(3)センサの可能性と限界
センサは、直接対象物に働きかけてその状態を測定することが原則である。したがって、測定するための何らかの手段、プローブが必要となる。熱源に温度計を接触させたり、電場や磁場を電流で測定するなど接触、近接測定が原則である。しかし通常対象物と比べるとプローブが圧倒的に小さい。したがって、プローブそのものが対象物に影響を及ぼさないことが当たり前である。
ところが、測定対象物である相手がだんだん小さくなってくるとプローブと対象物の関係が定常ではなくなってしまう。プローブにより対象物も影響を受けてしまうからである。量子力学の世界では運動量と位置が同時に決められないことが起こる。私たちの定常的な世界では、運動量(時間ファクタ)と場所は同時に一義的に決まる。ところが量子力学の世界では、時間を極小化すると位置の揺らぎが大きくなってしまう。これを不確定性原理と呼び、微小量の測定限界であるともいえる。
一方で、現実社会で起こる統計的事象についてもよく似た現象がある。つまり推定値と確率の関係である。測定値には必ずばらつきが伴い真の値は多数回測った測定値の中に存在する。それを推定値と呼ばれるがこの精度と確率が逆比例する。推定値の幅を狭くすると確率は低下する。逆に推定値の幅を広くとると確率は高くなる。両者同時に上げることは不可能である。一種の不確定性原理ともいえる。センサの精度がいくら上がったとしても世の中の生産ラインにおける商品の仕様値はばらつく。ましてや、IoTに伴って多数のセンサ情報がビッグデータとして処理されるとなると推定値と確率の兼ね合いを如何に整合させるかが課題となってくる。さらに測定コストのファクターが加わる。学術的な面での物理現象の精緻さと比べると生産現場における精緻な物理現象を基礎としているはずのセンサからの値のばらつきの処理は、極めて重要な課題である。センサは、物理現象の結果として正確にその時、その場所の値を教えてくれる。しかし、現実には、その値の上に必ず様々な揺らぎが乗ってくる。この処理を誤ると検査の不正や改ざんに手を貸すこととなる。センサもデータも決してウソをつかない。ウソは、人間の処理によるプロセスの中にあることを肝に銘じたい。
(4)終わりに
オバマ大統領時代にスマートグリッドなるビッグプロジェクトが立ち上がり、多数のセンサをマトリックス上に配置して、気候変動の観測や農業収穫の予想などを国家事業として検討したことがあった。それが基本となって、IoTやビッグデータ処理、AIなどの技術が誘発されたと考えられている。今後の世界において、多機能センサをマトリックス状に地球上をカバーするよう配置し、そのデータを各国が自由に収集・利用するシステムができれば、人類全体の福祉増進に寄与することができる。なぜなら、気候変動や天災予知が可能になると同時に些細な戦争の準備さえも事前に検知されるようになれば、戦いを試みる国はなくなるであろう。この際、通信機能(超多重、低速、高信頼性・・・)を持つセンサとそれを駆動する小電力素子と微弱なマイクロ波放射によるセンサへの遠隔電力供給システムなど挑戦的な課題は山積している。
【著者略歴】
1967年 京都大学大学院無機化学専攻修了
同年、日本板硝子社に入社、以降光ファイバ、マイクロオプティックス、
光センサ、セルフォックレンズ、光・電子応用ガラス材料の開発に従事した。
通産省大型プロジェクト「光計測制御システム」に参画し、ガスセンサの開発に従事した。
1991年 北海道大学工学研究科応用物理分野で工学博士取得
1996年 厚生労働省傘下の職業能力開発大学校教授に赴任
2004年 通信システム工学科を創設、初代教室主任
2007年 技能五輪世界大会(静岡)で日本国技術代表
2008年 諏訪東京理科大学客員教授となりガラス材料工学を担当
同年、㈱プライムネット(特許ビジネス)を設立
2010年 ㈱みらい知研を設立、その後、代取社長、会長を勤める
2018年 同社後進に譲り退任