IoTセンサモジュール電源としてのエネルギーハーベスティング技術 Energy Harvesting Technology for IoT Sensor Module Power Sources(2)

勝村 英則(かつむら ひでのり)
合同会社かちクリエイト
代表
勝村 英則

3. 発電方式別エネルギーハーベスティング技術の現状

3.1 光発電

 光エネルギーは最も一般的で豊富なエネルギー源である。太陽光発電パネルとして広く使われている結晶シリコン型パネルは、照度が1000lux未満になると発電効率が急激に低下するため、屋内環境ではほとんど利用できない。
 一方、アモルファスシリコン型は古くから電卓や腕時計の発電デバイスとして使用されており、非常に安価に入手できる。アモルファスシリコン型は、会議室などの一般的な室内照度である500luxの環境下で、1cm²あたり約10μWの発電特性を持つ。すなわち名刺大の面積(約50cm²)で約500μWの電力を得ることができる。しかし屋内外を問わず常に明るい環境は少ないため、長期間でならすと、その1/3から1/4の電力と考える必要がある。
 このように、価格が安く入手しやすいアモルファスシリコン型は、徐々にIoTセンサモジュール用の電源として利用されつつある。また、室内などの暗い環境下でも高効率で大きな電力が発電できる色素増感型、有機薄膜型、ペロブスカイト型など新方式の開発もかなり活発に進められている。

3.2 振動発電

 振動発電の方式には、振動の共振周波数に一致させて大きな発電電力を得る方式、衝撃により共振振動を発生させて電力を得る方式、直接力を作用させて電力を得る方式などがある。また発電メカニズムは圧電、逆磁歪、電磁誘導、エレクトレット、摩擦など多岐にわたる。
 その中で最も普及しているのが「スイッチ発電」である。スイッチボタンを押す操作をコイルの近くを通過する磁石の動きに変換し、電磁誘導方式で発電された電力によって「スイッチを押した情報」を親機(電源あり)へ無線送信するデバイスである。このときの発電電力量はスイッチ一押しあたり約0.2mJであり、BLE、Zigbee、EnOceanなどの超低消費電力の通信規格で子機から親機への単方向通信に使われる。古い建物を壊さず電灯配線工事を避けたい欧州では、配線工事のいらない電灯スイッチとして一定の市場を形成している(1)。また国内では、公衆トイレの温水洗浄便座リモコンにスイッチ発電が応用されている(2)。人がスイッチを押したことを検知するセンサと言えなくもないが、純粋な意味でIoTとは言えない。リミットスイッチのように機械の動きを検知するセンサ等への応用が考えられるが、電池交換不要のメリットが見いだせるかがポイントとなる。
 モーターやポンプなどの回転機器は稼働中に常に振動しているため、その振動エネルギーを利用して発電し、回転機器の状態監視を目的としたセンサモジュールの電源にしようとする試みが多くなされてきた。できるだけ大きな発電電力を得るために、機器の振動共振周波数と発電デバイスの共振周波数を一致させる方式がとられる。しかし、共振周波数が機器によって異なることや、長期間の使用で共振周波数が変化することなどの課題があり、現状では実用化に至ったケースは少ない。このように共振現象によって大きな発電電力得る方式は実用化が難しいが、例えば橋梁や鉄道レールのつなぎ目などで発生する衝撃によって発電デバイスに自励振動を起こす方式は、比較的安定して発電ができる。この方式は、車や鉄道が通過する際にのみ発電するため、通過量が少ない場所では十分な発電電力量が得られない可能性があるが、インフラの劣化監視は喫緊の課題であり、今後期待される発電方式である。

