次世代ウエアラブルIoTのための非侵襲バイオセンシング(4)

三林 浩二
東京医科歯科大学
生体材料工学研究所
センサ医工学分野

3.2 探嗅カメラによる呼気・皮膚ガス成分の可視化計測

生体ガス成分の濃度分布をリアルタイムで可視化計測できれば、ガスの発生源を「嗅ぎ探る(探嗅)」ことが可能となる。そこで、飲酒後の生体ガスに含まれるエタノールをモデル成分とし、二次元動画像として捉える「可視化システム(探嗅カメラ)」を構築し、呼気と皮膚ガスに含まれるエタノールのイメージングを行った。
本システムでは、酵素固定化メッシュと電子増倍型CCD(EM-CCD)カメラを用い、酵素反応に伴うルミノール発光を動画像として撮影する。酵素メッシュには、エタノールガスを認識する素子である「アルコール酸化酵素(alcohol oxidase, AOD)」と、その酵素反応の生成物である過酸化水素を基質として、ルミノール発光を生じる「西洋わさび由来ペルオキシターゼ(horseradish peroxidase, HRP)」をメッシュ担体に同時固定化した。可視化実験では、ルミノール溶液に湿潤したAOD/HRP固定化メッシュに標準エタノールガスを負荷し、膜上に生じた発光をEM-CCDにて動画像撮影した。実験の結果、エタノールガスの負荷点を中心とした二次元のルミノール発光が観察され、ガス濃度分布及び経時変化を可視化可能であった。また可視化画像の発光強度とガス濃度には高い相関性が確認され、酒気帯び運転の判断値の78ppm (0.15 mg/L)を含む、30~400ppmの範囲でエタノールガスの濃度定量が可能であった[11,12]

90ppm

  
図6 アルコール摂取後の呼気中エタノールの可視化(左)とALDH2(+,-)の呼気比較(右)
  

次に、本システムを飲酒後の呼気中エタノールガスの可視化に適用した(図6)。複数の健常被験者においてアルコール摂取(0.4gエタノール/体重1kg)の後に、呼気を本システムに負荷したところ、標準エタノールガスと同様に可視化の動画像が観察された。この動画像をもとにガス濃度を算出した結果、呼気中エタノールガス濃度は飲酒後約30分でピーク値を示し、その後、既報結果と同様に、一次関数的に濃度が低下していく様子が確認された。また予めアルコールパッチ試験にて飲酒の代謝能(ALDH2[+],[-])を判定し、同様の飲酒後の呼気可視化実験を行ったところ、図6下に示すように、アルコール代謝能の低いALDH2[-]の被験者ではALDH2[+]に比して、有意に高い出力(呼気濃度)が得られ、呼気によるアルコール代謝能評価の可能性が示された[11,12]
また、アセトンガス計測と同様に、バイオ蛍光法を用いることで高感度な可視化計測が可能で、エタノールガスを0.5–150ppmの濃度範囲で定量が可能であった。この改良した探嗅カメラにて、飲酒後の手掌部より放出されるEtOH ガス濃度分布の可視化計測を行った[13]。飲酒後の皮膚ガスの可視化計測では、飲酒後の手掌部を酵素メッシュに20秒間かざし、皮膚ガス負荷後のメッシュ上の蛍光強度を撮影し測定した。

図7 飲酒30分後の経皮EtOHの濃度分布(左)と平均濃度の経時変化(右)

図7上は飲酒後30分時点における飲酒後の被験者の手掌部より放出された皮膚ガス中EtOH 濃度分布の可視化画像(射影角度45°)を示しており、この図からわかるように、皮膚から放出されたEtOH ガスのイメージングが可能であった。なお皮膚ガス濃度の経時変化を調べたところ(図7右)、平均EtOHガス濃度が飲酒後30分をピークとして漸次減少する様子が確認された。開発したバイオ蛍光式探嗅カメラは高感度かつ選択的に呼気や皮膚ガスの可視化計測が行えることから、今後、簡便な代謝能評価やガス発生部位特定に利用できると考えられる。

5. おわりに

将来の医療やヘルスケアにおいて、非侵襲にて生体情報が計測できるセンサやシステムが不可欠であり、その例として本稿では、柔軟性に優れたソフトコンタクトレンズやマウスガードを用いたキャビタス(窩腔)センサと、バイオ技術と光学系を融合した高感度なアセトン用バイオスニファ及び探嗅カメラを紹介した。今後、これら非侵襲サンプルを対象としたセンサ技術による新たな医療&ヘルスケアの展開が期待される。

謝 辞

本報の内容は本学学生並びに多数の共同研究者との研究に基づくものであり、各種研究支援(JSPS、JST、MEXT等)による成果を含むものである。

参考文献

[11] Wang, X., Ando, E., Takahashi, D., Arakawa, T., Kudo, H., Saito, H., Mitsubayashi, K.: 2D spatiotemporal visualization system of expired gaseous ethanol after oral administration for real-time illustrated analysis of alcohol metabolism, Talanta, 82, 892–898, (2010).

[12] Arakawa, T., Wang, X., Kajiro, T., Miyajima, K., Takeuchi, S., Kudo, H., Yano, K., Mitsubayashi, K,: A direct gaseous ethanol imaging system for analysis of alcohol metabolism fromexhaled breath, Sens. Actuators B, 186, 27– 33, (2013).

[13] Kenta Iitani, Toshiyuki Sato, Munire Naisierding, Yuuki Hayakawa, Koji Toma, Takahiro Arakawa, and Kohji Mitsubayashi, Fluorometric Sniff-Cam (Gas-Imaging System) Utilizing Alcohol Dehydrogenase for Imaging Concentration Distribution of Acetaldehyde in Breath and Transdermal Vapor after Drinking, Anal. Chem., 90, 4, 2678-2685, 2018.


著者略歴
氏名:三林 浩二(みつばやし こうじ)
所属:東京医科歯科大学 生体材料工学研究所 センサ医工学分野

■略歴
1985年3月  豊橋技術科学大学大学院 工学研究科 修士課程 エネルギー工学専攻 修了
1994年9月  東京大学大学院 工学系研究科 博士課程 先端学際工学専攻 修了(博士[工学])
1998年4月  東海大学 工学部電気工学科 助教授
2003年9月  東京医科歯科大学 生体材料工学研究所 計測分野(現:センサ医工学分野)教授
2011年    仏国ペルピニアン大学 IMAGES研究所 客員教授
(2008年4月~2011年3月 東京医科歯科大学 評議員)
(2011年8月~2014年3月 同大学 学長特別補佐[評価担当])
(2014年4月~2017年3月  同大学 副理事[企画・大学改革担当])
現在に至る
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学会役員など
2013/1-現在  化学センサ研究会  役員
2016/5-現在  次世代センサ協議会 理事
2012/1-現在  Biosensors and Bioelectronics (@Elsevier) 編集委員
2015/1-現在  Sensors and Materials (@MYU) 編集委員、2017/4-現在 Associate Editor
2017/4-現在  センサ&IoTコンソーシアム会長
など
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2006年  日本機械学会「講演論文賞」
2006年  IEEE Sensors 2006, Best Presentation Award
2011年  電気学会「優秀技術論文賞」
2015年  Runner Up Award、4th International Conference on Bio-Sensing Technology, Lisbon on 10-14 May 2015.
他、多数

■専門分野・研究テーマ
センサ医工学、医療用バイオデバイス、生体情報計測、ユビキタス情報通信、生体応用工学 など