が異なる、ということになる。この数値が味覚センサの提供する「味の物差し」である。図を見ると、昔からあるエビスビールのようなオールモルトタイプは、苦味が強いことが分かる。それが、1987年のアサヒスーパードライの登場により、キレとドライ感をもたせた辛口ビールが増えてきた。その後、登場した発泡酒や第3のビールはさらに苦味が抑えられた傾向にある。リキュールタイプはビールと発泡酒の中間に位置する。ノンアルコールビールは発泡酒の味のカテゴリーに位置している。
世界のビールも味覚センサで測った結果、日本のビールと大差ないことが判明した。ある程度長期の保存もでき、かつ味も良い、となれば、このような味に落ち着くのであろう。なお、地ビールには苦味やコクが強いといった、かなり個性のあるものが多く見られる。このように私たちは、舌で味わう味を目で見ることができるのである。
味覚センサはマーケティングにも活用されている。例えば、ある食品メーカーが新しく開発したコーヒーを買い手に売り込みに行く状況を考えよう。当然のことながら、その食品メーカーはそのコーヒーが如何においしいかを一生懸命に語るであろう。しかし、買い手には買い手の嗜好が働き、自分で味わい、評価し、思い思いのことを言い、商談がなかなか成立しないのである。そのときに、味覚センサは威力を発揮する。味覚センサで測った図3のようなテイストマップや味を数値化した味パターン(酸味や苦味の軸からなるレーダーチャート)を見せるのである。その結果、買い手はコーヒーがどのような味であるかを客観的に把握でき、容易に商談が成立する。
次週に続く-
【著者略歴】
都甲 潔(とこう きよし)
九州大学高等研究院/五感応用デバイス研究開発センター
特別主幹教授/特任教授 工学博士
昭和55年3月 九州大学大学院博士課程修了、九州大学工学部電子工学科助手、助教授を経て、平成9年4月より九州大学大学院システム情報科学研究院教授。
平成20年~23年、システム情報科学研究院長。21年より主幹教授。25年より味覚・嗅覚センサ研究開発センター長。
30年より高等研究院特別主幹教授ならびに味覚・嗅覚センサ研究開発センター(現 五感応用デバイス研究開発センター)特任教授。