3.3 熱電発電

 熱電発電は、ペルチェ効果の逆となるゼーベック効果と呼ばれる物理現象に基づいており温度差発電とも呼ばれる。ゼーベック効果は、二種類の異なる金属または半導体材料を接合し、その接合点に温度差を与えると電圧が発生する現象であり、この電圧を利用して電流を取り出し、電力を得るものである。
 熱電発電は、一部では工場排熱などからの電力回収方法として検討されているが、タービンなどと比較すると変換効率が低いため、応用例は少ない。しかし、変換効率が低いとはいえ、他の方式と比較するとエネルギー密度が高いため発電電力が大きい。例えば、高温部が50℃の対象物に対し、高さ30mm程度の放熱フィンで自然空冷する熱電発電デバイスでは、1cm²あたり約500μWの電力が得られる。
 さらに、振動発電デバイスと違って可動部がないため信頼性が高く、稼働時の温度は安定している機器・設備が多いため、光発電よりも安定して発電できる場合が多い。一昔前は、モジュールが比較的高価であることが課題であったが、最近ではペルチェ素子が猛暑対策の冷却素子として使われるなど、応用用途が広がっているため、価格も安くなりつつある。
 製鉄や化学分野の工場のように、比較的高温となる設備の状態監視のニーズがあり、また敷地が広く、点検とメンテナンス作業に多くの時間と人件費が割かれている場合のIoTセンサモジュールの電源用途として、今後大いに期待できる。

3.4 その他の発電方式

 上述の主要三方式の他にもRF信号回収、低周波ノイズ回収、植物、土壌菌、温度(差無し)発電など、様々な方式のエネルギーハーベスティング技術が提案され開発されているが、一部を除き発電電力がマイクロワット未満レベルで小さく、かつ不安定で、実用レベルに達していない。電池交換レスの価値が高く評価される環境で、簡単かつ低コストで安定して電力が得られる発電方式の開発が待たれる。

4. その他の課題とまとめ

 紙面の都合で詳しく触れることができなかったが、自己消費電力が極めて小さい昇降圧コンバーター、タイマー、電圧監視などの各種IC、わずかな電力でも充電することができ自己放電の小さい二次電池またはコンデンサなど、周辺回路技術の進展が近年極めて著しく、一昔前では実現できなかったことが、簡単にできるようになってきている。
 JR東日本による自動改札通路における振動発電電力実験が2008年、エネルギーハーベスティングブームが起きたのが2010年、エネルギーハーベスティングと言う技術タームが知られるようになって15年近く経っているが、当初の期待ほど普及が進んでいないのは事実である。一方でIoTの普及も道半ばであり、エネルギーハーベスティング電源が必要とされるインフラ構造物、巨大工場の設備、山、海などの自然環境(災害検知等)へのセンサの設置はまさにこれからである。技術開発については熟しつつあり、必要とされる応用から着実に実用化されることを期待する。





【著者紹介】
勝村 英則(かつむら ひでのり)
合同会社かちクリエイト 代表社員社長

■略歴

  • 1992年3月同志社大学大学院工学研究科工業化学専攻修了、修士(工学)
  • 1992年4月松下電器産業(現パナソニック)株式会社入社
    1. 積層セラミックコンデンサ、LTCCデバイス・モジュールの開発、製品化
    2. 静電気対策部品(バリスタ、サプレッサ)の開発、製品化
    3. 2010年より独自開発の圧電厚膜セラミック素子を使った振動発電(エネルギーハーベスティング技術)+IoT新規事業を模索
  • 2018年5月株式会社デバイス&システム・プラットフォーム開発センター(DSPC)入社
    5年間にわたり国プロ事業等において下記のIoT関連最新技術の開発に従事
    1. エネハ(低照度室内光、低温度差熱電発電デバイス)に適した高効率電源モジュール
    2. 振動センサによる回転機器予知保全ソリューション
    3. 複数のセンサを取り扱うことができる超低消費電力エッジ端末プラットフォーム
    4. ユーザーがCPS(サイバーフィジカルシステム)を構築でき、簡単に実証実験ができるIoTプラットフォーム
    5. (3)(4)のIoTプラットフォームを使った新たな価値を生むIoT事例の創出
  • 2023年5月合同会社かちクリエイト起業
    現在に至る