◆上半文昭(ウエハン フミアキ)
鉄道総合技術研究所 鉄道力学研究部 構造力学研究室 研究室長
東京大学生産技術研究所および鉄道総合技術研究所ユレダス開発推進部地震防災研究室で、鉄道の早期地震検知警報システム、災害予測・復旧支援システムの研究を担当の後、平成13年より鉄道力学研究部構造力学研究室で、鉄道構造物の災害対策、維持管理、鉄道車両の走行安全性向上などに関わる研究開発に従事。
本記事で紹介した「構造物検査用遠隔非接触振動計測システムの開発」で平成22年度科学技術分野の文部科学大臣表彰(開発部門)等を受賞。博士(工学)。
─レーザーはどのように使うのですか
レーザーを使って構造物の振動を遠隔位置から非接触測定することによって、大型の土木構造物の検査を効率化、安全化する技術を開発しています。使っているのはLDV、いわゆるレーザードップラー振動計です。LDVを屋外環境で使用すると、風や地盤の振動などでLDV自身に揺れが生じて測定精度が低下してしまいます。そのような問題を克服するための改良を施して現場向けの計測システムを開発しています。
我々がこのような課題に取り組む背景には、度重なる自然災害、昨今深刻な問題になっている構造物の老朽化、少子高齢化による検査技術者の不足の問題があります。
非接触振動測定システムの開発の発端は、1995年の兵庫県南部地震に遡ります。私はその地震の復旧調査に参加したのですが、激しく損傷して大きな余震が来たら倒壊してしまうかもしれないような高架橋の上や下で、私も含め多くの関係者が懸命に復旧活動を行ないました。
なるべくそうした危険な場所に近づかないで高架橋の健全度を調査したり、近づかざるを得ない作業者には倒壊の危険を早期に知らせたりするような装置があれば、災害後の検査や復旧工事を安全化することができます。そこで、高所や被災箇所などの危険箇所に近寄らずに構造物の健全度を調査できるものを作ろうと思い開発したのが、レーザーを用いた非接触振動測定システムです。このシステムを用いて簡単で安全、効率的で客観的な構造物の健全度評価技術を作るのが目標です。
─具体的にはどのような測定を行なうのでしょうか
鉄道は道路と違い、時刻表通りに重量や車両の長さが分かっている列車が走っています。列車をある程度既知の荷重として橋梁の桁や橋脚などを測定できるので、鉄道では古くから振動測定で構造物を検査する技術が開発されてきました。例えば、橋梁上を列車が走る時の桁の振動を測定して、その振幅から橋に劣化や損傷が発生していないか、列車の乗り心地が悪化していないかを調べることができます。
大きな橋梁の振動を測定する場合は、振動計の設置に危険でコストもかかる高所作業が必要です。線路内に立ち入るための事前調整や保安にも手間とコストがかかります。それらを無くすためにも、離れたところからレーザーを当てるだけで振動を測定できる技術が有効です。
列車による振動以外に、重さ約30kgの重りを構造物にぶつけて起こした衝撃振動や、平時の極微小な地盤振動である常時微動などを測定して、構造物を検査することもあります。
衝撃振動は、重りをぶつけて発生させた構造物の自由振動応答を利用してその健全度を評価します。一方、常時微動というのは何もしていないときの振動です。遠い場所で稼働する工場や、走る自動車、風や水の流れなどの様々なものを振動源として、地盤はミクロン以下のオーダーですが地震が発生していない時にも常に揺れています。この常時微動によって橋梁などの構造物も常に揺すられており、その振動を測ることで構造物を検査することができます。この極めて微小な構造物の常時微動を、屋外環境で測定できるようにするために、我々はLDVに改良を施しました。
測定された振動から構造物の健全度を評価する指標として、揺れの「振幅」、「固有振動数」、「振動モード」などを使います。例えば、周囲をがっちり固定されている橋脚に重りをぶつけると小刻みに早く揺れ(小振幅、高振動数)ますが、周囲を固定していた土が水流などで削られて基礎が露出し、支持が弱まった橋脚に重りをぶつけると大きくゆっくり揺れる(大振幅、低振動数)というイメージを直感的に理解できると思います。また、地震で橋脚の中央部に大きな損傷が発生すると、揺れの形(振動モード)がまっすぐな振り子状から、くの字に曲がったような形状になることがイメージできると思います。振動を測って分析し、このような指標を求めることで、構造物の劣化や損傷に伴う剛性の低下の有無や損傷の発生位置を調べます。
次週に続く-
(月刊OPTRONICS 2017年10月号より転載)